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こっそり俺が統合失調症を発症した後の話をする

11◆6KctQgwHqc:2015/08/20(木)23:33:38 ID:z6v()
2012年に俺が罹患してしまった「統合失調症」という精神疾患。
そして、統合失調症サバイバーとなった現在、
あるきっかけで再開した「瞑想ごっこ」と私的に呼ぶ行為によって、
様々な出来事を体験することとなりました。
これらの体験の中、スピリチュアルやオカルトを信じない俺は、
自分の主張を否定されるかのような経験と認識を経て、
今までいつかのスレッドを立て、その内容を書き込ませていただきました。

1つ目のスレッドは病気の恐ろしさを伝えることを目的としました。
2つ目のスレッドでは、自分が最初に体験した出来事に対する意見交換を目的としました。

このスレッドでは、最初の体験のみならず、それ以降にも体験した内容を含め、
それらを考察しながら、例えエキセントリックだとしても、「自分の考察」を恐れずに述べ、
意見交換を行うことを目的としてしています。

これらは統合失調症による妄想である可能性を否定しませんが、
ここでは、それをあえて想定せずに考察した内容を、書き込んでいく場としたいと考えています。

最初のスレッド
 俺が統合失調症を発症した時の話をする
 hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1397826641/

2つ目のスレッド
 俺が統合失調症を発症した時の話するの続き(おーぷん2chではありません)
 http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/12320/1398856837/
21◆6KctQgwHqc :2015/08/20(木)23:46:32 ID:z6v()
とりあえず、統合失調症に関する基礎知識を。

統合失調症とは「心の病気」という認識が根強くありますが、
実際には、脳機能の病気です。
現在は脳内の神経伝達物質である「ドーパミン」と「セロトニン」の分泌異常を原因とした仮説が有力で、
これらの神経伝達物質の受容体の働きを阻害する薬である
「抗精神病薬」の薬物療法によって治療されます。

この病気を罹患すると、主に妄想と幻覚が出現し、
これらを「陽性症状」と呼びますが、これは副次的なものです。
実際には、認知(事実を受け取る能力)が障害される「認知機能障害」と、
精神活動が著しく低下する「陰性症状」を主体とする脳機能の病気です。

脳機能が障害されても、年単位という時間はかかりますが、
薬物治療や自助努力などによって、回復するケースは多くあります。
難治性の場合があることを認めますが、70%の罹患者は社会復帰し通常の生活を送れるまで回復します。
31◆6KctQgwHqc :2015/08/20(木)23:56:09 ID:z6v()
俺が統合失調症を発症した原因の推察は様々であり、
病気であったため、不思議な体験をした可能性を否定する要素はありません。
これらの体験の詳細は>>1で示した2つのスレッドを見ていただくとして、
このスレッドでは初期体験の概略と、それ以降の「エキセントリック」な体験を書いていきたいと思います。

今日は眠いので、この辺で・・・
4名無しさん@おーぷん :2015/08/21(金)00:03:22 ID:AkL
http://www.eiyoukeisan.com/calorie/nut_list/niacin.html


統合失調症にはナイアシンが効くようで
できれば食品の形で採取するのがいいようです。
我が家は菜食主義で肉はあまり食べないので
海苔とか唐辛子、大豆製品、ピーナツ、インスタントコーヒーなどなどですね。

なんだかんだで、自然と必要な食品を体が欲しがっているというのはあると感じています。
5名無しさん@おーぷん :2015/08/21(金)00:30:22 ID:vtA
エキセントリック楽しみ
6名無しさん@おーぷん :2015/08/21(金)15:27:20 ID:lU7
スレ立て乙です♪
71◆6KctQgwHqc :2015/08/21(金)19:32:39 ID:p73()
>>4
御指南ありがとうございます。
ナイアシン(ニコチン酸アミド)は、俺も飲んでいた時期がありました。
アドレノクロム原因仮説に基づく療法で、陽性症状にのみ効果があると報告がありますが、
俺の場合は、既に陽性症状が消失していたため、効果は体感できませんでした。

このスレは「あえて、統合失調症の妄想だと想定しない」ことが趣旨なので、
以降は、統合失調症を罹患した感想などの記述を主体としたレスポンスは避けたいと思います。
81◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:37:59 ID:9ol()
俺の体験内容は、>>1のリンク先に詳細を書かせてもらったのですが、
このスレでは、体験内容に関する感想と考察を書いていきます。

2012年2月頃に行っていた「瞑想ごっこ」と呼ばれる行為によって、
非科学的な(そして、エキセントリックな)体験へと引きずり込まれることになりました。
会社の会議室や休憩室、あるいは天気の良い寒空の下での公園。
この行為に取り組む際、場所は特に選びませんでしたが、
特に公園のベンチに座っている時が、最も密に集中することができたことを覚えています。

これらの体験の後、俺は「自分がどこまでも広がり続ける」という、
何とも「アイタタタ」な体験をして、その先で謎の声を聞きました。
この際、今思い出しても気分が悪くなるのですが、そこで強烈な苦痛を味わった後、
統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想など、非常に激しい認知機能障害)が出現することになります。

この「強烈な苦痛を味わった」時、ここで体感した事柄は、
あまりにもエキセントリックなものでした。
その体験内容を書くことは今まで避けてきたのですが、
このスレッドでは、都合の良い「統合失調症とあえて想定しない」という趣旨があるため、
書いていきたいと思います。

しかし、俺の考え方の底流には、
「自分は統合失調症であったから、それらの体験をした」
という思いは常駐するものです。
これらの体験を「妄想と幻覚」と捉えるか、あるいは「神秘体験」と捉えるかは、
このスレを見ている方々の判断にお任せします。

俺は「妄想と幻覚」と捉えていますが、
このスレでは、あえてこの主張をジャンプします。
91◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:38:14 ID:9ol()
宇宙の外側で「音のような言葉」を聞いた後、
そこを満たしていた「12の構造」と呼ぶ空間のようなものが、
自分の中へと押し寄せてくるような感覚は、強烈なものでした。
それらと融合するように、あるいは結びつくようにして1つになった俺は、
自分の体や心までもが粒子へと分解し、
この世のものとは思えない激痛を感じることになりました。

その前段として、宇宙の外側へ向かい、再び「個」へと戻ってくる体験の中で、
様々なことが「理解」ではなく「分かる」感覚がありました。

「理解」していないが「分かる」という感覚は、
俺も統合失調症を罹患する前には、良く体験していました。
例えるなら、アイデアの元となるカタチが思い浮かび、
そこに物事を当てはめて考えていくと、アイデアが浮かんでくる感覚、
このように表現できるかも知れません。

そこで様々な事柄を「分かっていく」中で、
すべてが分かったと確信にも似た感情を得ることになりました。
この「分かる」という言葉は、
「知る」と言い換えることができるかも知れません。
101◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:38:23 ID:9ol()
その確信にも似た感覚は、俺にこのような内容を告げてきました。

「俺たちは影を見ているに過ぎない」

これは、古代ギリシアのプラトンが考えた「洞窟の比喩」と似ています。
洞窟の中で影だけ見て生きている人間にとって、この世界は「影だけ」であって、
俺たちが見ているような、色鮮やかな世界は想像することはできません。

この体験によって、俺たちが生きている世界で見ているもの、
あるいは、感じているもの、事実と認識しているもの、
これらは、一体何なのか、なぜこのようになっているのか。
言うなれば、「有る」と認知している事柄は一体何なのか、
それらの疑問が、一斉に氷解するように思えました。
111◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:38:31 ID:9ol()
ここからは、利便上「次元」や「存在確率」などの言葉を使用しますが、
別にこれらは数学的な意味合いはなく、あくまでも「利便上」です。

前レスまで書いた体験の中で感じた内容を説明するためには、
以下の5つの考え方を解き明かす必要があります。

1.すべての存在の「始点」は1つである
2.無数の物体がある宇宙は、実体のあるホログラムのようなもの
3.この世界は複数の世界が重なり合っている非常に曖昧なもの
4.「曖昧」という状態は、複雑化された現象によって「そう見えているだけ」
5.すべては同一であり、しかしすべては同一ではない

俺たちは空間の中で、時間に流されて生きていると感じることがあります。
3次元の中で、そこに時間という1次元を加えた世界。
この世界は4次元だと表現される場合があると聞いたことがあります。

「時間」とは何か、まずはこの問題に取り組む必要があります。
なぜなら、上記の「5つの考え方」を解き明かす上で、
最も重要で、最も基本的なものであるためです。
121◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:38:38 ID:9ol()
俺の「知った」内容において、時間とは俺たちの感知できない別の座標軸でした。
縦・横・高さの3つの軸で表現されるものが3次元であり、
4次元とは、数学では正多胞体(超立方体)のように一般的な次元へ拡張するものですが、
俺の感じた限りでは、一つ上の次元は不確定なものでした。

「時間」と呼ばれる軸が別個に存在するのではなく、
主観となる次元から見た場合、上にある次元が時間として見え、
それらは不確定であるため、拡張される軸(語弊がありますが、軸の進むべき方向のようなイメージ)を曖昧にします。

けれども、事象が確定し「時間」の座標軸が安定すると、
それは「過去」と呼ばれるものとして、存在確率が安定する、
このような感覚が、俺の「知った」内容でした。
時間とは、別に難しいものではなく、非常に単純なものだと俺は認識しています。

既に、この時点でエキセントリックさ加減をヒシヒシと感じていただいていると思いますが、
このような内容が、頭の中へ流れ込んで来るのですから、
それが、いかに心地よいものであり、
同時に、いかに辛い体験であったことを感じていただけると嬉しいです。
131◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:38:45 ID:9ol()
時間が不確定である状態では、1つの物体が、
複数に見える場合があると考えています。

存在確率が不確定である場合、それらは「有る」という状態ではありません。
しかし、実際に実体が複数に分裂しているわけではなく、
「情報」が、実体が同時に複数の場所へ出現しているように見せているに過ぎません。

不確定な状態にある物体は、俺たちの知るような姿ではなく、
「本来の物体の姿をしている」と言えるかも知れません。
しかし、「本来の物体の姿」とは、何ともエキセントリックな言葉です。

俺たちが知る「個体」や「粒子」とは、時間の確定によって3次元以上に出現した姿であって、
本当の姿は、「波のようなもの」として感じられました。
141◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:38:54 ID:9ol()
水面を上から見て、そこに石を投げ込むと波紋が広がります。
しかし、物体が持つ波とは、広がる波紋ではありません。

例えるものがないので説明が難しいのですが、
一面にゴムの膜を張り、その下から輪ゴムのように、形状が可変な物を押し当て、
その後、その盛り上がった部分を除き、ゴムの膜を取り除いて残った部分、
それがウニョウニョと蠢くようなイメージです。

ゴムのように伸び縮みしますが、それらは本質的には波であるため、
形はゴムのようでも実際には波、という想像しづらい状態を持ちます。
この波と波は相互に干渉し合い、波と波が重なり合うと増幅します。
この波が一際大きく増幅した部分が存在確率の候補になります。
151◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:39:03 ID:9ol()
この「ゴムのような波」が存在する場所は2次元です。
2次元から見ると、XY(縦横)軸は確定していますが、Z(高さ)軸は不確定です。
XYZ軸に対応する、縦・横・高さは入れ替えても構いません。
例えば、縦・高さが確定していて、横が不確定と仮定しても、考え方には違いはありません。
3次元でも同様のことが言えます。

2次元から見た場合、XY軸は確定していますが、Z軸は不確定のため、
それを体感として認識することはできません。
2次元から見たZ軸は、不確定なもの、つまりは「時間」として感知されるでしょう。

そして、このZ軸が確定すると、3次元となります。
俺たちはXYZ軸の次なる軸方向、仮に「A軸」としますが、
これを時間として感知している、と「知る」体験をしました。
161◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:39:13 ID:9ol()
1次元から見た「時間」が確定すると、2次元に。
2次元から見た「時間」が確定すると、3次元になります。
そして、3次元から見た「時間」が確定すると、4次元になるのですが、
俺たちには4次元は体感できません。
化学反応、物質の形状変化などによって、
あるいは時計や地球の自転や公転でしか「時間」を推測する術はなく、
この世界に存在する限り「時が刻む真実の音」を聞くことはできないように感じられます。

けれども、俺たちは実際には「時間」を目の当たりにしています。
今も、あなたは時間を間接的に目撃していると言えます。
それは特段に珍しい現象ではなく、特別な条件が揃う必要はありません。
ごく当たり前の出来事の中に、時間は有るものです。

それは、俺たち自身や、目の前にあるディスプレイやキーボードという状態、
これらはすべて「時間」、「A軸」が加えられた3次元、
言い換えるなら「3次元」において時間の存在確率が確定した「過去」とも表現できるものです。
171◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:39:21 ID:9ol()
ここまで書いた内容に基づき、「5つの考え方」の内、
3つについて考察します。

■2.無数の物体がある宇宙は、実体のあるホログラムのようなもの

俺たちが感じているもの、見ているもの、観測しているすべてのものは、
実際には「情報」とも言うべきものなのかも知れません。
これは、「実体とは存在しない」と言うような主張や考え方ではなく、
「俺たちは影を見ているに過ぎない」という意味です。

実体とは「波」であり、3次元とは「2次元の波の確定」と「4次元の軸の確定」、
これら2つの要素が重なり合った結果だとしたら、
俺たちが見ているものは「確定情報」に過ぎません。
触れることも感じることもできますが、すべては情報に過ぎず、
それは実体が落とした影とも表現できるもの、と言えるのかも知れません。
181◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:39:27 ID:9ol()
■3.この世界は複数の世界が重なり合っている非常に曖昧なもの

物体が持つ本当の姿である「波」とは、2次元の姿であり、
出現確率が不確定である4次元が確定した姿が「粒」であるとした場合、
この3次元には、2次元と4次元という世界が重なり合っているもののよう感じられました。
この2次元と4次元は、各々が存在確率を持つが故に、
俺たち(3次元)で感知できる「情報」を持つことができません。
影を見ることしかできない俺たちは、2次元と4次元を間接的にしか感じることはできず、
それを直接見ることは困難です。
191◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:39:34 ID:9ol()
■4.「曖昧」という状態は、複雑化された現象によって「そう見えているだけ」

曖昧さとは、2つの「存在確率」が混ざり合っている状態と思えました。
厳密に書けば、
・2次元における時間の確定は「出現確率」
・3次元における時間の確定は「確定確率」
とでも言えばいいのでしょうか。

これらは、俺たちの世界から見れば「確率」として見えてしまいますが、
2次元と3次元と4次元が複雑に入り乱れた結果なのかも知れません。
201◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:39:40 ID:9ol()
けれども、ここで1つの疑問が浮かびます。
仮に、確率というものが、
俺の体験に基づく「2次元」と「4次元」がもたらした結果だったとしても、
エネルギーの伝達や、それを伝達する媒体である空間とは一体何なのでしょうか。
「存在確率」が確定できたとしても、物体が空間を動くということ、エネルギーが空間を伝達するということ。

これらの「位置」や「速度」とは、まるで、これらの出来事が生じている空間の外側に、
あたかも「時間」があって、あらゆる物事を進める力を決定しているように思えてしまいます。

例えるなら、この世界は紙芝居であり、その外側には紙芝居をめくる人がいる、
このようにも表現できるかも知れません。
俺たちは「時間の箱庭(あるいは、牢獄)」の中にいるのでしょうか。
211◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)15:39:49 ID:9ol()
いよいよもって「次元」だの「存在確率」だのと言う、
エキセントリックな言葉が次々と出現し、
当時の自分の精神状態が、相当に奇異だったことを感じていただけたと思いますが、
開き直って言えば「分かったんだから仕方ない」などと発言しようとものなら、
医師はおそらく「はい、お薬増やしましょうねー」と言うに違いないでしょう。
(当時にこの話を略して伝えた際には『頭を休めましょう』と言ってくださいました)

ともあれ、こんな感じのことが次々と「分かっていく」ように思える感覚は、
今にして思えば病的だったのだろうな、という感想を持つものです。

ただ、このスレは「病的だと、あえて想定しない」ことが趣旨のため、
次には、空間や速度、あるいは距離に関する体験を書き、
やがては、俺が苦手とするスピリチュアルに関わる内容にも踏み込んでいきたいと考えています。
22名無しさん@おーぷん :2015/08/29(土)15:59:46 ID:no1
なるほどね
神の声を聞いたり宇宙の摂理がわかったと言う人の体験もこんな風だったのかと思うよ。
みんな病気のせいだとは言わないけれど。

しかし、1はよくあっち側の世界に行ってしまわなかったなあ。
今は仕事とか、社会生活はどうなの?
231◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)16:20:31 ID:9ol()
>>22
仕事は発症後3日で復帰できたことが幸いして、
日常生活には特に支障はないまで回復しました。
経営も順調です。
社会生活がどこまでの範囲なのかは分かりませんが、
罹患の経験は、町内会に参画するきっかけにもなりました。

今は、精神科医と協力して、
統合失調症に関する認知機能障害の分析を進めています。
24名無しさん@おーぷん :2015/08/29(土)17:16:19 ID:9GY
どう読んでも
精神病に見えないわ
251◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)18:52:45 ID:9ol()
>>24
俺が統合失調症の罹患歴を持つことは事実です。
今は寛解していますから、認知は正常の範囲内であり、
健常者と同等以上の生活を送ることができますが、
発症当時の俺の認知は、著しい障害を受けていたことは、
今も思い出すことができます。
26名無しさん@おーぷん :2015/08/29(土)19:22:36 ID:SfU
昔の話なのでご容赦
紙食べた時に近い体験しました
死んだほうがマシだと思えるほど苦しんだ挙句、
完全に安心の光のレイヤーに抜け出たんです
詳細は省きます
問いと同時に答えがありました
私は1のように聡明でないので
識る範囲がもっとフワッとした感じでしたが、
人はもちろん、動物も草もみんな意識が繋がって
言うなれば完全な円だという事を識ります

バッドに入る前は時間がまさに紙芝居でした
人間の集中する意識と連動してました
我に返った時が次の場面がめくれた時
27名無しさん@おーぷん :2015/08/29(土)19:37:20 ID:SfU
書き忘れました
連投失礼

増幅した部分が生存確率の候補とは、量子のスリット実験を思わせますね
興味深いです
281◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:21:00 ID:9ol()
空間に関する「知った」ことは、さらにエキセントリックなものでした。
実は、この考え方こそが、統合失調症による妄想を否定する際、
まず最初に利用した切り込み口でした。

しかし、事実と異なることは十分に理解しながらも、
このスレでは、体験によって「知った」と感じたことを、
ありのまま書くことを目的とするため、
恥ずかしいですが、あえて書いていきたいと思います。
291◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:28:08 ID:9ol()
>>26-27
仮に俺と類似の体験をしたなら、心配してしまいます。
それはそれとして、二重スリット実験は自宅でも試したことがあります。
シャーペンの芯に赤いレーザー光を当てると、確かに干渉波が出現し、
なぜか、青色のレーザー光では出現しませんでした。
多分、光の広がり方の違いだと思うのですが、
こうした事実を見るというのは楽しいものと思った次第です。
301◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:29:14 ID:9ol()
俺は以前のスレで「時間と空間は同じもの」と書きました。
時間とは経過するもの、空間はそこにあるものであり、双方はまったく異なる性質を持つように見えます。
けれども、俺が「知った」事柄は、俺が子供の頃から不思議に思っていた、
「なぜ、距離を移動すると時間を消費し、時間を移動すると距離を消費するのだろう」
という疑問に答えを与えてくれるもののように思えました。

俺たちが生きている世界、ここに空間が存在します。
出現確率の増幅と、確定確率の増幅によって「確定情報」が与えられたものが物体であるとしたら、
そもそも、「存在しているけど、なんかフワフワした感じ」とも表現できる空間、
その中で生じる「距離」や「質量」、さらに言えば「速度」とは何なのでしょうか。

これを明らかにするために、「空間」とは何か、この問題に取り組みます。
俺たちにとって最も身近な空間とは、暮らしている自宅や、その近所、
そこには空間が途絶えることなく広がり続け、それは宇宙の果てにまで続きます。
これは、当たり前のことであって、別に不思議なものとは考えられない事実です。
けれども、もし「では、空間って何?」と聞かれれば、それは答えづらいものです。

俺の「知った」ことは、空間とは「超3次元」とも言えるものであるという、
なんともエキセントリックなものでした。
311◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:29:29 ID:9ol()
前方のスレで、3次元で認識している物体は、2次元と4次元が生み出していると書きましたが、
空間も3次元に存在するものですが、そこには「確定情報」は存在しないものです。
忽然とそこに物質が生まれたり、空間が突如として消失することはありません。
この礼儀正しさを生み出しているものは、2次元が持つ波の性質のように感じました。

俺たちから見ると、例えば宇宙空間には何も無いように見えます。
厳密に言えばガスや塵などが宇宙空間を漂っているのですが、
仮に何も無い、ほぼ真空の状態の空間があるとします。

そこには何もありません。
数個の素粒子は飛び交っているかも知れませんが、そこはほぼ完全な真空です。
そこには存在確率が確定するものがなく、何もないが故に、存在できないように思えます。
しかし、そこには出現確率の候補が増幅しています。
それらは出現確率でしかなく、そこには確定情報は与えられません。
321◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:30:02 ID:9ol()
高い次元は、この「出現確率」にも「確定情報」を与えようとします。
けれども、出現が確定しない状態で、存在確率の候補は消えてしまいます。
存在確率の消滅は、単純に2次元の波の増幅が落ち着き、存在確率が低下したためです。
この「存在確率の低下」の際、負の存在確率が出現します。

正と負の存在確率は打ち消し合い、やがて存在確率は負へと傾きます。
けれども、その負の存在確率は低下し、そこには正の存在確率が出現し・・・
これを繰り返します。
331◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:30:14 ID:9ol()
しかし、2次元の「ゴムのような波」は、2次元方向にしか軸を持たず、
もし、3次元にこの「波の増幅」を出現させているとしたら、
その平面は3次元にも対応した「超平面」でなくてはなりません。

そして、波の増幅が正・負を繰り返すのなら、
それが輪ゴムのような形をしている以上、
正は外側への増幅、負は内側への増幅と仮定した場合、
負の増幅は表だって現れることはできないはずです。

これは、今まで次元として表して来た2次元、3次元、4次元の関係を、
「影」に例えるのなら、その仮定に即した姿に改める必要があります。
それは、高い次元からの光源は、2次元の影を3次元に落とす、と表現できるかも知れません。
341◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:30:23 ID:9ol()
高い次元によって与えられた「A軸」は、消失した3次元の存在確率に作用できません。
そこで、2次元にある本当の物質の姿、
つまり「ゴムのような波」に対して、新たな座標軸を与えます。

超2次元とも言えるものとなった「ゴムのような波」は、
一般的な次元へと拡張されて「3次元」となります。
しかし、存在確率が不確定のため、広がりのみを持つことになります。
「3次元であるが、4次元の広がりを持つもの」、
言うなれば「超3次元」とも言うべきものが空間であり、
確定情報(時間)の軸を移動することになります。

しかし、同時に3次元軸へも移動しているとも言えるのですから、
速度と距離は結果として時間に対して作用する力となります。
351◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:30:31 ID:9ol()
ただ、1つ奇妙なことがあります。
仮に空間が「A軸」を得た超3次元軸の集合体だとした場合、
そこに物体を置くと、そこの時間が引き延ばされてしまうのです。

なぜなら、A軸へ移動する場合、物体は空間の不確定群とぶつかります。
その不確定群とぶつかることで速度は制限され、
この時、A軸の移動を妨げられているわけですから、結果として時間は遅くなります。

時間の引き延ばしは重力によって生じるものです。
しかし、俺の「知った」こととは矛盾する結果であり、
この結果によって、これが俺の妄想の結果であるとする根拠の1つでもあります。

物体によって空間は曲がらず、時間だけで遅くなるということは、
A軸を3次元軸に変換しているので、位置情報も曲がるわけですから、
見た目は「空間が曲がっているように見える」とは思うのですが。

そもそも「重力ありて時間が曲がる」ことが当たり前のことなのに、
「時間がありて重力のように見える」とは、あまりにエキセントリックです。
361◆6KctQgwHqc :2015/08/29(土)23:40:25 ID:9ol()
この奇妙なことは、「時間」が、「重力」・・・厳密に言えば「引力」を生み出している、
こう言っているようなものです。
ともあれ、これが空間に関する、俺の「知った」ことの内容です。

次には、「追加の瞑想ごっこ」によって得ることになった、
様々なことを書いていきたいと思います。

しかし、ここから先は、スピリチュアルとも捉えることができる内容のため、
あまり肯定的なことは書けないかも知れません。
これは、決してスピリチュアルに関わる方々を否定する目的ではなく、
俺の個人的なスタンスである「科学的なことしか信じない」という、
言うなればこだわりのようなものです。
37名無しさん@おーぷん :2015/08/30(日)02:37:25 ID:vT0
物理科学的用語を使ってるけど
哲学的な知識もあるのかな?
381◆6KctQgwHqc :2015/08/30(日)18:21:27 ID:wlB()
>>37
物理学に関する知識は興味の範疇で知っていますが、
哲学については興味がないので知識はありません。
中学・高校の時に「なぜ自分たちはここにいるのか」のような疑問は感じましたが、
それ以降は、その手の話題には疎い状態です。
39名無しさん@おーぷん :2015/08/30(日)20:38:32 ID:tZI
>>26です
心配ですか
もう古い話ですし今のところ平気
不思議な出来事が増えた位ですね

ある次元を観察するには一つ上の次元からでないと無理だと何かで読みました

追加の瞑想ごっこの話も聞きたいです
40もも :2015/08/30(日)21:02:36 ID:sOu
すごく難しくて、ごめんなさい、ついて行けてないのですが、鈴木光司の『リング』『らせん』『ループ』の三部作を読んだ時や、ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』を読んだ時に思ったことを思い出しました。
ストーリー中に、設定上有り得ないはずのことが起こり、「なんで?なんで?」と頭の中クエスチョンマークでいっぱいになりながら読書を続けていると、登場人物が四苦八苦している次元のさらに上の次元が関わっていたというしかけでした。
41北角 :2015/08/31(月)02:05:55 ID:g65
おつかれさまです。知識しかり便乗ばかりで大変さは全くわかりませんがスレッドを作るのは諸々大変なのでしょうね。
42名無しさん@おーぷん :2015/08/31(月)20:59:41 ID:pMb
>>38
そうなのかー
まあ自分も古本屋で立ち読みした入門書の程度しか知らんけど
なんか似たような事書いてあったなあと思って
ギリシャ哲学とかイデアとかの話だったかな?あの辺りの

でも思考に集中するってのもある意味瞑想状態に近い感じになってそうだから
そうやって突き詰めても同じような輪郭に至れるのかも知れないね。
431◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:27:35 ID:JLn()
>>40
映画「マトリックス」に似たようなイメージですね。
リング3部作は読んだのですが、貞子のキャラが強烈すぎて、
夜怖くて眠れなくなったのも良い思い出です。

>>41
スレッドを立てた理由は、内容は趣旨と目的を明確にするためでした。
色々混ざり合うと思想的や、宗教的な振る舞いをしてしまいそうで、
それを懸念しています。

>>42
弱ったことに、別に突き詰めて考えたわけではなく、
「分かる」という感覚が流れ込んできたのが俺の体験でした。
441◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:27:47 ID:JLn()
追加の瞑想ごっこの前に(書く順番間違えただけですが)、
「5つの考え方」の内、残された2つについても取り組みます。

1.すべての存在の「始点」は1つである
5.すべては同一であり、しかしすべては同一ではない

これら2点は、「分かる」体験から得たものですが、
その仕組みがありありと感じられた(ように思えた)ものではありませんでした。
それは漠然としたもので、言うなれば抽象的な感覚です。
確かに瞑想ごっこの際に、周囲の風景と一体化した体験は、
「すべては1つである」という思いを、強く抱かせるものでした。

しかし、それよりもさらに根源的なものから湧き上がる、
源泉のような部分に、宇宙の秘密は隠されているように、当時は思いました。
451◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:28:00 ID:JLn()
それは「すべての始まり」という感覚です。
そこが、良くSF映画などで表現される真っ白な世界なのか、
あるいは、光も物質も何もない真っ黒の世界なのか、
それは分かりませんでしたが、すべての原初には「有」があったようです。

なぜ、何も無いはずの場所に「有」があったのか、
すべてに始まりと終わりがあるはずであり、
有があれば無があり、無があれば有があるはずです。
これは、この法則に一致しないものです。

けれども、その「有」は完全なものであり、
完全であるが故に、自らを維持することが難しいものです。
461◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:28:08 ID:JLn()
>>9-20に、俺は「1つ上の次元は、時間のように感じる」と書きました。
2次元の上の次元、3次元の上の次元、そして4次元の上にも次元があれば、
それは「時間」として認識されます。
この無限の関係性は、その次元が「完全ではない」ということを告げています。
完全であれば、すべての次元を含むはずであり、
不確定な時間などというものを意識する必要はありません。

けれども、完全であるということは、
「時間を含む座標軸のすべてが確定している」ということです。
そこには不確定性は無く、同時に時間もありません。
471◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:28:16 ID:JLn()
そして、>>32-33で、俺は「正と負の波の増幅」について書きましたが、
完全な世界では、この波の増幅も起こりません。
均一な波だけがあり、時間もなく、そこでは「始まり」も「終わり」もありません。

しかし、そこは「無」ですらありません。
完全な「有」とは、「有」であり過ぎるために、
「無」も含めて、何も許さないのです。

すべての始まりには、このような完全な「有」があり、
それ故に、すべては1つでした。
力や物質のような区別もなく、波や次元すらも、何もかもが1つでした。
しかし、「1つ」という概念からも1つになっているため、
そこには数という概念すらも存在せず、ただ漠然とした「1つ」があるだけです。

そもそも「有」というものすら「1つ」であり、
誕生や終わりというものすらありません。
何もかもが1つ、これが完全な「有」です。
481◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:28:25 ID:JLn()
しかし、「有」という状態は、非常に不安定です。
あまりにも完全すぎて、その存在は常に1です。
しかし、1という完全な状態を持つのと同じく、0という完全な状態も持ちます。
完全であるということは、2つの状態を同時に持つことができるのです。

1と0は完全ですが、1と0が存在する状態は確定しています。
「完全な有」は、自らを維持するために「1」を完全に持とうとします。
同時に「0」も持とうとしますが、それは存在しないものであるため、
確定的に、不確定性を帯びた「1」を選択します。

不確定性によって生まれたもの、それは状態を変化させる「時間」でした。
自発的に完全性が崩壊した「1つ」は、その不確定性を増殖させます。
491◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:28:34 ID:JLn()
2は4へ、4は8へ、指数関数的に。
それは様々な状態へと爆発的に増幅し、あらゆる状態を爆発的に作り出しました。
時間はその不確定性を維持するために自らの軸を、求めに応じて渡します。
けれども、自らも完全性を維持するために、別の時間から軸を奪います。

奪う、奪われるの関係はやがて安定したサイクルを生み出し、
3次元からは、
・軸が少なく見える時間は、空間以外は認識できない
・軸が多く見える時間は、複数の状態を持って認識される
という形となった、
俺が「知った」ことは、漠然としていますが、以上のとおりです。
501◆6KctQgwHqc :2015/08/31(月)21:28:41 ID:JLn()
ただ、どうにも分からないのは、「完全な有」という概念です。
俺としては「有」には始まりがあるように思えるのですが、
しかし、その「完全な有」には始まりはないようなのです。

元々そこに有ったとか、そういう問題ではなく、
そこに有るということが絶対的であり、有は無限に続くように思えました。

これも、なかなかにエキセントリックな内容ですが、
ともかく「有」とは、根本的に「有」なのだ、
なんとも納得できませんが、これが宇宙の秘密の1つと感じました。

となると「数学には0の概念があるじゃないか!」と思ってしまうのですが、
これは「ステージ」と呼ばれる相のようなもので解決されるようです。
これ以上は俺には分かりません。
51北角 :2015/09/01(火)01:42:16 ID:OrQ
もちろん理解は出来ませんが、凄い。
1が有で、0が無で、でも完全な無は概念上も、認知し得るものですらないというか存在しえない、、、でも1はその無である0すら含んでいる。完全な1それは無であり0である??
52名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)13:05:58 ID:t0n
調弦理論と一般相対性理論のつまみ食いみたいな感じなんだけど。
結局、何が言いたいの?

自分の得たインスピレーションに具体的な血肉を与えられないと、意味ないよ。


ニュートンは、りんごの落下を目撃したのをきっかけに、
月が地球の周囲を回るのも、りんごが落下するのも、
同じ数式で計算できる、同じ法則なのだと解明したね。

そこがゴールであって、手に入れたイメージ、啓示というものは、
あくまでもスタートラインだよ。
理論展開して、はじめて、未知なるものの正体に触れることが出来るようになる。
53名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)13:15:08 ID:R9D
中身は全く重要ではないと思うよ。
本人はそうは思ってはいないだろうけれどね。

わかったという感覚、たぶんこれが病的なんだと思う。
それこそが認知の歪みだと思う。
54名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)13:19:27 ID:t0n
時間と空間が同じものだというのは、一般相対性理論で導き出された結論だよ。

有名な、E=MC2の公式だね(2は小さな2だから、PC的にはE=MC^2)

Eはエネルギー
Mは質量
Cは光の速さ

光の速さは、この宇宙では、常に1秒間に3億m進む。

ところが、E=MC2は、C2=E/Mとも表記できる。
これはつまり、光の速度は質量の大きさに反比例するという事でもある。

これでは、光が常に一定の速度で進むという事実と矛盾する。

でも、それは矛盾しているわけでなくて、物理学では、
【時間が伸び縮みする】
【空間が伸び縮みする】
という解釈をしている。

そういう意味では、時間と空間は同じもので、時間はXYZに続く第四の次元軸だといえる。
だたし、やはり時間と空間は、厳密には異なるものであり、時間には時間だけの特性が、空間には空間だけの特性があるはずである。
そうでなければ、時間だけが測定できないという状況は生まれない。

素人的には、時間と空間は、電力と磁力のような関係なのだうと思う。
とても近い性質を持つため、同じ公式で計算が出来る、けど、同じものかというと、同じではない。
という関係だ。
55名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)13:23:38 ID:t0n
>>53
感覚に意味を与えられないと、そんなものは何の意味もなさないよ。

お腹がグーってなったことについて、
「お腹が空いている」
「そろそろなにか食べよう」
っていう意味を与えないと、ただお腹が鳴っているだけで終わってしまう。

そうすることで、ようやく【自分】が広がる。
56名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)13:49:17 ID:R9D
>>55
自然科学でも人文科学でもそうなんだけれども、考えるということは基本的には疑うということなんだよ。

感覚に意味を与えることではない。
意味があると思ったことを客観的に実証して疑わしいものを削ぎ落としていく作業。
自分の直感(感覚)から離れる作業だよ。
57名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)14:01:33 ID:R9D
あなたの場合は無条件に自分のわかったという感覚を肯定してしまっている。

腹が減ったという感覚だってほんとうは腹は減ってないことはよくある。
人の感覚なんてその程度にいい加減だということ。
58北角 :2015/09/01(火)14:55:17 ID:OrQ
54さん、有 無 どちらでもあり得るという量子論を加えると?
59名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)16:05:08 ID:nQk
1さん、書いてくれて感謝する
プリントして百回読むわ俺
601◆6KctQgwHqc :2015/09/01(火)16:42:19 ID:9ZZ
>>52
ご指南はありがたいのですが、
体験した内容を書くことが目的であり、
そこで得た感覚や体感を、物理学や量子力学に結びつけることを、目的とはしていません。

>>53,57
認知機能に関しては同感ですが、
このスレの趣旨は>>1のとおりなので、病気の所感を書くことはしません。
また、>>52へのレスにも書いたとおり、自らの体験に対して意味定義し、
何らかの学問に結びつけることを望みません。

このスレッドの目的は、あくまでも「俺の感想」を書くことに集約されます。
底流には「自分が統合失調症であり、これらは妄想に過ぎない」という認識がありますが、
それらをあえて想定しないことが、このスレッドを立てた理由であり、与えた役割です。
結果、俺の書き込む内容は、上記の趣旨と目的、理由に対して、愚直に沿ったものとなります。

あなたの「自らを正当化し、肯定しようとしている」と感じた気持ちも理解できますが、
このスレッドでは、自らの主張の定着、考え方の肯定、体験の証明などは目的に含まれません。
体験したことを書き、俺が最終的に辿り着いた感想を述べることが目的ですので、
誤解なくお願いします。

ところで「では、なぜ書くのか」と疑問を持ったと思いますが、
それは、俺が書いていて「おもしろい」と感じるからです。
俺の感性では「おもしろい」に勝るものはないと考えています。
61名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)17:27:12 ID:R9D
なるほど、わかったよ。

あなたは、自分の体験や感覚を正当化したり主張することに目的があるのではなく記述することに目的があるのだとすれば、よく理解できるよ。
62名無しさん@おーぷん :2015/09/01(火)21:38:16 ID:cxT
>>58
相対性理論+量子理論=統一理論(まだ確定したわけではないけれど超弦理論)でしょ。
12次元とか、次元が薄い膜のようだったり、ゴムみたいに伸び縮みするって考え方は、
もろ超弦理論だよ。

>>60
それで満足してるなら、それでいいんだよ。
押し付けるつもりはない。
この手のことは、ナニが正解かなんて、誰にも判らんもの。
63北角 :2015/09/02(水)16:54:39 ID:oja
二つを合わせたのが超弦理論かぁ。もうそれぞれがどうゆうことを表してて、さらにその二つを足した理論が何を言おうとしてるのか、ウィキペディアで読もうとしたけど、解説の用語の意味がわからないから理解しようがないわ、、笑
完全ではないにせよその概要が何たるかを一定程度理解してる人はどんな世界を想像できるんでしょうか。
一個一個擦り合わせなんてできないけど、空間とか次元の有り様に、我々の意識ってどういう風に存在とか位置してるかって説明してもらえる方いないでしょうか。
超弦理論の内容に意識のなんたるかとか、世に言う魂とかの理屈ってそもそも含まれてないのでしょうか。
誰か優しい人教えて〜(ミュージシャン村八分風にお願いしてみました)
64名無しさん@おーぷん :2015/09/02(水)23:54:32 ID:seE
既存の解に結び付けたり答え合わせはあくまで自分ではしないようだけど
その直感的な分かった、感じたものの輪郭が何処まで一致するのかは興味がある
65名無しさん@おーぷん :2015/09/02(水)23:58:53 ID:tZQ
ttp://georges-canguilhem.blogspot.jp/2012/03/blog-post_18.html
時間は存在しないという立場を採る理論物理学者
ジュリアン・バーバー(Julian Barbour, 1937-)について書かれたブログ
661◆6KctQgwHqc :2015/09/03(木)20:23:55 ID:5ZH()
>>64
基本的に、俺の体験内容は事実とは結びつかないと考えていますし、
ここから書く内容は輪をかけてエキセントリックなものですので、
期待される結果とはならないかも知れません。

>>65
「時間」と呼ばれるものは俺もないと考えています。
俺たちが間接的に感じている「時間」は、
実際の時間ではないのかも知れません。
67名無しさん@おーぷん :2015/09/03(木)21:40:34 ID:ENt
事実というか、現在最も有力視されている物理の理論や、様々な哲学的な解釈とかかな
世界の構造を読み解こうとする多様なジャンルの研究者、学者が触れようとして得る外枠は同じなんかなと思ってる

結び付かない独創的な部分があったらそれはそれで凄い気になる
まあ結局それも利用するんだけど

アインシュタインも時間は無いって言ってなかったっけかな

と言うわけで続きはよ
68もも :2015/09/04(金)20:11:49 ID:7er
こんばんは。主観と客観て本当は幻だと思われますか?
69北角 :2015/09/05(土)09:56:42 ID:m18
我々がその成り立ちを知ろうとしたり構成要素を解き明かそうとしている該当の宇宙やこの空間は、あくまで我々の意識が存在している空間?と起きぬけに考えてみたが、多次元や他の宇宙空間も存在するという理論は含まれていたんだな、と思い直した。
でも、空間が1か0かとか、何次元にいる我々が三次元の認識をしているかとか、時間が存在しているか、とかって、あくまでおおもとの1か0か以外は、
ともすればその1か0かという有無という認識すら、全て我々意識にとって都合のいい、認知認識するための概念を定義づけるためのものであり、当然我々の意識が存在しなくとも空間はあるという前提なんだろうけど、
認識しようとしている空間が我々の意識で認識されようとするための区分けである以上、我々の意識での認識方法を超えない限り、実情は見えない気がした。
相対性理論と量子論を足したものが超弦理論だとしたら、1か0かに意識や自我を足した理屈を見つけたい
70北角 :2015/09/05(土)10:32:26 ID:m18
どこまでいっても空間の有り様云々は我々にとっての認識方法・我々の意識というフィルターを通しての概念でしか捉えられないと思う。
我思う故に我有り、であり、ここでいう我は、その認識する空間や派生する概念を含む。
意識や認識方法に基づた空間でしかないのだ。
哲学や屁理屈的解釈だと私自身が止めてしまえばそれまでだが、
哲学を非科学であると定義づけてしまうことだけであれば、むしろそれは科学が狭い条件にのみ基づいたものになってしまう。
あえて、哲学的だと思しきこの考えを反映させてみる。
意識が空間時間などを包有する次元を認識するのではなく、意識自体がそれを生み出している・むしろ意識自体がそれそのものなのだ。
神だとか愛だとか意識が宇宙に影響を与えるのだ云々といえばいよいよ前衛的宗教の香がするが、
前述の全て包有しようとしてこその科学だと攻めてみると、また、1か0かが大元の出発であるとすればどちらかでありさえすれば、あとはその有り様は大差ないとし、
仮にデタラメのようでも一つ概念を派生させてしまえばそれもまた有であるとすれば、有は意識ありきであり、意識こそが有の根源もしくは有そのものであると定義づけてみたい。

支離 滅!裂!!
711◆6KctQgwHqc :2015/09/08(火)00:58:31 ID:vaW()
>>68
主観とは俺たちの個々が感知しているものです。
各々に主観があり、主観があるため客観があります。
どちらが先なのか、このようにお考えなのかも知れませんが、
俺たちという「個々」のステージから言えば、主観があり客観が生まれます。
仮に、客観がまずあって主観が生まれるとしたら、俺たちはそれを「感想」と呼ぶでしょう。

>>68-70
どこまでも続く空間とは、どこまでも「時間」という概念が続くということです。
その解釈が生み出す概念的なものは俺たちの認識に過ぎないと俺は考えています。
なぜ、我々の世界は変化するのか。
あるいは、空間を進むには時間が必要なのか、なぜ距離があるのか。
こちらの方が「狭い科学」より不思議な自然原理と言えます。
72名無しさん@おーぷん :2015/09/08(火)08:31:02 ID:rCD
個人的な体験だけども、昔、一時期、意識が肉体からやたらと抜け出ていたことがあんのよ

その際、天井あたりからゆっくりと降りて肉体に戻ったことがあってな
肉体に入る寸前まで、室内を完全に認知しながら降りてきたのに、
肉体に入って同期する瞬間にその室内がぐるっと回転した
あ、方向という概念は肉体にしか無いのだ、それが今戻った瞬間だったのだ、と理解したのを覚えてる

肉体から出ていても体感として室内はあった、外側にある世界、空間と認識していた
だがそれは肉体を離れた意識が、自分で馴染みの空間を作りながら
移動感覚を作り出していたような気がする

たまたまその時は戻った肉体が目を開けていたようで、
意識の空間認識と肉体の三次元空間認識の角度のずれが見えたまま一気に正された…
というか、方向という概念が足された!と感じたのだ
73名無しさん@おーぷん :2015/09/08(火)10:18:13 ID:aWS
幽体離脱は明晰夢の一種。

本当に抜け出しているなら、政治家の家でも行って、その政治家の政治生命を終わらせられるような秘密を漁ってくればいい。
そういうレベルなら、さすがに皆が信じるから。
誰が居たとかどんな話ししてたとか、そんなの、感度が高ければ寝てても感知できる。
74名無しさん@おーぷん :2015/09/08(火)11:51:58 ID:3Jm
上のレスの場合なら言いたい事は
肉体感覚の有無で認識に差異があったということの発見だから
別に明晰夢でもいんでね?
75もも :2015/09/08(火)12:48:58 ID:vGt
もし政治家生命を終わらせる秘密を握ったとしても、それを人々に信じさせるって難しいと思うよ?
とても人々が信じたくないことの場合、人々の方がそれを認めないだろうし、政治家本人が認めるわけはないと思うし、トンデモであればあるほど怪しい2チャンネル情報ってことにされてしまう気がするもの。
76もも :2015/09/08(火)12:59:41 ID:vGt
>71
どっちが先というか、主さんが「わかった!」という感覚の時のことを想像したのですが、それは主観と客観を超えたところの「わかった!」だったことみたいにわたしに伝わって来たんです。
主さんとわたしは別々の人格を持っててこうやってお話しているんですけれど、その「わかった!」の場所ではわたしは主さんにとって他者っていうことになるのかなぁ、とおもって。
77もも :2015/09/08(火)22:13:26 ID:vGt
>77
今だって、ユダヤ陰謀論とかあってもそれを信じる人と信じない人に別れているし、「エリザベス女王 裁判」でググッてみればわかるけど、有罪になってても世界はビックリしないよ?
78もも :2015/09/08(火)22:13:59 ID:vGt
間違えました。>73さんにでした。(;^_^A
79名無しさん@おーぷん :2015/09/12(土)07:48:53 ID:Ods
1さんがスレに何かを書こうと思うか思わないかは、
1さん個人の意思ですか
繋がってる場との共鳴の結果
生まれてくる衝動のようなものですか
801◆6KctQgwHqc :2015/09/13(日)02:12:18 ID:Y9p
今ちょっといい感じに忙しいので、レスはもうちょい待って・・・
81名無しさん@おーぷん :2015/09/15(火)09:19:14 ID:Zac
>>78

ユダヤ(イスラエル)は、イスラム教国に核を持たせないために空爆したり、
目に見える形で現実に行動をとっているので、
当然だけれど、
目に見えあい所でも行動はとっている。

そういう意味では、ユダヤは間違いなく陰謀を企てて行動している。

あとは、想像をどれだけ膨らませるかという点だけが焦点になるのであり、
陰謀の有無という点については、議論をする余地がない。
明白に、ユダヤは陰謀企てているし、実行している。

それが、ユダヤの教義にどれだけそったものであるかはしらんけど、
イスラム教は異教徒だから核を持たせる前に殺すっていうのは、紛れもなく陰謀である。
82名無しさん@おーぷん :2015/09/16(水)01:21:32 ID:A3L
ヘンプオイルCBD飲みなさい これだけで完治はするのは厳しいけど他の要因もあるし軽くはなるよ
831◆6KctQgwHqc :2015/09/16(水)22:08:20 ID:eIA()
>>82
ご教示ありがたいのですが、既に寛解しており、残遺していた認知機能障害も消失しているので、
ヘンプ(産業用大麻)に頼る要素がない現状です。
84名無しさん@おーぷん :2015/09/17(木)17:15:35 ID:Adl
今までの流れ全部読んできたけど1は唯物論というか科学主義にこだわりすぎだよなと感じるな
別に量子論とかでは1の言ってるようなことなんて語られてるしエキセントリックエキセントリック言ってなんとか否定しようとしてるのも滑稽な感じ
ある意味自分の経験が病気による特殊な現象と考えたいらしいけど同じような経験してる人なんて沢山いるんだから自分の偏狭な価値観で必死に否定しなくてもいいのに
まぁ統合失調症(なのか正直微妙な気がするけど)になったのも本人が科学主義者だったからこんな体験は本当なわけがない自分がおかしくなったんだと歪めて捉えたことから統合失調症的な症状が出たんだろう
多分自己の価値観を守るために科学主義的な世界観の常識こそが正しく自分がおかしくなったと考えた自己防衛と言ったところかな
そんなにこだわりのない人なら素直にありのままの体験を信じてただろうし統合失調症的な症状も出なかったんじゃないかな
この人は1元唯物論者だったけど自己の悟りの体験から唯心論者になってるからなにかの参考になるかもね
http://mallam.oh.land.to:8080/Mindtech/index.php?%27%27%A5%E1%A5%BD%A5%C3%A5%C9%C8%AF%B8%AB%A4%CB%BB%EA%A4%EB%BC%AB%B8%CA%C3%B5%B5%E1%A4%CE%CE%B9%27%27

後1の感じてる世界観はこれが近いと感じるけど
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ACIM
まぁキリスト教の現代解釈版みたいな感じで宗教色強いから読みにくいとは思うけど
85名無しさん@おーぷん :2015/09/17(木)17:21:45 ID:Adl
>>84
>この人は1元唯物論者だったけど自己の悟りの体験から唯心論者になってるからなにかの参考になるかもね

変なとこに1って入っちゃったけどただの元唯物論者の間違いねw

まぁもしよかったら読んでみて感想聞かせてね
俺も知識はあるけど体験がまだない人だから1から見たらどうなのかなと気になってね
86北角 :2015/09/17(木)22:17:15 ID:wEZ
それを宗教的なものと名付けようと名付けまいと、何かに目覚める時にいわゆる統合失調症的症状を伴うことはあるようです。
症状の中にいる状態が同じだとして、また大きな視点で見れば統合失調症患者と目覚めをした者が同じであるとしても、
何かから解き放たれた、または何かしらの状態に入った人間は物事の認知方法を変容させる過程において、副産物的にその状態を経る。
おそらく一般的に人間に認知されている世界と、他生物なら当然違う世界を認知しているが、
限定的に例えば共感覚を持った人間、ADHD?ギフテッドの人間とかオーラが見える人とか、
もちろん一般的な人間でも個々で様々な差があるのだろうけど、たまたま現在最先端の科学的知識を、次元の有り様であったり、超ひも理論?などなど、
を認識として、実感として感じ得ている、それが知識発の、知識由来のものなのか、もしくは体験ありきの後付けとして現在の科学を言葉として認識し直したものなのか、そこも興味深い。
87名無しさん@おーぷん :2015/09/17(木)23:29:50 ID:Wya
難しくてわかんね
881◆6KctQgwHqc :2015/10/03(土)17:03:18 ID:miP()
>>84
ACIMの考え方は理解できます。
けれども、自我が幻影を見ているとしても、その影を見るためには自我というツールが必要であり、
影を見なければ、また光を見ることもできません。

非常にエキセントリックな言い方ですが、俺はこの世界にある限り、
物質という状態が古典的な物理としての世界を支配していると考えています。
いずれ書かせていただきたいと思っているのですが、体験によって俺が「知ったこと」の一つに、
「この世界の理由」というものがあります。

それは、到底科学的な考え方に基づくとは言えず、俺たちの精神活動、
いや脳機能を利用して世界に干渉しようとする、あるいは無機物にすら宿る「真実の観察眼」こそが、
すべての本質であると感じたことを白状します。

この世界において、俺たちが感知しているもの、これらはすべて境界に過ぎず、
その境界に降り積もった情報が「物質」または「存在」であるのだとしたら、
俺たちも、この世界も、「内容」を見ることができないからこそ、「ただそこに有る」のかも知れません。

レスターの感じた「すべては同一であり、限り無い海である」という感覚については、
俺も体験の中で似た感情を抱きました。
しかし、この世界にある限りは、それを完全に受け入れることは肉体の消滅を意味します。

自我が見る幻影、その影を見るて、光を感じるためには、
自我というツールが必要である、俺の考え方はここに帰結します。
89名無しさん@おーぷん :2015/10/03(土)20:37:48 ID:LJ6
真実の観察眼かー
90北角 :2015/10/04(日)12:50:02 ID:3vm
ついに待ちに待った書き込みが!^_^
内容はいつもの如く私には理解しきれないものですが、、笑
改めてレスターに関してチョロチョロっと読んでみたのですが、
タコさんもおっしゃるようにこの次元を現象として支配しているのがやはり物資の状態であるものであるとすれば、生命としての意識が、特定すれば人の脳で意識したことが物資を介さずに、
ここでは先ず限定的に脳神経のパルス?とか電気的なものすら排除した状態でもその外界であるこの次元の物資にレスターのように影響を与えることがあり得るとお考えでしょうか。
真実の観察眼、これはどのようなものかを私達エキセントリックな体験をしたことがないものが理解することは可能でしょうか。
生命が意識を持つこと、この世界諸々に何か目的があってこその存在として私達があるとお考えでしょうか。
書き込み全体を見て、以前特殊な能力を持っていると思しき方とお付き合いがある時に、何気なく見かけた山の植物や山の形、成り立ちに意味があり、その山を理解していた様子を思い出し、その様な認識に類似しているかとも推察し興味深いです。
お答え頂ける気になったものだけでももしあれば解説頂ければ幸いです。
911◆6KctQgwHqc :2015/10/04(日)20:02:11 ID:hL6()
>考えたことが現実世界に影響を与えるか
与えると思いますが、それは非常に小さな値だと思います。
「考える」というよりも、言動や感情といった物事は「本当の物質」である波に影響し、
その存在確率を上昇させるとは思います。

>真実の観察眼を理解することができるか
俺たちは常にそれを体験しているので可能です。
「真実の観察眼」などと表現しましたが、実際にはこれは波の増幅です。

>この世界に意味はあるのか
意味の有無は分かりませんが、役割はあると考えています。
個人的に生きる意味は考えたことがないので、「ただここにいる」ことが意味なのかも知れません。

>特殊な能力を持つ人
俺は霊能力や超能力は肯定し辛いスタンスで、この世界で起きた出来事は、必ず科学的な理由があると考えています。
山の形は地殻変動や風や水による風化、植物の形は進化の合理性です。

これらはスタート地点に意味が予め用意されていたわけではなく、
時間の経過に伴って、これらの事情が持ち得た「変化の積み重ね」による対外的な意味だと考えています。
つまり、「ゴール(目的)」へ向かう道程で獲得した形に対して、俺たちが勝手に意味を見いだしているに過ぎません。

例えば、被捕食側の生物が補食されないように自らに意味を持たせようとするなら、
自身に毒の性質を与えれば良いのですが、多くのプランクトンには毒はありません。
しかし、プランクトンは食物連鎖の底辺という役割があります。
「食べられるのなら無数にあれば良い」のではなく「無数にあるから食べられる」と考えると、
俺たちに与えられている意味は、ただの幻であって、自らが持つ役割に気づくことが重要であると、俺は思考します。
921◆6KctQgwHqc :2015/10/04(日)20:09:07 ID:hL6()
訂正
「食べられるのなら無数にあれば良い」のではなく「無数にあるから食べられる」と考えると、
  ↓
「食べられるのなら無数にあれば良い」のではなく「無数にあるから食べられても平気」と考えると、
93北角 :2015/10/04(日)23:23:42 ID:3vm
早速にご回答ありがとうございます。
増幅という言葉からイメージするのは、やはり広げる、増えるといったものですが、
それは例えば世に言う宇宙が膨張していったということと同じような意味で、この世界にある存在は広がっているからこそ存在しており、
その広がるという性質を持っているからこそ存在しているという考えでいいのでしょうか。
もしくは上記のように後付けで存在意義があるのではなく、広がっていくために存在を与えられたという意味での役割があるということでしょうか。
また、もしそうであるとすれば、その役割を与えたのはどのような存在だとお考えでしょうか。
941◆6KctQgwHqc :2015/10/04(日)23:47:41 ID:hL6()
>>93
増幅とは物質が本質的には波であるという意味なので、
干渉し合うことはあっても、増えることはないと考えています。
よって、限度を超えて広がることはありません。

役割は時間経過に伴って自らが獲得するものです。
この世界が持つ意味はあると思いますが、それはプロセスの中で生み出されたものです。
それを与えた超越者のような存在は想定していません。
95北角 :2015/10/05(月)14:49:14 ID:6BK
解説していただいてありがとうございます。
ご教授を受けて結び付いた質問にならないかもしれませんが、いつも懲りずに興味を抱いている、
我々の意識というものは、どのような位置づけでタコさんはお考えでしょうか。
波の増幅の為に必要で自然発生的に生じたものなのか、もしくはまたそことは別の意味をもって、独立した存在たり得るものとお考えでしょうか。
自然発生的であるとするならばいずれコンピューターなどにも必要に応じて発生し得るものなのか、
もしくはかりにそうであったとしても、その意識も含めて、それが自己、自意識を持ち得た時点で何かしらの意図があり、
ただ単に増幅の為に必要で派生するものなのか、物質とは別に切り取られた立場で意識という存在に意味はあると設定できるものなのでしょうか。
96名無しさん@おーぷん :2015/10/05(月)19:38:11 ID:woM
> この世界において、俺たちが感知しているもの、これらはすべて境界に過ぎず、
> その境界に降り積もった情報が「物質」または「存在」であるのだとしたら、
> 俺たちも、この世界も、「内容」を見ることができないからこそ、「ただそこに有る」のかも知れません。


すんげえゾクゾクしたわ
971◆6KctQgwHqc :2015/10/06(火)22:07:58 ID:PyS()
>>95
俺の考え方では意識は脳が生み出す幻だと考えています。
死ねば無明の闇です、いや闇すら認識できないでしょう。
しかし、俺の体験群はそれをあたかも否定するかのような内容でした。
俺はそもそも霊的なもの、超能力のようなものを一切信じない人間なのですが、
それらの前提がありながら正直に言えば、俺の認識は間違っている可能性を感じてしまうことは事実です。

この考え方は大変にエキセントリックです。
何しろ、俺たちが生きている「物質に執着する世界」の他に、少なくとも10の世界があるなど、
科学では説明できるものではありません。
いや、この世界が境界であると言うのなら、この世界には無数の世界があるということになります。

それらの話題に踏み込むということは、俺の考え方を完全に否定するということです。
しかし、このスレッドにはその役割を与えています。
「世界の仕組みとはこうなっているのだ」などと言う話題がこの先には続きます。

よって、
>波の増幅とは独立した知性を持つものか
>コンピューター上にも自律的知能は自発的に発生するのか
>自意識に意味はあるのか
これらは、それぞれが異なるステージの質問であり、中には以前の回答と重複するものがあります。

>波の増幅とは独立した知性を持つものか
俺たちの世界とは異なるのですから、知能の定義が不明ですので、分かりません。

>コンピューター上にも自律的知能は自発的に発生するのか
ネットワークに知能が生まれる可能性は否定しませんが、
それらは俺たちから見たら「カルチャー」に見えるでしょう。

>自意識に意味はあるのか
前のレスにも書きましたが、
俺は「役割」を重視しますので、意味については分かりません。
むしろ、意味を付与しているのは俺たち人間でしかないと考えます。


これらの質問以外にもいくつかの疑問はあると思いますが、
俺の現在の書き込みは全体の1割にも満たないので、1つの事柄にこだわるのは誤りと考えます。
981◆6KctQgwHqc :2015/10/06(火)22:14:01 ID:PyS()
>>96
書き込み方の方向性が分かりました。
ありがとうございました。
99北角 :2015/10/06(火)23:55:27 ID:aD7
とりとめなく何度も重複した質問をしてしまって申し訳ありませんでしたm(_ _)m
理解できず、しかも忘れて思いつきでぱっぱと思ったことばかり書き込んでしまいました 汗
境界としての物質は昼間ぽやんと考えている時に、あくまで人間が活動するために物質諸々を我々の定義で認識することが必要なのであって、
全く離れた視点から見ると、その空間に何がどのように存在しているかということは、意味をなさないもしくは別の意味を持つというのが少し理解できた気がします。
生命もしくは知的好奇心の高い人間としても、エキセントリックすぎる体験を基にした認識だというニュアンスでおっしゃったことがあったと思いますが、
もし仮にそれが現在の我々の一般的な認識として何かしらの危険をはらむものであるとしても、かつて人類が無謀な航海をしたことと同じように、
当然損得や善悪などの次元と別の所で、新しい方向へ進む必然性、性質と理解すると、
それをするのが我々人間なのだということもできるのだろうと感じました。
生命が誕生して、己を残そうとする性質をもった命が存在し続け、単純な予想として、
遥か先に人類など知性を持った生命が何かしらの方法でどのような環境でも確実に自己に近い形で生命を永遠に残すことができるようになった次の段階で、
その次に生命を想像もつかないような別の次元へ持っていこうとする性質をもった存在が、残ろう、繋げようとする存在に同様になり得るとしたら、
段階が現段階では仮に早いとしても、タコさんのようなエキセントリックな方向にその性を持つ者もまたありうるのだと感じました。
うろ覚えかつその理論が実証されているものかは不確かですが、
いくつもの次元や宇宙が存在していることは理論としてそれなりの立場があるというのをNHKの科学特番で観た記憶があります。
タコさんのおっしゃったことはまた根本的に意味が違ってて百も承知だと思うので先にあやまっておきます 汗 笑
1001◆6KctQgwHqc :2015/10/10(土)17:16:10 ID:czg()
少し間が開いてしまいましたが、「すべてが同一である」ということ。
そして、「すべてが同一ではない」ということ。
この2つについて、俺の「知った」ことを書いていきたいと思います。
>>50の続きです。

かつて、この宇宙が存在する以前には「完全な有」という状態があり、
それが自発的に不確定性を生み出したことで、
とてつもなく小さな時間の引き延ばしがあったことを書きました。

俺たちが住む宇宙では、多くのものが存在しています。
他人がいて、目の前にあるパソコンも俺たち自身ではありません。
これらは別個のものであり、それらを同一とすることは困難です。

しかし、俺たちが住む宇宙に対して、1つ次元を加えた世界(上の次元)から見た場合、
これらの「別個の状態」とは、どのように見えるでしょうか。
1011◆6KctQgwHqc :2015/10/10(土)17:16:17 ID:czg()
>>15で俺は、XYZ軸に対応する、縦・横・高さは入れ替えても構わない、と書きました。
XYZ軸によって生み出される宇宙に、不確定なA軸を加えた世界、
これを仮に4次元と呼ぶとしたら、そこでもXYZA軸に対応する、縦・横・高さ、加えて俺たちが呼ぶ時間は、
入れ替えても構わないことになります。

不確定であるA軸が4次元では確定しているのですから、俺たちの世界は、何もかもが決定しているように見え、
そこでは、始まりも終わりも、その過程もすべてが融合した状態であり、
俺たちが体感している「変化」というものを察することはできないように見えるかも知れません。

無数に存在する「個別」のものは、そこにはありません。
俺たちの周囲に存在するもの、これらは不確定性が生み出しているものであり、
これらには不確定であるが故に、その存在確率にムラがあります。
ムラとは、本質的に「有る」という状態が不安定であって、その存在確率が周囲に拡散しているとも言い換えることができます。
これらの存在確率は2次元が生み出す広がりであり、低い存在確率にも質量があります。

俺たちだけでなく、すべての物質には質量があり、それはわずかに空間を歪ませていますが、
2次元の広がり、つまり波によって与えられている存在確率が空間に質量を与えていることになります。
1021◆6KctQgwHqc :2015/10/10(土)17:16:33 ID:czg()
しかし、4次元から見た場合、俺たちの世界での存在確率は「確定している」状態です。
「有る」という状態も、「有るかも知れない」という状態も、確定して見えます。
俺たちは3次元にいるため、4次元の感覚を体感することはできませんが、
XYZA軸においても、空間のようなものがあり、そこでの存在確率を決定するものとして、
3次元は「波のようなもの」として作用しているのかも知れません。

俺は「瞑想ごっこ」の体験の中で、宇宙の外側の、さらに外側を目撃するという、
エキセントリックな体験をしました。
そこには、宇宙のようなものがあり、星のようなもの、銀河のようなものがありましたが、
この体験によって、その世界に感じた役割は「如何様ににも成るもの」、「成りて成るもの」というものでした。

そこで見た実体、俺たちが住む宇宙での実体、2次元にある実体、
これらの実体は、実際には実体ではなく、ただの情報に過ぎないものであるように思えます。
ただ、情報を与えられた存在確率、その背景にある「存在確率としての波」とは、お互いに絡み合い、もつれ合っているものです。
俺は「2次元の波」と書きましたが、この波には様々な軸への対応があり、
俺たちにとって感知し得ない軸情報すら持つようにも思えるものでした。
1031◆6KctQgwHqc :2015/10/10(土)17:16:41 ID:czg()
そして、俺たちの宇宙では、実際には「内容」を見ることができません。
宇宙は、大規模構造で、大規模構造は銀河で。
銀河は恒星や惑星で、恒星や惑星は分子で、そして原子、さらには素粒子。
どこまで辿っても、そこには内容はありません。
加えるなら、これ以上分解できないとされる素粒子の内側を見ることは現在は困難です。

分解できない究極のもの、それが存在するということ。
そして、どこまで分解しても、どこまでも分解できてしまうということ。

これらは、俺たちが見ているすべての物質は、表面的なものでしかなく、
仮にこれを地表に降り積もった雪のようなイメージとして表現するなら、
俺たちは、「境界」に降り積もった情報を見ているに過ぎない、ということになります。

非常に小さな世界では、この境界に降り積もった存在自体すら揺らいでいても、別に不思議な話ではありません。
そこに「無数に同じものがある」と言えば、何やら不気味に感じてしまいますが、
単純に存在確率が不確定であるのであって、俺たちが観測と呼ぶ事象、
正確に言えば、存在確率を確定させるような出来事が起これば、存在が確定するだけです。
1041◆6KctQgwHqc :2015/10/10(土)17:16:47 ID:czg()
仮に、これらの「存在」の内容を垣間見ることができたとしたら、
俺の「知った」こととして表現すれば、それは波でしかありません。
そもそも、内容などというものはなく、俺たちは存在という「影」の世界に生きているとしたら、
元来より内容などというものは存在せず、それは抽象的な概念に過ぎないのかも知れません。

これらの「影」を生み出しているもの、お互いに絡み合い、もつれ合っているもの、
それは俺たちには見えませんが、それらは俺たちにすべからく全てに流れる源流です。

■1.すべての存在の「始点」は1つである
俺の体験において、「完全な有」から始まった世界、その始まりは1つである、
これは強く感じた感覚でした。
この完全な有によって生まれた「不確定な有」、
俺は「有りて有る」という言葉を俺は用いますが、これが「有」という状態を作り出している、
それが、俺の「始まりとしての一つの始点」という感覚です。

■5.すべては同一であり、しかしすべては同一ではない
俺の体験における「複数のものが存在する」という状態、
これは、俺たちという存在の底流にある「波」というもつれ合い、絡み合ったもの、
その結果として生み出された「存在確率」に「情報」が与えられただけの影である。
俺にはこのように強く感じるものでした。
俺たちはただ単に存在の砂漠にあり、その砂を存在として見ているに過ぎず、
故に俺たちも、砂漠の砂の一つに過ぎないのかも知れません。
105名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)19:40:18 ID:Qgk
拝読! 書いてくれてありがとう
106北角 :2015/10/17(土)14:52:15 ID:rYD
軸での例えがとてもわかりやすかったです。
俯瞰で見ると、我々の世界でおこっているあらゆる事象、また心の動きさえももしかしたら確定されているというのも想像できました。
完全なる1、有の状態が無を生み出した、とあるのですが、
不確定性をはらんだ状態を生み出すことによって、その生み出したものからの影響を完全なる1は受け得ない性質のものなのでしょうか。
完全なる1は不完全性を生み出し、それによって完全なる0にはならない、と。
理解できてないからこその質問になってはしまってると思いますが、、
また、宇宙の始まりと同じように、なぜ、その完全なる1が存在していたのか、元々ある、ありてある、というのが概念としてやはり理解しきれません。
完全なる無であれば世界はそもそも存在しないこととなり、それならば想像しやすいのですが、なぜ1なのか、結果として私たちはいるのか、、
謎です
1071◆6KctQgwHqc :2015/10/17(土)21:29:53 ID:m07()
>>106
俺のイメージでは、完全な有とはすべての状態を持つものです。
これは「固有の1点があった」とは俺たちからは見えないものです。

なぜなら、その完全な有は前にあり、後ろにもあるものであり、
この境界に降り積もった情報を見ている俺たちには、その本当の姿を垣間見ることは困難です。
軸や次元という言葉で表現したものは、ただの領域です。
領域同士がせめぎ合う僅かな表面に「時間」と呼ばれる不確定性が生まれ、
それらが、世界のあらゆる力を伝達する、言うなれば動画サイト等のシークバーの役割を果たしているに過ぎません。

完全な有には始まりはありません。
「始まり」も、「終わり」も俺たちが見ている境界上の情報です。
そもそも、始まりとは不確定性の選択であり、終わりとは不確定性の確定ですから、
この世界とは無数の終始が結びついているに過ぎず、それをさかのぼれば「すべての始まり」に行き着く、
これが、この世界の摂理です。

けれども、完全な有、言葉を変えれば「完全に達し得ない無」には、この概念は当てはまりません。
不確定性を秘めながら、常に完全であろうとする有にとって、始まりも終わりも意味を持ちません。
この宇宙とは、その不確定性のサイクルが「有限性」を得た結果に過ぎないものです。
1081◆6KctQgwHqc :2015/10/17(土)23:48:13 ID:m07()
ここからは、追加の「瞑想ごっこ」と俺が呼ぶ行為の中で体験した内容を書いていきます。
なお、これらの体験内容は部分的に主治医に伝えて、
「変性意識状態」と解釈されています。

トランスパーソナル心理学では、これらの体験を肯定していますが、
俺の個人的な意見としては、
そこに強い多幸感が加わると、その変性意識を切望する状態へと陥り、
誤った利用法を続けた場合、脳機能に重篤な障害を引き起こす可能性があると考えています。

この体験をしている時、俺は自身の脳が過活動していることを強く感じます。
表現するなら、脳内のネットワーク中に流れる信号が高速で循環している状態、
それが続ければ、この信号は自らの意思によってもコントロールできなくなり、信号と意思が分離してしまいます。

こうなっては、アクセルとブレーキ装置が壊れた車と同じで、自らの意思で思考を抑制できなくなります。
無秩序な思考の暴走は、精神活動に強く作用することが懸念できますが、
「もっと速く」という感情を抑制できれば、これらの思考の暴走は抑えることが可能です。
一連の体験で、フロイト博士が提唱する「超自我」「理想的自我」の存在もありありと感じられたのですが、
それはさて置き、以降は「瞑想ごっこ」によって体験した内容に焦点を絞ります。
1091◆6KctQgwHqc :2015/10/17(土)23:48:24 ID:m07()
瞑想ごっことは不思議なもので、俺の場合は目を閉じて文字や図形を思い浮かべ、
自らと図形や闇、闇の中に浮かぶ灯火のような光と一体化して、様々な体験をするのですが、
慣れてくると、こうした工程をジャンプすることができます。

例えるなら、RPGゲームのようにセーブポイントから再開できるような感覚で、
体験を比較的容易に継続することができます。

この体験の突入時、強い幸福感へと誘いがあります。
その多幸感に包まれれば「宇宙との一体化」のような体験へと向かいますが、
そこで、じっと幸福感の声色が消えるのを待っていると、自分の体験を客観的に知ることができるようになります。

最初は映像を闇の中で、小さな画面上に見ているだけですが、
それはやがて感覚を伴ったものへと変化していきます。
けれども、その際にもその体験が現実ではないことは理解しています。

幸福感が過ぎ去り、自分の意識の「波」とも呼べるものが、
映像として見える「波」と同調するような感覚、これはラジオの周波数のチューニングと似ていますが、
これを経て、自分の意識を明確に保った状態のまま、様々な光景を見ることは不思議な感覚です。
1101◆6KctQgwHqc :2015/10/17(土)23:48:34 ID:m07()
俺たちは、自分たちの死後がどうなっているのか、興味を持ちます。
多くの人が信じているものとして、三途の川があり、その向こうには次の世界が広がっているというもの、
天国や地獄、あるいは、すぐに輪廻転生し新しい命を得て生まれ変わってくる。
様々な解釈があり、考え方があります。

俺の個人的な感覚としては、自意識とは脳機能が生み出しているものであるのだから、
肉体が生命活動を終えた時点で、すべては消失すると考えています。
けれども、不本意ながら自らの体験から得た様々な出来事を総合すると、
俺の信じる「自意識は脳機能が生み出すもの」という考え方は誤りである、
このような答えが導き出されてしまいます。

俺たちが存在する世界とは、複数の世界の内の一つである、このように感じました。
ここから解釈すると、何ともエキセントリックな感想を抱くことになります。
それは、俺たちの意識は様々な世界を、それぞれの役割に応じて行き来している、というものです。
1111◆6KctQgwHqc :2015/10/18(日)00:25:59 ID:B3s()
ついでと書くと言い方が雑なのですが、
俺が宇宙の外側で見た12の構造のイメージを、整理して作ってみました。
http://imgur.com/QTCcQIA

この図形には理由があり、本当は円形で描写したかったのですが、
作ってみたらゴチャゴチャしてしまったため、12の円形の交差部分を利用しています。


この12の構造が折りたたまれ、6の構造となったイメージも作成しました。
http://imgur.com/Rn4jNFq

これも、6の円形の交差部分を利用していますが、
作ってみたら、へちゃむくれな形になってしまったので、12の構造と同じ構成要素を使っています。


しかし、3の構造に折りたたまれた場合は、円形の交差部分の図形を60°回転しなければならず、
同一体としての無限の連続性は表現できませんでした。
112m :2015/10/18(日)07:50:25 ID:DTr
12の構造、こんなだったんですね。
描くのめちゃ大変だったんじゃないでしょうか。笑
この構造を見てこの図を思い出しました。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/An_Exceptionally_Simple_Theory_of_Everything

はじめのスレッドから読ませて頂いていますが1さんの話にはとても引き込まれます。
続きの書き込み楽しみにしています。
113北角 :2015/10/18(日)22:26:20 ID:SjT
すべての始まり、、、
どんなに遡って想像しようとしても、何もないところから有が生じることは理解できない、、
そもそも有 無にとらわれている俺には理解できないんでしょうね、、
有という概念が始まりありきのものではない、、
やっぱ無理だ、、

自意識のくだりは何となく想像できます。
世界の有無の次元から比べると、我々の意識ごときといっては何ですが、
我々生命が個々で存在しているという認識はあるにせよ、その生命というジャンル枠組自体の成り立ちを考えると、
個々の自意識、意識は個々それぞれ単独で所有していることにとらわれずとも、という概念はイメージできる気がします。

タコさんは今色々と経験してきて認識して、まだまだわからないこととか沢山ある感じですか?大枠はもう定まったのでしょうか。まだまだ謎だらけ?
1141◆6KctQgwHqc :2015/10/18(日)23:35:24 ID:B3s()
>>113
俺の知りたいことは、既にこの世界にすべて用意されていました。
光速度がどの時間系からも相対的である理由も明らかですが、
それは大した意味を持ちません。

単純に「絶対的な有」が引き延ばされ、その最小単位としてのプランク距離に対して、
質量に影響を与えられた場が時間を引き延ばしているに過ぎない。
俺の「知った」ことは、非常に単純なものです。

そもそも、有限な世界にあって不確定性を解釈するのに時間は邪魔なものですから、
別の原理として考えるべきと俺は考えます。

今、過去、未来というものが実在する。
これが誤りです。
もっとシンプルに考える必要があると俺は思考します。
115名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)05:33:32 ID:Y4x
死後に継続する自意識ってどんな感じになるんだろ
多幸感とかは脳の快楽物質の影響だよね?

時間の概念って何なんだろな
覚者的な体験談でよく「今」しかない、という言葉は聞くけど
過去未来もただ一点に圧縮されたような感覚なんだろか
116名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)08:24:48 ID:PMc
>>114
> 単純に「絶対的な有」が引き延ばされ、その最小単位としてのプランク距離に対して、
> 質量に影響を与えられた場が時間を引き延ばしているに過ぎない。

脳がパーンてなったわ
いいなあ
俺が読みたいのはまさにこういうのだ

> もっとシンプルに考える必要があると俺は思考します。

時間に関するシンプルな思考について、まだ書けるなら、また是非
117北角 :2015/10/19(月)18:47:17 ID:i2y
もちろん最初からそれは言えることなのですが、もう丁寧に説明してもらったことすらとてつもなく私の脳みそでは理解できなくなりました 笑
雰囲気でタコさんが理屈の通ったことをおっしゃってるのは感じるのですが超高度すぎてどれだけ凄いことを書いてもらっているかもわかりません、、笑
でもちょろっとでも意味がわかったら物凄い刺激があるんだろうなぁとは思いつつ
めげずにもう何度か読んではみたいと思います。
理解できてる人がうらやましい。
理解できる日が来る可能性は限りなく低そうですが、雰囲気だけでも味わいたいので是非書き進めてやってください 笑
118名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)20:06:37 ID:PMc
1氏の体験のすべてを理解することなど、到底できないが、
ボームのホログラフィック宇宙観などを知ると、分かってくることがある
ボームが思考的思索的に見いだした宇宙観を、
1氏は逆方向から体験的に捉えて記述されたものに思えるのよ

「投影された宇宙」ホログラフィック・ユニヴァースへの招待
マイケル・タルボット著参照

1氏に勧めてるのじゃないからな
1氏の、体験のみを語るスタンスに感謝している
例えば臨死体験者なども、空間や時間の無い(としか思えない)体験を
言葉にしようと四苦八苦する
考察でなく、その四苦八苦に真実が見える気がするから
そういうのを読むのが好きなんよ
1191◆6KctQgwHqc :2015/10/19(月)20:42:15 ID:HUe()
>>115
このレスに関してのみ統合失調症の症状であるとする前提として書けば、
多幸感はアドレノクロムが関係しているのかも知れません。
これはメスカリンと似た作用を神経活動に及ぼします。
メスカリンの快感作用は目を閉じた状態で得る視覚情報、多幸感、神秘体験など、
不快感作用は死の予感、通常の状態に戻れない不安などで、
これは俺の症状と合致します。

統合失調症と一言で表現しても、その症状は症候群的に多彩です。
あるいは、統合失調症とは単一の疾患ではないのかも知れません。

俺は覚者でも何でもないのですが「時間」そのものを疑問視しています。
俺たちが言う時間とは、特定の距離を力や物質が伝達する速度です。

>>116
時間に関する最もシンプルな考え方は、
俺たちが「時間として感じているもの」を排除することだと考えています。
それは、俺たちが見ている空間、距離、速度、これらをすべて一旦無いことにして、
この世界を1次元に見立てると、よりシンプルになると俺は考えています。

例え話をします。
割り箸に輪ゴムをくくりつけて、輪ゴムの一部分にペンで印を付けます。
輪ゴムを伸ばし始めた時、ペンで印を付けた一点は比較的速く動きます。
しかし、輪ゴムが伸びるのに比例して、その動きは緩やかになります。

この輪ゴムは俺たちの世界です。
輪ゴム上に記した点は力の伝達速度です。
引き延ばされた世界では、伝達速度はゆっくりとなり、
縮められた世界では、伝達速度は速くなります。

光子は、この輪ゴムの外側を飛んでいるだけのように思えます。
仮に重力子なるものが存在するのなら、それも光子と同じく輪ゴムの外側でしょう。
俺には重力と言うか引力は、ただの不確定性のもつれに思えるのですが。
1201◆6KctQgwHqc :2015/10/19(月)20:42:26 ID:HUe()
>>117
俺は自分の体験内容を、何かの学問と結びつけることを望みませんし、
別に頭が良いわけでもなく、どちらかと言うと勉強は得意ではありませんので、
評価していただけるのは有り難いのですが、高度なことは書いていないつもりなのですが。

あなたが何を求めているのか、要するに積み重ね的な理解ではなく、目的があるのなら、
それを明確にしてもらえるなら、そこについて俺の「知った」ことを書けるかも知れません。

>>118
ホログラフィック原理を俺は良く知らないのですが、
例えばブラックホールの事象の地平面の表面上に、吸い込まれた物質のすべての情報が含まれるとすれば、
それは「内容はなく、すべては境界である」という俺の「知った」ことと似ているようにも思えます。

自らの体験を外部に出すことは、とても難しいものです。
頭の中でイメージは浮かぶのですが、それを言葉にしようとした途端、
そのイメージは抽象的な「例」にするしか方法がないと気づきます。

数学は、そのイメージを「数という言語」に変換する手段もので、
数理物理学は連々と培われた数学という言語を用いて、世界を語ろうとしています。
俺には数学も物理学も分かりませんが、とても興味深い試みだと思います。
121名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)21:51:14 ID:PMc
非常におおざっぱに書けば、
ホログラムはまず1本のレーザー光を分割器で2本に分割する
最初の光線を例えば実物のリンゴに当て、
そのリンゴからの反射光を、分割した2本めのレーザー光と衝突させる

すると水面に複数の小石が投げ込まれたときのような
同心円のモヤモヤした干渉パターンができる
これをフィルムに記録する

このフィルムにレーザー光を当てると、最初のリンゴのリアルな3D映像が浮かび上がる

で、このホログラフィック干渉パターンは、
元々フーリエというフランス人が発見した
フーリエ変換という数式を使って作り出された

この、なんでもかんでも干渉パターンに変換できるフーリエ変換が、
どうやら脳の機能に関係しているらしい
どうも脳は視覚や記憶をフーリエ数式を使って、フーリエ波形言語に変換しているらしいんよ
122北角 :2015/10/19(月)22:12:46 ID:i2y
僕にとっては十分高度です 笑
何がメインで知りたいか、と言われますと、やはり意識 自我の存在位置です。
タコさんが知った世界の成り立ちにおいて、その有り様を見たのは当然タコさんであり生命体であるタコさんの意識だと思うのですが、
もし仮にこの世界にタコさんしかりいわゆる生命ありきで存在すると思われる意識が存在していなくても、
やはりこの世界は存在しているのだと思われるのですが、(当然意識をもった我々の存在なくしてそれを認識する存在はないと思いますが)
この意識はただ単純に何かの利便性をもって発生したのか、もしくはこの世界の成り立ちに不可欠で存在している可能性もあるのか、ということです。
我々は意識や自我と感じるものを持っているつもりですが、ただ単純に生命とされる我々の存在があったとしても、コンピューターのプロムラム的に、無機質に、反射 反応を繰り返せば、原始的な走性などに全く意識が存在しないとすれば、
高度な走性のみでも生命活動は繰り広げられうると想像しているのですが、
なぜ我々は、我々が何をしているのかを見ているのか、高度な反応に意識が不可欠なものであったとしても、
いわゆる物理活動とは一線を画すと思しき自我などの存在があるのか、ということに興味 謎を感じています。
意識や自我の根源が個々所有のものでない可能性らしきことを以前書かれたと理解していますが、我々が我々であると認識している実体が人間や当然その他生命でないとすれば、意識の根源 我々の正体は何者なのでしょうか。
123名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)22:21:09 ID:PMc
脳とホログラムの関係はプリブラムが探求していた

宇宙とホログラムのほうはボーム
ボームの説では、宇宙のすべて、現実のすべてがホログラフィックな虚像であり、
その奥にはさらに深い存在の秩序が隠されていて(内在秩序)、
そこからホログラフィックフィルムが3D映像を生み出すように
「包み込み」と「開示」を無限に繰り返しているという

プリブラムとボームが出会い、そこに生まれた新しい世界観はこうだ
「私たちの脳は、つきつめてしまえば他の次元…
時間と空間を超えた深いレベルに存在する秩序…から投影される波動を解釈し、
客観的現実なるものを数学的に構築しているのである
すなわち、脳はホログラフィックな宇宙に包み込まれたひとつのホログラムなのだ」

目の前には実は茫漠とした波動の大海が広がっていて、
脳がこのホログラフィックなモヤモヤを物質に変換している、という

まあ、そんなお話
統合を失った脳が、通常と違うものを1氏に与えたなら
何て言うかね、モヤモヤの非変換・直読み込みみたいな、
そういう状況が生まれたのか、などと想像してみる
124名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)22:22:44 ID:PMc
ほい、グダグダ書いてスマンです
もうやめます
1251◆6KctQgwHqc :2015/10/19(月)22:43:18 ID:HUe()
>>121
教えていただいてありがとうございました。
俺の個人的な意見ですが、これはレーザー光という状態がもつれて、
その情報を弱く持っているだけのように思えます。
しかし、仮にリンゴの立体的な情報を持つということは、
あたかも、レーザー光の周波数が次元情報を持つようにも思えます。

仮にレーザー光を波動としての性質のみで捉えると、
これらの情報は大きさと角度で次元的な波動を保存していることになるように思えます。
もし、この波動を別の面、言い方の例えとして俯瞰できる次元に変換した場合、波動は境界面の波と同調(コピー)し、
そこに降り積もった情報を獲得の後、干渉波としての別の面の波として状態を表現しているなら、
それは面白い話だと思います。

以降は、俺の罹患した経験となり、このスレに与えた役割に反しますが、
俺は統合失調症の認知機能障害により、著しく記憶能力を障害された時、
記憶のメカニズムをありありと感じることがありました。

その体験では、脳は情報を俺たちが一般的に使う言語とは異なる、
抽象化された事柄へと分解し、脳の異なる部位に保存しているように思えるものでした。
脳の各所に記憶された情報が、レーザー光に保存されたリンゴの像に照らし合わせると、
脳細胞が持つ情報は波動的な情報であり、これを集合させたものが「記憶」なのかも知れない。
このように思考するものです。

けれども、脳に保存される情報とは、あなたの言う「モヤモヤとしたもの」ではないのかも知れません。
仮に脳に保存された情報を取り出したなら、それは干渉波のようにモヤモヤとしたものであるとしても、
それを映像や言葉として変換する機能が脳に備わっているとしたら、
脳とは、フーリエ変換を利用した量子コンピューターとも表現できるものです。

けれども、記憶とは比較的曖昧なものです。
図形にならないものも図形にし、図形を正確に記憶できないものが脳です。
脳とは俺たちが持つ一般的な言語とは異なる単位で言語をまとめているかも知れず、
逆に言えば脳がこれほど複雑に保存しなければならない情報群、それは自意識ですが、
これが果たして脳の機能だけで生み出されているものなのか。
不本意ながら、このように思えてしまうものです。
126名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)23:06:10 ID:PMc
>>122
横レスですが北角さんのその関心、無茶苦茶分かります
何故にわしらはこんなにも知りたいのか
掴んでみたいのか
面白いねえ
1271◆6KctQgwHqc :2015/10/19(月)23:13:38 ID:HUe()
>>122
俺の「知った」ことを言えば、自我とはツールに過ぎません。
自我と俺たちが呼ぶものは、生存に必要な本能的な自我、これに理性として理想的な自我、
この両者がせめぎ合う境界に存在しているものです。
これらは認知とは別の部分にあり、認知に対して2つの自我がせめぎ合い、自我を生み出しているように思えました。
つまり、自我とは決して自分のすべてではなく、自分を維持する道具に過ぎないと考えます。

意識、自我と呼ばれるものは脳が生み出す高度複雑化された反射と反応とも解釈できますが、
(そして、俺もこの意見に賛成しますが)
俺は一連の経験の中で、不気味な思考「肉体とは心によっても生み出されている」という体験をしました。

非常にエキセントリックですが、まず心があり、故に肉体を得た、という感覚、
それは、この世界において隠されているもの、宇宙が(この世界が)隠したがっている秘密とは、
根源的にはここにあるのではないか。
俺はこれを論ずることは得意ではありませんが、どうしても、このように思えてしまいます。

俺たちは時間(空間)という牢獄の中にあります。
けれども、しばしば俺たちは、あたかも時間とは存在していないかのような体験をします。
俺のケースでは、それは予知夢であったり、一般的に言われる超常現象と呼ばれるものです。

科学的なことしか信じないのが俺のスタンスですが、
あらゆる可能性を考え、様々な偶然を組み合わせても、どうしても残ってしまう「不思議」があるという事実。
それを考えると、俺はあまり言いたくない言葉を書き込まざるを得ません。

肉体とは入れ物であって、脳とは自意識を保存するように作られ、世界とは科学とは逆説的な面も存在する。
これを俺の体験と組み合わせると、俺たちとは「死後の世界を生きている」という解釈に辿り着きます。
そして、なぜ、これほど俺たちは「知りたがりなのか」
この答えは、この世界が持つ役割が関係していると考えています。
128名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)23:35:16 ID:PMc
うへえ、興奮しすぎて寝られなくなる(笑)
129名無しさん@おーぷん :2015/10/19(月)23:39:37 ID:MKy
>>127
色々と含みのある言い方だね
もっと詳しく訊いてみたいな
世界以前に歴然とした完璧に近い世界があったのではないか
死後というのも面白いが、仮定の世界ともとれるよ
そんなところかな
130名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)04:41:47 ID:G5n
肉体感覚刺激を通して励起する自我意識
に対し
最初にありき心が肉体を生成する、てのは夢の中の感覚に近いのかなぁ
1311◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)20:05:28 ID:kgI()
>>129
含みがあると言うよりも、この時点で俺の体験内容をどう伝えるか、
試行錯誤しているというのが実際です。

俺も「仮定の世界」という考え方には一部同意しますが、仮にこの世界が仮定であるのなら、
体験した他の世界、いや「他の役割が与えられた世界」も仮定となってしまうため、その比喩は使っていません。

他の世界と聞くと多世界解釈や異世界というイメージを与えてしまうかも知れませんが、
もっとシンプルな考え方です。
132名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)21:14:46 ID:oed
>>131
体験自体は、どうしても伝えられないよね。
仮定の世界(安易な呼称で、すまない)は、
現世界について限定して使っているものだよ、
他の世界があるのは、認めている。
しかし、問題なのは現世界だと思うよ、
他の世界が、それに相互依存的に絡んでいるとしても。
133名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)21:31:37 ID:yG7
瞑想ごっこについて詳しく教えてほしい
どんな図形をイメージするのか、どういった感覚でそれを扱うのか…
普通の人が何かをイメージしたとしても、特にそのイメージから何かを感じることなんてない。
1さんはどうしてそのイメージから何かしらの感覚を認知することができるんだろう?
どうしてそこから瞑想ごっこ状態に没入できるようになるんだろう?
1341◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)21:32:36 ID:kgI()
>>132
あなたの表現は的を射ています。
そして、「問題なのは現世界」という言葉は、俺の腑に落ちるものです。
俺の根本的な考え方として、この世界で生きている以上、ここで体験するすべて、
何もかもが、自分たちに与えられた実際である、ということは子供の頃から変わらないものです。

俺が統合失調症になったということ、怪我で左目が色盲になったということ。
先天的に両足首が湾曲しサポーター無しではすぐに脱臼してしまうという自身の体も、
すべては「この世界に有りて有る」すべてです。
俺は別に同情や努力を認めて欲しいわけではなく、それがすべてなのです。

よって、俺の考え方としては、そうした色々な出来事や自身の特徴やハンデ、
こういう色々なものを受け止めないで、自分にとって不必要なものを捨て去るということ。
その結果に得られるものが「空」や「悟り」と呼ばれる一連の精神活動であると言うのなら、
もっと、この世界のルールに則して、ちょっとだけ人より努力して生きることの方が、
見えてくるものが違うと思っています。

以前に俺は「悟りとはこの世界で得る必要ない」と書きました。
俺の考え方の上では、悟りや覚醒などは大した意味はないものです。
この世界の役割を自身に反映し体現する、俺の考えはここに帰結します。

少し熱く語ってしまいましたが、俺の考え方とは「特別なものなどない」
言い換えれば、全員が特別な存在である、ということです。
1351◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)21:44:21 ID:kgI()
>>133
ただ集中するだけ、としか俺には表現できません。
ごめんなさい、書ける内容はこれだけです。
136名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)22:03:53 ID:oed
>>134
私の根本的な考え方に真実は定かではないが、
実際に起こった事は、私にとっては事実だ、という事です。
ですので、これを根幹に据えています。

まあ、人から訊いた事ですが、障害や理不尽、不条理といったものは
報われるとの事でしたよ、本物に云わせれば。

悟りについては、合気道とか弓道の達人が到達する
領域はすごいものだなあ、と思っているよ

話を少し前に戻すが、特別だからこそ、
この仮定の世界を創世したとは思わないかい
137名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)22:06:51 ID:yG7
変な質問してごめんなさい。書けないことは書けないで構いません。
ですが、してみたい質問はたくさんありますので、どうかきかせてください。
たとえば、エキセントリックな物を見ている時の身体感覚とか…
いわゆる体外離脱のような感じで肉体的なリアリティは感じないんでしょうか?
もしくは肉体的な感覚はあって、瞼の裏に見えているんでしょうか。
体外離脱のような状態ならば、肉体からでたあとの自らの身体といったものはどういう感じですか?
あとエキセントリックな物を見ている時の意識と普段の意識の違いも聞きたい。
1381◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)22:10:57 ID:kgI()
>>136
俺の根本的な考え方として、この世界のルールで生きるというものがあります。
確かに少し生きづらい世界ですが、そこには多くの幸せがあります。

そうした意味において
「この仮定の世界を創世したとは思わないかい」
とは、半分において同意します。

では、残りの半分は何かと言えば、そういう色々なものを自分の一部にする、
言い換えれば、自分で認めて、自分として受け入れるということです。
ちょっとしたハンデは、自分の努力を怠らない口実になると俺は考えています。
1391◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)22:18:24 ID:kgI()
>>137
俺は、根本的に自身の体験を幻覚としてしか意味を見いだしていませんが、
体外離脱を体験したことがないので、そのリアリティと自身の体験を比較することができません。
しかし、「瞑想ごっこ」の体験の中では、俺は生々しい体感を持っています。
風の感触や大気の重さも感じますし、汗ばんだ自身の体も感じます。

俺の認識として、肉体を有した自身と、瞑想ごっこによって得た自身の認識は、
大きく変わらないものです。

そして、それらの体験をするためには「快楽への誘惑」を断る関係上、
それを体感している人物の感覚を鳥瞰しているイメージになります。
140名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)22:21:58 ID:oed
>>138
君の生き方は、どうやらなかなか立派なもののようだね
私は、別離感とでも言えば、いいのかな。
そんな感じのものを絶えず捉えられている。
まあ、楽器のチェロを弾く時は、すべてから解放されるのだけれどね。
1411◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)22:37:14 ID:kgI()
>>140
あなたの書き込みを通して感じることは、
自分と関わった相手から、何かを得たいと思う気持ちです。
これは重要ですが、同時に自身の価値を他者に依存してしまっている。
これは、俺の過去の姿と同じです。

自分を表現できるもの、あなたはにとって、それはチェロなのかも知れません。
あなたは、チェロの声色によって自己の言葉を奏でています。

俺はシステムで、当初はその声色が決して自らを裏切らない、
このように思っていました。
しかし、システムを極限まで探求すると、そこには利用者の声がこだましています。
その声を聞き、利用者自身が気づけない声色を文章という次元に落ち着かせるのが
システムエンジニアの仕事です。

色はそれ以上を求められる職責にありますが、
根本的には、価値観に相違はないものです(人間関係は別ですが)。

あなたの声色は分かりますし、チェロという声色に乗せたいという気持ち、
これは同じクリエイターとして痛いほど気持ちが分かるものです。

そこに、あなたの声色を乗せて、その声色を第三者が心地よいと思った時、
クリエイターの本願とも言うべきものが、その声色にはあるのかも知れません。

でしゃばってしまいましたが、俺の声色に関する考え方は、このように認識です。

あなたの認識は声色です。
その声色をどう奏でるのか、そこに立派であるとか、優れているという認識は存在しません。
1421◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)22:38:36 ID:kgI()
訂正:
色はそれ以上を求められる職責にありますが、
   ↓
俺はそれ以上を求められる職責にありますが、
143名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)22:51:40 ID:oed
>>140
なるほど。寡聞にして訊いた事のない面白い話だ。
助言を、どうもです。
で、声色といえば、文章を読んでいても、
行間やニュアンスから感じ取っている気がするなあ。
それを判断基準にしてしまっているような
難しい話ですよ。
1441◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)23:12:34 ID:kgI()
>>143
判断や評価は、あまり意味の無いものと俺は考えます。
あなたの現実での評価が、どのようなものかは分かりませんが、
他人の評価を大事にすべきと俺は考えます。

あなたの感じ方は俺とは異なります。
同様に、あなたに対する感じ方も色々な人で異なります。
けれども、あなたはあなたであるということを認めてくれる人。
あるいは、自分が自分であると認識できる瞬間は大事にすべきと思考します。

なぜなら、その時が本当の自分であるからです。
自己評価と第三者の評価の差異に苦しむのなら、笑ってしまえばいいと俺は思います。
「わりぃ、失敗しちった!」と、自らの失敗を笑い、相手が笑ってくれたのなら、それは失敗ではなく成長のチャンスです。
これは、自らが生み出したものではなく、周囲の環境が与えてくれるものです。

次に一回り成長した姿を見てもらえれば、その声色は届きます。
届く声色を奏でる、これはクリエイターの役割です。
145名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)23:20:54 ID:yG7
>>139
詳しく答えてくれてありがとう
146名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)23:23:26 ID:oed
>>144
なんか妙な?流れになってしまったね。
何か能力でも持っている人に相談してるみたいな
いいんだけどね(笑
なんとなく私は私だと感じる瞬間が楽しかったりするね。

まあ、創造者としての自分というのは、好ましくなかったりする。
だってさ、責任を取らなくてはいけないじゃない
だから、あまり表に出したくない一面だね
1471◆6KctQgwHqc :2015/10/20(火)23:39:48 ID:kgI()
>>146
その認識を尊重します。
これは俺の個人的な意見ですが、責任は後から付いてくるものです。
認識は人それぞれ、俺は責任があるちょっと負担がある方がスリリングで好きですが、
それは俺の個人的な意見に過ぎません。
148名無しさん@おーぷん :2015/10/20(火)23:44:27 ID:8G9
世界が持つ役割、についてもう少し書けることがあれば、是非
149名無しさん@おーぷん :2015/10/21(水)08:48:01 ID:Suk
心と身体の主従関係が逆転することが知られるのを世界が恐れている?
150北角 :2015/10/22(木)12:33:04 ID:okV
心ありきという考えは面白いです。
よく、自称産まれる前からの記憶があるキッズが、
このママは優しそうだと思ったから僕は北斗星からママを選んで来たんだよぉなんてセリフを言ってたりしますが、あながちそれ系も完全否定できませんね。
輪廻転生前の記憶があってみたり、
肉体を持たない幽体の存在が言われてみたり。
否定も肯定もしないスタンスで、でもそれらの話をする人の言葉をそのままとれば、
現代科学で否定しきれないような実証は受け入れるのもまた実は中立な科学的な受けとめであるとも言えると思います。
こっちには現れていないようですが、クマこうさん、霊はいるんですよ!笑
タコさんの状態を読んで思ったのですが、ある状態から別の状態に変わった時、変わったからこそ制限というか条件が当然変化し、
それによって気付きを持ちやすい状態に置かれたのかと推察しました。
僕は元々赤緑色盲で、点々の数字が読めなかったりする程度なのですが、
僕は他者との見え方の違いを知りました。
タコさんはそれに加え、自身の見え方の前後を知られました。
特に感覚の事なのでより曖昧で抽象的ですが、色 というものが実際には存在しないことを肌で感じ、そこからの派生で様々な存在を絶対的なものでないことを体感的にさとる要素になったと推察します。
午後の部いってきます
151北角 :2015/10/22(木)18:32:04 ID:okV
物質は質量があるから同じ次元で接触した時に当然抵抗?が生じ、そこにある、とわかりますが、
また、視覚でいえば光の屈折云々で見えますが、カミオカンデなんたらで微小な質量が計測されたのニュートリノなんたらよく知りませんが、
それと似たような感じでかつ全く質量をもたない存在が、
同次元もしくは異次元と定義される場所で存在しているとすると、相対的にその存在からすれば触れられない我ら質量体の存在は無いと等しく、
それは実はある存在から見えないものは無いと等しことに似ていると思います。
我々人間の大半が有している認知機能で認識するものを有^_^
152北角 :2015/10/22(木)18:47:45 ID:okV
ミスタッチですが笑顔は大切です。
途中で何を言いたいのか忘れてしまいましたが、
とりあえずタコさんは柔軟な発想の持ち主だなぁ、
そう思ったということです。
1番存在が確からしいのって、次元諸々を超えても物質ではなく今現在私の意識の享受者 あくまで私のですが なのかもなぁと。
153名無しさん@おーぷん :2015/10/28(水)17:08:31 ID:sdM
「無から有が生まれた」ということは確かに理解しづらいものですが、
>>151さんの仰るとおりで、ただそんな難しい話でもなく、
例えばあなたが満月を見ている時には、あなたは「月が有る」というでしょうし、
新月で見えない時には「月が無い」というでしょう。
しかし、その間も、一般的な認識では月は存在しているはずです。
これと同じようなことで、あなたがいま現実に見ているそのものこそが有といえるのであり、
あなたがいま現実に見ていなくとも、別の者、別の角度から見れば、
それは有であるかもしれませんし、無であるかもしれません。

そしてまた、あなたが生まれることによって、
あなたにとっての現実が生まれ、無と有との区別を認識するに至ったわけです。

このように考えると、「無から有が生まれた」というのは、
若干の語弊があることは否めませんが、しかし理解はできることと思います。
154名無しさん@おーぷん :2015/10/28(水)17:25:47 ID:sdM
しかし思うに、有と無は可換なのではないでしょうか。
たこ助さんの「完全な有」というものは、実際には有としてあるのかもしれませんが、
私にとってみればいまだその大部分が無であり、
ともすると本質的にも「完全な無」とも言ってしまえるのではないかと推測します。

少なくとも私の感覚で言えば、「完全な有」とは、
そこに幽霊もユニコーンも、どんなに突飛な物理法則も有として受け入れてしまうものです。
(意味が違っていればこのレスは見当違いですね)
「完全な有」と言ってしまえるのは、それを体験したたこ助さんだからかなとも思います。

かといって、「完全な無」というのも、
自分の現実的な意識さえも無の一部として存在している、という、
一般的におかしな話になってしまうので、
「完全な有無」というのが誠実かもしれません。
1551◆6KctQgwHqc :2015/10/31(土)23:24:00 ID:2vX()
>>148
世界の役割については、俺の体験内容と共に書くこととなります。
しかし、俺は「役割」について不服があります。

>>149
主従関係と言うよりも、どちらを育てるのかという問題です。
この世界とは何か、この問題はここに帰結します。

>>150-152
霊の存在は未だに疑問です。
しかし、この世界が持つ「役割」を考える場合、これは自然なものです。
質量を持たないものはフォトンとグラビトンと言われていますが、
(そして、俺はグラビトンは間接的な引力作用と共に変化(崩壊)する情報が放出すると考えますが)
しつこいようですが、俺はこれらの出来事を「見せかけの出来事」と考えてます。
俺は怪我で片方の目が色盲ですが、その結果として得られる情報も、また見せかけのものです。
この世界とは、非常に単純なものであり、その「難しく感じられるもの」とは、この世界の常識を基礎としているためと思っています。

なお、俺は柔軟な考え方は持ちません。
この世界にある限り、この世界の制約を受けます。
しかし、この世界の制約外の出来事が物理現象として生じることはあると考えていて、
その場合に、この世界が持つ対称性が破れる場合があり、つじつま合わせは起こると考えます。
1561◆6KctQgwHqc :2015/10/31(土)23:24:13 ID:2vX()
>>153-154
俺が言う「完全な有」とは、言い換えれば「選択されていない状態」とも表現できます。
すべての状態が混在しているもの、つまり「有る」も「無い」のすべてが選択されていないものですから、
言い方として「無」とも言えるかも知れません。

あなたの言いたいことは良く分かります。
「完全な有」という状態がすべての始まりとした場合、有るが無い、無いが有るという場合において、
それが「有る」と一方的に仮定することは確かに危険です。

では、なぜ俺が「完全な有」という表現を用いているのかと言えば、
「選択」という状態を生み出す前の、状態すら何も無いものを表現する場合において、
これを「無」と表現することに不都合があるためです。

無であるなら選択という状態は発生しません。
可換し売る「有」と「無」とは、あたかも表裏一体に見えますが、これらはただの状態であって、
これら、すべてが状態であるならば、「有が無を含む」として説明することが合理的です。

俺たちは影を見ているに過ぎないと、俺はかつて書きました。
俺の表現する「完全な有」あるいは「選択されていない状態」も影に過ぎません。
最初に配置された状態ですらないもの、これは言葉では表現できないものなのです。
1571◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:03:14 ID:ohu()
ここからは、俺の「瞑想ごっこ」で得た体験を書き込ませていただきたいと思います。
その体験において、俺は不可思議な世界を体験しています。
俺の認識では、これらの体験は統合失調症の残遺症状だと考えていますが、
このスレではあえて想定せず、恥ずかしい思いでいっぱいですが、書き込んでいきたいと思います。

前スレで2回目の「瞑想ごっこ」で幸福感を得ずに向かった場所の話は書き込ませていだきましたが、
それ以降に、俺が羞恥心から書けなかった内容となります。

瞑想ごっこの際、目を閉じて集中力を高めていくと、まぶたの裏側に様々な図形や文字を浮かべることができます。
ここで、強い幸福感が収まるのを待っていると、風景が浮かんできます。
そこでは風の感触、大気の重さ、あるいは自らの重さも生々しく感じられ、
あたかも、本当に自分がそこに存在しているかのように錯覚しそうになります。

けれども、ここで自らで「これは幻覚に過ぎない」と自覚することは重要です。
この考え方は様々で、言い方の多様性はあると感じますが、俺は「統合失調症」を基礎として、
これらの体験に帰還不可能なほどの没頭を与えないようにしている、とも言えるかも知れません。

そこで見た光景は、空には非常に赤く巨大な太陽が浮かぶものでした。
地面は焦げ茶色で、そこには無数の黒い植物が生えています。
その向こう側には神殿と呼ぶにはのっぺりとした、例えるならギリシア時代の神殿から装飾を取り除いたような、
巨大な建物がありました。
1581◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:03:23 ID:ohu()
俺の周囲には多くの肌の白い全裸の人々がしゃがみ込み、その黒い草を抜いています。
草は複数が1つの根を持っているようで、その草を抜くと根がまるで動物のように動き、自ら歩行しようとするようでした。
これを抑え込み再び地面に埋めながら、白い肌の人々は草を抜き背中に背負ったカゴのようなものに放り込んでいきます。

俺もその作業を行います、けれども、その草は食物にしたり、エネルギー源として使うわけではありません。
この根を保存するために必要なものであり、その根に対して必要なものが人間たちの分泌物のようです。
この世界では人間は知性的な活動を行いながら、その植物の根を重要に考えているようでした。

俺のオカルトに詳しい友人は、この体験を聞いた時「ヴォイニッチ写本の世界のようだ」と言いました。
しかし、俺にはその認識は正しいものとは思えませんでした。
なぜなら、俺の体験した世界では植物はすべて黒い色をしており、
ヴォイニッチ写本の「同写本に多く描かれているものが植物」という認識に対して、
俺の体験した内容である「草を抜くことが役割」とする世界との共通点は「植物」という点のみです。

草を抜き、神殿のような場所へと持って行くと、そこには肌の黒い全裸の人々がおり、
その草を受け取って、まるで儀式的にドロドロに溶けた大鍋にそれを投じています。
そこからは、強烈な臭気を感じ、それが食物に適したものとは到底思えませんでした。

再び俺は神殿の外へと向かい、草を抜いていきます。
遠方にはうっすらと星が浮かび、それを貫くように無数の屋根が付いた建物。
例えるなら、日本の五重塔のさらに高いタワーが無数に建っていました。
1591◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:03:35 ID:ohu()
それらは、俺たちが抜いている草の生長したものに、建築物を組み合わせたもののように思え、
何らかの理由で、この建物を作るために、逆に育たせないために草を抜いているように感じられました。
この世界では、植物こそが主要な生命であり、知性を持つ人間(のような姿の生命)は、それに従っているように俺には思えるものです。

ふと、背後に気配を感じ振り返ると、そこには胴体に複数ある人間と呼ぶには、あまりに異形な何者かがあり、
その瞬間にその光景は消えて、強い重圧を感じました。
それは、前のスレで書いた「宇宙の外側の外側」で感じた重圧と酷似していて、
違う点としては、当時に感じた息苦しさや苦しみ、悲しみは感じませんでした。

そこで、俺は自らを苦しみへと陥れた、その後に制止を振り切った「このようにして有る、音のような言葉」の音色を聞きました。
それを仮に言葉としたなら「それぞれに役割があります」のようなニュアンスだったと思います。
俺は考えると言うよりも、その音に対して波を放つような感覚で尋ねます。

「役割とは何か」しかし、それは音ともならず、言葉ともなりません。
それに対して「音」は答えるように鳴ります。
「役割を知るまで続く世界(宇宙?・ヴェーダーと聞こえました)です」のようなニュアンスです。

そして、はっきりとした音として「帰りなさい」と聞こえ、ふと気づくと俺はまぶたの裏側に戻っていました。
目を開くと辺りは真っ暗になっていて、俺の姿を見た人は不気味だっただろうな、
と思いながら家に戻りました。
1601◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:03:48 ID:ohu()
この体験は、明らかに異常と認識していました。
統合失調症の幻覚と言うには違和感がありましたが、これを体験として前スレに書き込む必要はないと思えるもので、
しかし、この体験によって得た「役割」が気になりました。

この後の体験は、しばらくは様々な世界の光景を見て、そこで気配を感じ、
最後には「帰りなさい」と言われる。
このような体験ばかりをしていました。

堅い肌を持った人物として体験したこともあれば、ただ地面から生えている巨大な植物であったこともありました。
これらの体験は各々は関連性はなく、その瞑想ごっこの後は非常に疲労感が残るものでした。
しかし、これらの体験は、あたかも段階的に俺に「役割」を教えてくれるかのように思えるもので、
言い方が難しいのですが、「次にどのような体験をするのだろう」という期待感と言うよりも、
見届けたいという思いが伴いました。

しかし、これらの体験から得た認識は絶望感でした。
それぞれの体験内容は、俺が平時に生きる世界観からすれば単調で、変化に乏しいものであり、
例えば自らが自律的な判断によって行動できる世界はありませんでした。

草を抜く、建物を建てる、ただ生えている。
これらの世界では役割は明確でしたが、それ以外には生命活動を行う必要最低限の行動のみがあり、
それが普通であるという認識のみで、ただ時間だけが過ぎていくだけのものだったのです。
1611◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:03:59 ID:ohu()
このような絶望的な体験をすることに意味があるのか。
あるいは、単純に自分の認知機能の低下が、幻覚を単調にしているのかも知れない。
このように思いながら、公園で、あるいは昼休みの会議室や自室で、「瞑想ごっこ」を繰り返すだけの日々が続きました。

反面、これらの体験を経る中で、それまで苦しんでいた「思考力の低下」や「一つ一つの出来事へのこだわり」は消失し、
統合失調症の残遺症状は、驚くほど消失していきました。
やがて、かつて自らが持っていた「複数のことを同時に考えられる」という能力も復活していき、
それに伴って「瞑想ごっこ」の体験も、同時に複数の内容を記憶するようになりました。

多くの体験世界で、役割は明確でした。
しかし、それはひどく窮屈に思え、ある日ある世界の光景を見ました。

そこでは、特に役割はありませんでした。
ただ生きて、自分の自由に行動し、ただし何もすることがありません。
働くことも、学ぶこともなく、ただ分かっていることは「この世界が持つ役割」。

その世界の役割は、「役割を知りながら、自らが役割を探すこと」でした。
この体験は未だかつて無く窮屈に思え、異常なほどの負担を感じられると同時に、
役割を知っているということは、
目的(向かうべき方向)、趣旨(元となる考え方)、意味(進む理由)すら奪われ、
探究すら許されず、単純な悲しみがあるということを知りました。

その体験は体感として数日でしたが、結局そこで俺は「役割」に触れることはできず、
体のひどい疲労感から、瞑想ごっこから自ら抜け出してしまいました。
1621◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:04:12 ID:ohu()
俺たちは、この世界に「意味」を求めます。
単調な日々、ただ仕事や学校へ行き、仕事や勉強をして寝るだけの毎日。
けれども、これらの体験の内容は毎日が定められておらず、常に選択の連続です。

選択は負担ですが、例えばタイミングを見計らったり、自分の意思などによって、
大きく変化することは多くあります。

「役割」が明瞭すぎる世界において、進むべき方向は大きな必要性を持ちません。
「役割」を見つけることが役割である世界において、人は生きることは困難です。

俺たちが住む世界も似ている部分があります。
学校において、ある種の教育方針では進むべき方向は制限されます。
仕事において、ある種の経営方針では進むべき方向は制限されてしまいます。

けれども、そこから逃れる方法は用意されているものです。
決断が必要ですが、選択は自らできるものです。
あるいは、自分が縛られていると感じるものは自らの決断ではなく、環境であることがしばしばです。
1631◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:04:23 ID:ohu()
「役割」を与えられるということ。
これは、言い換えればいくつかの言葉で表現できます。
ニーズ、職種、時間帯、好きなこと、そして嫌いなこと。

「好きなことが出来る世界」とは、嫌なことがある世界と一対です。
しかし、同時に「好きなこと」「嫌いなこと」とは選択の結果であり、自らの役割によって生じるものです。

「好きなこと」「嫌いなこと」がない世界。
完全な自由な世界、果たしてこれは自由なのでしょうか。

何も知らなければ自由なのかも知れません。
しかし、自由であることを自覚した瞬間に、さらなる自由を求めてしまいます。
その探究すらない自由、選択の無い世界、それは単純な「役割を求められ、役割を与えられない」世界です。

これは、苦しい世界です。
目的もなく歩き続ける砂漠、そこでは喉が渇くこともなく、空腹を感じることもありません。
あるいは、歩く必要すらないのかも知れません。
1641◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:46:26 ID:ohu()
これらの体験を経て、俺は「この世界には意味はなく、単純に役割があるのではないか」
このように思うようになりました。

役割とは自らも選択できるものであり、自由に決定できるものの、
そこには、必ずルールが課せられるものであり、
ルールを守りながら、まるで「ゲーム」のように一つ一つの課題をクリアしていくということ。

この「自由ではない不自由」、逆に言えば「不自由にある自由」、
それが、世界の役割であると同時に、この「自由」に対して意味を与えること。

役割からも自由であるからこそ、自らの、そして第三者の自由も、
あるいは、この世界そのものすら認めて、自分が自由であることを認めるということ。
そこに与えられたルールの上で行っているゲームが、この世界なのではないか。

「意味」も「目的」も「趣旨」も、そして「役割」からも自らが選択できる世界、
時には制限すらをも超えて、始まりと終わりの狭間に「生きている」ということを作り出す場所。

それは、とても奇妙な感覚でしたが、非常に腑に落ちるものでした。
1651◆6KctQgwHqc :2015/11/01(日)23:46:35 ID:ohu()
このような「複数の世界を見る」という体験をした俺は、
ひどく納得した感覚を覚えていましたが、どうしても分からないことがありました。

なぜ、この世界とは「有る」のでしょうか。
そして、「役割」とはどうして生まれるのでしょうか。

以前のレスに俺は「完全な有」という言葉を書きました。
これは果たして、俺たちが認識している宇宙、あるいは世界の始まりなのであって、
例えば「生命」と形容される存在、これらのすべての始まりなのでしょうか。

俺の認識では、「完全な有」の前と後、あるいは今にも、そして完全な有そのものとして、
「形容できない調和」と「選択を得た不調和」があると認識しています。

これは1つのサイクルであるように思えましたが、サイクルとは何かしらの媒体を要します。
この「媒体」について、よりエキセントリックな内容となりますが、書かせていただきたいと思います。
166名無しさん@おーぷん :2015/11/02(月)14:22:44 ID:PAD
いつもながらワクテカしまくりで拝読しているよ
167北角 :2015/11/02(月)17:03:54 ID:Ivz
なんかおもろいです!
168名無しさん@おーぷん :2015/11/03(火)03:44:11 ID:pEe
ヴォイニッチ手稿に似てるって言ったのは
奇妙な植物世界での夢か幻覚か分からない体験談をスレ立ててしてた人に
その手稿の画像見せたら何故か解読出来た、って所からだろうな

ヴェーダー、ってサンスクリット語かな?
それだと知識、知恵、知る手段とかいうニュアンスになるけど。
容貌的にも仏教インド哲学辺りの含蓄を持つ存在なんかねえ
169名無しさん@おーぷん :2015/11/05(木)18:33:14 ID:IUj
なんかこれに関しては悟りとかって体験よりもパラレルワールド、異世界のひとつに行ったって程度の気がするな
1701◆6KctQgwHqc :2015/11/05(木)22:32:43 ID:BqP()
>>168
ヴォイニッチ写本は当然ながら俺には読めませんが、
勝手に考察することを許してもらえるのなら、
同じ文字が繰り返し出現する様子や、文字の上に○が配置されている様子から、
1つの単語(のように見える文字集合)が、俺たちが言う所の1文字のようにも思えます。
つまり、コンピューターの文字コードのようなもので、
その1文字に対して1つの意味が割り当てられた、例えるなら象形文字をヴォイニッチ進数コードで記述したものなら、
同じ文字が繰り返し出現することも不思議ではないのかな、と思考しました。

サンスクリット語に俺は明るくないので分かりませんが、
ヴェーダーという発音は、音を言葉にした場合の聞こえ方の問題だと考えています。

>>169
俺は多世界解釈や異世界については、どちらかと言うと否定的な考え方を持っています。
では、これらの「世界」は何だったのか。
それは、「媒体」について書く際に表現できると思います。
171北角 :2015/11/06(金)11:31:21 ID:JAD
いわゆる現実の世界の認識も千差万別とはいえ、
生命 人間としてともすれば認知する必要の無さそうな世界を、なぜ認知できる人とできない人がいるんだろう。
172名無しさん@おーぷん :2015/11/10(火)00:47:00 ID:wON
1氏の体験は書物にしても良いと思う
内容が内容だけに相当な腕の編集者が必要だろうが
統合失調の専門家による病理・治療解説と組み合わせて出たら面白い本になるだろうなあ
173名無しさん@おーぷん :2015/11/10(火)00:50:56 ID:wON
IDがウォンだった俺はワロス曲線を描いて去ります
WwwwWwwwWwww
1741◆6KctQgwHqc :2015/11/10(火)20:42:08 ID:oTM()
>>171
俺の認識では、これらの体験は病気が生み出した幻覚であると考えますが、
あえて、この認識をせずに考えた場合、1つ1つの体験には明確な目的がありました。
非常にエキセントリックな表現ですが、「体験した」のではなく「求めたら答えてくれた」と言えるかも知れません。
「学ぶ」のではなく「分かる」という感覚は何とも代替する言い方がないので、伝えきれないものです。
などと書くと、あたかもスピリチュアルっぽい感じになってしまうのですが。

>>172-173
自身の体験を書籍にする価値はないと考えています。
ただ、そこから得た様々な知見を面白いと感じていることは事実ですので、
体験ではなく「知ったこと」を背景としたプチ小説のようなものを書き始めています。
文才がないのですが・・・
175名無しさん@おーぷん :2015/11/10(火)20:58:47 ID:wON
>>174
おお、わかるわかる
俺も昔さまざまな知が一気に流れ込んだとき
小説みたいなものが脳内でまとまった
書かずにおれなかった

そして文才の壁に当たって砕けた

1氏に聞きたいことはたくさんあるが、質問すらなかなかまとまらんよ
1761◆6KctQgwHqc :2015/11/10(火)21:28:42 ID:oTM()
>>175
俺と同じ体験をしていた人がいて、安心しました。
自分の場合、脳の許容量を遙かに超える「世界系のすべて」が流れ込み、
パンクしてしまったと感じられる部分もあるのですが、
あれほどの強烈な幸福感と苦痛を、どうやって受け流すことが出来たのか、
俺の体験は中途半端なのだと、つくづく思うところです。

文才は無くとも、手軽に読める小説は友人から借りて読んで法則性は見つけたので、
(それが正しいかどうかは別にして)複数人と、プチ小説を書き始めています。
177名無しさん@おーぷん :2015/11/11(水)12:15:04 ID:wDg
これ専門用語多くてわかんないことばっかりだけど世界は21構造になってるって言ってるねhttp://deeksha777.blog88.fc2.com/blog-entry-328.html
1781◆6KctQgwHqc :2015/11/12(木)21:21:03 ID:EQJ()
>>177
リンク先を拝見しました。
俺は「世界」とは役割に応じて無数にあるものと感じていますが、
21として限定する考え方は否定しません。

ただ、俺の感じた内容として、物理次元とリンク先の覚者は表現していますが、
俺とは考え方がやや異なるように思います。
(これは、覚者の考え方を否定するものではありません)

俺の感じたことは、他の世界と同様に、俺たちが暮らす世界も特別ではないということです。
以前のレスで世界の役割について書きましたが、
好きなことが出来る世界に制限がないことは危険なことです。

俺たちの世界もまた死後の世界のようなものである、
俺の認識は(俺のた意見が妄想であることを自覚している上で)変わりません。
179名無しさん@おーぷん :2015/11/14(土)22:38:54 ID:Myn
>>170
.netのヴォイニッチスレに居た俺ワクテカしすぎ

それはおいといて>>1さんに聞いてみたい
俺は俺ら自律経験する魂というものは、
スキャナーの機械の中の読み取り点のようなものだと思っている

いわゆる大元のエネルギーから一時的に千切れて(生まれて)点となり、
できるだけ大元から長く離れるために点の波長を下げるシステムを創り出した(肉体やカルマのシステム)
そうして最大限に経験を得て、経験を統合する知をネットワークしながら下げた波長を上げて戻して大元に還る

この下げるための世界の役割、上げるための世界の役割、
それが1氏のいう「選択」や「自由」の目的に当たると思うのだがどうでしょう
またこの上げてゆく段階を下から見たときに何十かの段階があるように「見える」

それから統合失調とは内的な本質(魂)と肉体の脳との波長の、
強いラグのようなものかなと想像します
瞑想ごっことは、両者のラグを再度同調させる過程だったのではないかなと
1801◆6KctQgwHqc :2015/11/16(月)21:17:38 ID:hRs()
>>179
この世界は物理法則の上に成り立っています。
大元となる霊性を持った何かから切り離された「個」を維持するため、
そのエネルギーを低い状態で保存しようとする、
この考え方は面白いと考えます。

自身の体験内容に則して表現するとしたら、
これは、この世界に生まれた大多数の人々が前世の記憶を持たないことや、
一般的にはテレパシーと呼ばれる行為を行えないこと、
これらの理由とも言えるものと、俺は感じています。

確かに生命とは、巨大なエネルギーの末端であると考えることは出来ると思いますが、
そのエネルギーが、俺たちの言う巨大さを持つかは分かりません。

個人的に輪廻転生は肯定しづらいと考えています。
生命のサイクルとも言うべきものを体験したことは事実ですが、
そこには生まれ変わりと言うよりも、世界を選択して生まれてくるような、
そのようなシステムの存在を感じました。

「大元」と言う帰るべき場所(あるいは領域)があるとして、そこに至る過程とは、
「完全な有」へと至る、自然なサイクルなのかも知れません。

俺たちはそのサイクルの一部分を、時空によって閉じられた世界から見ているに過ぎない、
これが、俺の感想となります。

瞑想ごっこを、仮にこのサイクルと照らし合わせて考えることを許してもらえるなら、
そこで見た様々な光景、体験などは、脳が得ている情報以外のもの、
時空という箱庭の外側にあるもの、これを接したものではないか。

・・・と、スピリチュアルっぽく書けば、このようにも解釈できるものです。

なお、統合失調症は脳機能の病気ですので、これは「この世界に存在する」状態と関係があるものです。
脳に経験の蓄積がないから、本来の記憶(のようなもの)を覚えていない、
肉体という箱庭を持つがために、テレパシーのようなコミュニケーションを容易に扱えない、
こう考えると、この世界に存在するということは、本来の自分を忘れている状態なのかも知れません。
181名無しさん@おーぷん :2015/11/17(火)22:12:30 ID:IC7
>>180
レスありがとう
俺もだいたい同感です
1821◆6KctQgwHqc :2015/11/17(火)23:12:55 ID:oDU()
>>181
しかし、俺が不思議に思うところとして、>>180で書いた「記憶のようなもの」、
これが、どのように保存されているのか、ということです。
体験としては、その「記憶のようなもの」は一種の次元方向の同時性による蓄積のように思えましたが、
いくら、この世界の物理法則が作用しない世界と言っても、それを保存しているメカニズムはあるはずです。

これらの一種の答えとして、俺は「霊」と俺たちが呼ぶ存在、いや波としての領域の話を書かなくてはなりません。
それは、たとえ話として「世界の外側で机を蹴ると、俺たちの世界で何が起こるのか」このようなことを言っているようなものです。
これは大変にエキセントリックなものです。
183名無しさん@おーぷん :2015/11/20(金)21:24:31 ID:IDa
昔、トラウマ治療やメンタルのリバランスの現場にいた
心理の現場では、突然に、忘れていた体験の記憶が
「噴き出すように溢れ」ることがザラにあった
自分自身も、また周囲のクライアントさんもです
記憶・感情・肉体的リバランス・精神的リバランスには
明らかに何らかのシステムがあるように感じられた
後年、そのあたりの答えはバーバラ・アン・ブレナン女史の著書からある程度得られました

なりゆきで、前世回帰を趣旨とした催眠も受けた
輪廻転生があるかいなかはさておき、そこでも記憶の不思議を確かに体験した

1氏の記憶に関する情報は是非拝読したいですね
1841◆6KctQgwHqc :2015/11/21(土)20:54:00 ID:w0n()
>>183
統合失調症ではカウンセリングが禁忌ですので、メンタルブロック解消などの現場での体験とは、
少し毛色が違うため、参考にならないかも知れませんが、記憶に関する感想を書かせていただきます。

俺の体験では、まず「受容」の存在を強く感じました。
外部からの、あるいは内因的な情報を脳が受け取ると、一時保存領域な場所に、その情報を格納します。
この領域で、その情報を、さらに細かな情報へと分解します。

細かな情報は俺たちが普段感じている様々な事象よりも、もっと抽象的なものです。
例えば「太陽」であれば、「上」「輝く」「明るい」などに分解され、その分解された情報に対して、
認知が記憶情報と照合します。

統合失調症の場合、この認知が正常に働かず、記憶情報を誤って取り出すか、取り出せずにロストしてしまうように思え、
結果として誤った形で受容された情報群が、脳に格納されると感じられるものでした。

脳に記憶される情報は、俺たちの言葉とは異なる言語(のようなもの)へ変換され、
様々な部位に、脳の基準に基づいて保存される様子が、ありありと感じられる体験は、
あるいは、統合失調症による妄想であった可能性を否定しません。
1851◆6KctQgwHqc :2015/11/21(土)20:54:14 ID:w0n()
けれども、仮に脳内部に保存されている言語が、俺たちが日常で用いる言葉とは異なることは、
俺の感想から言えば、ごく自然のことです。

バッテリーは電気という状態を、平たく言えば物質の状態として保存しています。
あるいは、人間の体も活動に必要なエネルギーを、別の状態として保存しています。
脳に記憶される情報は、デジタル情報ではないのですから、そのままの状態としては保存できません。

そして、記憶を取り出し、「これは何か」を問いかけて意味変換するものが認知であり、
この認知が幾重にも積み重なったものが自我であると思えました。

しかし、自我にも「生きることに執着する自我」と「理想的な自我」があり、このせめぎ合う場所に、
俺たちの自我は生まれているとも感じられました。
これを、かなり強調して言うなら、俺たちの自我は見せかけの幻である、とも表現できるかも知れませんが、
俺は、この表現はあまり得意ではありません。

メンタルブロックは俺も体験がありますが、俺の個人的な感想を述べることを許してもらえるなら、
おそらく認知の、あなたが言う「システム」に動作不良が生じているとも解釈できると考えています。

脳は、あるいは、体験したすべての情報を保存しているのかも知れません。
けれども、人間には「忘れる」という重要な仕組みが欠かせません。
認知が記憶に辿り着くためのシステムの内容までは俺には分かりませんでしたが、
「認知」は記憶の呼び出しのトリガーとして動作するものであるのではいか、
このように俺には思えました。
1861◆6KctQgwHqc :2015/11/21(土)21:07:10 ID:w0n()
統合失調症は認知機能を障害される病気です。
これは、偽の記憶を生み出したり、声ではない情報を声として聞き、
自分との因果性のない事象にも因果性を感じてしまうなどの機能不良を生み出すもののように思えます。

そして、もしかしたらメンタルブロックにも言えることかも知れませんが、
認知のシステムに何かしらの不具合がある場合において、
それが継続することで、記憶もまた歪んでしまうと感じます。

統合失調症における認知機能障害が生み出す妄想とは、脳に保存された誤った情報と言えるものです。
これが降り積もり、やがて人格荒廃という重篤な状態へ陥るケースもあります。
人間にとって、実は自我や記憶は、決して重要ではないとは言いませんが、すべてではなく、
「認知」こそが、俺たちの心というものを生み出しているのかも知れません。

以上が、俺の体験した「記憶」に関する内容となります。
187名無しさん@おーぷん :2015/11/22(日)00:51:04 ID:Pao
>>184
そうか、統合失調症には認知の機能障害があるから、
傾聴やカウンセリングでは認知の異常を鏡返しで増幅してしまうのか…
なるほど難しいんだな

認知は記憶を“取り出す”際の通路・媒介・フィルタ的機能と同時に、
記憶を“取り入れる”際の通路にもなるから、双方向で悪化してゆく、と
1氏が感じた「受容」というのは、つまり、五感を通じたあらゆる情報が
フィルタされることなく記憶に取り込まれる感覚ですかね
フィルタは認知のほうにあると

その受容は脳そのものにあると感じましたか
五感を通じたあらゆる情報が翻訳され
収められるその場所は、脳であると感じますか
いやはや、大変興味深いです
手に汗握る(笑)
1881◆6KctQgwHqc :2015/11/22(日)01:12:35 ID:xXW()
>>187
カウンセリングは統合失調症において、妄想や幻覚を助長する可能性がありますが、
これは、服薬アドヒアランスも同様だと考えています。
服薬がプラセボであるかか別にして、有意に作用している場合において、
血液脳関門を突破した物質が作用するものが、
グリア細胞まで作用するかは、現場での実験では検証できないものです。

しかし、これらを俺たちの世界へ変換した場合において、
これらを通路、媒介、フィルタと呼ぶことが正しいのか、議論はここに帰結します。

それらに起因したもの、これはあるいはホムンクルスとしての体性感覚かも知れませんが、
または、プロテオームとしての作用なのかも知れません。
俺はここは明るくなく、詳細を述べることは困難です。

よって回答は、以下の2文に集約されます。

>その受容は脳そのものにあると感じましたか
正常に答えるなら「はい」です。
けれど、それ意外の解釈があることを否定しません。

>収められるその場所は、脳であると感じますか
脳への情報保存として「はい」と答えたいところですが、俺の解釈は大変にエキセントリックなものです。
189北角 :2015/11/22(日)12:10:34 ID:6xf
こないだテレビで心臓移植したらそこに残ったドナーの記憶が移植先患者に影響与えたってやってたよ
ニューロンだったかなんかは忘れたけど、何かしら記憶を有する神経系もあるぽいんだって
じゃあ肝臓はどうかとかはやってなかったけど、
メインの箱は脳としても、案外その生命体を構成してる物質がトータルで意識とか持ってて、
脳が担ってる機能や仕組みはそこまで重要なもんじゃなく、
枠組みと媒体レベルで、高度な人間ぽい思考の発生源は脳みそ構造以外の場所で行われてるとか。
一個前の意識とかな話で、脳 心臓 その他臓器 はたまた血液とかまで飛躍させたら、
その延長にありとあらゆる物質とか、例えば石にも
万物に命あるよ的なネイティヴアメリカン的な
そーゆーやつ。
あると思います。
吟じました。
190北角 :2015/11/22(日)12:17:55 ID:6xf
タコさんの言ってたこの世界がホログラム的なやつ
俺たちとかさっき出てきた石くんとか
全部仮の、いやかりそめの姿で
そもそもはまことしやかにささやかれ続けてる霊とかそーゆー存在こそ実質で、みたいな
なんかそう結びつけたらそれっぽく感じられたりして。
秋だしちょいアンニュイな感じで。
なら俺たちも当然そもそもは霊体とかそーゆーキャラが根源なはずで
だから究極的には俺たち自身 未見の我はそんなこととか諸々知ってるわけで
でもあえて忘れててとか知らない程で、とか。
宗教ぽい言われ方だとこの世界に降りてきて修行してるんだよ的な事柄とか。


あると思います。
1911◆6KctQgwHqc :2015/11/22(日)19:09:51 ID:xXW()
>>189
脳以外の臓器に記憶が保存されているのか、その件には俺は疑問があります。
確かに血流の性質や、そこで生成されるアミノ酸やタンパク質などの人体を構成する物質、
これらに個性的な特徴があり、これが脳の動作に作用する可能性は否定しませんが、
完全な「記憶」を保存する機能は脳のみが持つものです。

しかし、臓器移植の場合、臓器と共にDNAも移植されることとなり、
その中には脳に関係するDNAも含まれています。
脳の大脳新皮質は成人後も増加が起こるため、この新規生成される脳細胞に対して、
移植されたDNAが影響している可能性はあると、個人的には考えています。

つまり、臓器そのものに記憶が宿っているわけではなく、
DNAに保存されているなら、それが「種としての記憶」というマクロなスケールではなく、
「個としての記憶」というミクロなスケールも保存されているとすれば、
それは、大変に興味深いものです。

そして、思う所では、臓器移植によって記憶が移動したかのような出来事は、
記憶ではなく認知なのではないか、このように思えます。
なぜなら、仮に脳以外にも記憶が保存されていると仮定すると、その記憶にアクセス手段は脳以外にはありません。

しかし、DNAの一部が仮に脳細胞の新生に作用するなら、
記憶の保存と言う現象をスキップして、脳細胞が生み出す認知機能を原因として想定することができ、
加えて、科学的に立証できない事実として「記憶の移動の実例がある」という事象に対して、
事実としての「脳以外に記憶にアクセスする機能はない」という事象をバイパスすることができると考えています。


霊については俺は肯定しづらいスタンスですが、
体験によって知った内容は、俺たちは肉体を持つが故に制限されているということ、
言うなれば、肉体を持つという事実に対して、その事実の中で精神が活動している、というものでした。

しかし、「この世は修行の場」とは、俺は解釈していません。
1921◆6KctQgwHqc :2015/11/22(日)19:41:30 ID:xXW()
>>188は、お酒が入った状態で書いてしまったので、色々と言葉が飛んでいます。
このため、もう一度書き直させてください。

カウンセリングは統合失調症において、妄想や幻聴を肯定する可能性がありますが、
そのリスクは、同病における服薬アドヒアランス、インフォームドコンセントにも内在します。
これが「統合失調症の治療は投薬以外にない」という事実の理由であり、
いかに、罹患者を診察のセットアップ段階で導くことができるのかが、重要なポイントとなると考えています。

服薬がプラセボでないことを前提として、疾患に有意に作用している場合において、
血液脳関門を突破した成分が、脳細胞、神経伝達物質、あるいはグリア細胞にも作用しているのか、
それは、現場では罹患者の回復でしか間接的に見ることはできません。

このように、特定の出来事に対して、何かしらの結果が得られる環境は、
あなたの言う「記憶を取り出す通路・媒介・フィルタ機能」にも言えると考えています。

これは、俺たちが「生きている世界」にも変換することができるもので、
原因があり、結果がアウトプットされた過程に対しては、研究が必要です。

つまり、認知をフィルタとして、通路を脳細胞として、媒介を神経伝達物質として仮定した場合、
「脳と言う世界」での振る舞いとしては想定ができるものですが、
それは、果たして脳の「認知」がすべてなのか、という議論に帰結します。

感覚と総称されるホムンクルス(体性感覚)は、その内訳を明らかにしてくれません。
そして、この感覚を生み出すタンパク質の振る舞いを意味するプロテオームによる作用は、隠されています。
これらが複雑に絡み合ったものが、精神活動のようにも思えますが、
俺にはこれ以上の知識がないため、詳細を考察することは困難です。

よって、回答は、以下の2文となります。

>その受容は脳そのものにあると感じましたか
正常に答えるなら「はい」です。
けれども、脳以外の場所にも「記憶に対する間接的な受容はある」と考えています。

>収められるその場所は、脳であると感じますか
脳への情報保存として「はい」です。
あるいはDNAの作用によっても認知は変化し、結果として記憶も変化すると思います。
しかし、自身の体験に基づく解釈としては、大変にエキセントリックな考え方があることも実際です。
193北角 :2015/11/23(月)10:37:57 ID:wkc
それがさぁタコさん、テレビやと心臓自体が記憶を持ってるって話にまとまってたんだよ!
まぁやってた内容を丸のみで信じれば、の話ですけど、、。
ヒマはないだろうけど、心臓移植 記憶とかって検索したら多分そのテレビの話題が出るはずです。

俺はそうやって今までスカイフィッシュとか信じちゃってた派なんだけどね 笑
ハエだったっていう、、笑
1941◆6KctQgwHqc :2015/11/23(月)21:44:31 ID:Kzh()
>>193
そのテレビ番組を俺は見ていないのですが、仮に記憶と呼ばれるものが、
脳以外の部位にも保存されているとしたら、それは興味深いと思います。
記憶転移が果たして事実であるのかは別にして、DNAや細胞に記憶が保存されているとしたら、
俺たちが「記憶」と呼ぶものは、あるいは肉体全体に宿っているものと言えるのかも知れません。

俺が瞑想ごっこの中で知ったことの内、自己が認識している「自分」とは、
本当の自分自身のごく一部である、というものがありました。
エキセントリックですが、宇宙と呼ばれるこの世界の外側に「すべての自分自身」があるならば、
肉体に宿る記憶とは、この世界の内側だけで持っているものです。

仮に俺たちを眺めている「すべての自分自身」にも記憶が伝達されているなら、
記憶とは脳に宿るものにとどまらず、さらに広義のものであるのかも知れません。
195名無しさん@おーぷん :2015/11/23(月)23:45:49 ID:wJ9
>>194
> エキセントリックですが、宇宙と呼ばれるこの世界の外側に「すべての自分自身」があるならば、
> 肉体に宿る記憶とは、この世界の内側だけで持っているものです。
>
> 仮に俺たちを眺めている「すべての自分自身」にも記憶が伝達されているなら、
> 記憶とは脳に宿るものにとどまらず、さらに広義のものであるのかも知れません。

それに関して、個人的な体験だけれども面白いことがあったので
書いてみることを許して頂きたい
1961◆6KctQgwHqc :2015/11/23(月)23:47:49 ID:Kzh()
>>195
他の人の意見を、ぜひお聞きたいです。
しかし、俺は自らの体験群は「統合失調症である」ことを前提としているため、
あるいは、肯定的な感想をお返しできるとは限らないのですが・・・
197名無しさん@おーぷん :2015/11/24(火)00:28:08 ID:D8t
続き
俺、仕事の内容が大きく変わったのが約1年前
大体把握して慣れたのが変わって3か月ほど経った頃
その更に1か月後、突然無意識の奥から「把握した」という声が上がってきた
実感として、自分の声とは思えなかった
どうやら、細かな仕事のルールや段取り、様々な手順の趣旨が、無意識まで入り込んだらしい

その日から、奇妙な言い方だが殆ど無意識任せで仕事ができるようになった
ミスには必ず無意識からの警告があるし、
段取りも手順も思考を止めて無意識から受け取るようにしている
しかも極めて正確、自分だけでなく客先の他者の動きまでわかるようで
遠回りに見えてタイミングバッチリ、といった奇跡的な動きが当たり前に毎日ある

体感として、働いているのは俺ではない
俺はただの3次元空間内の「目」である
だから上でスキャナの読み取り点と書いた

だが無意識の側、つまり自己意識の外側の自分(の意識に近いあたり)に
意図が浸透するには、時間がかかるということが今回分かった

外側の自分はリアルタイムでスキャンした経験の記憶を「見て」いる
もっと変な言い方をすれば、俺を通じて「生きたい」と思っている
198名無しさん@おーぷん :2015/11/24(火)08:20:02 ID:D8t
相変わらず文章にまとめるのが下手なんですみません
>>197を言い替えると、まず普段の自己意識があり、
その奥に、そこから繋がったより大きな意識があると俺は感じる

俺は常に、自分の意思で思考を止めて、より大きな意識と深く繋がった在り方で生活しているが
仕事の内容が変わって新しく処理しなくてはならない事が増えたとき、
最初のうちは、より大きな意識は様子見をしているようだった

表面意識の思考が仕事の内容を把握したのち、1か月経って
より大きな意識が「なるほど、こうしたいのか、分かった、理解した、任せろ」と動き出した感覚があった
こうした空白ののちの再接触は初めてだったので驚いた

この体験が、記憶がより深い大きな意識、外側の存在にも
オンタイムで流れ込んでいる明確な証明にはならないが、
俺自身は「おもしれーなおい、この仕組みもっと知りたいわ」 と思いますた
199北角 :2015/11/24(火)13:01:28 ID:v8L
お〜、タコさんも見てたんですね^ ^
あーゆー昔でいう木曜スペシャルみたいなのを見てると思うとなんか親近感わきます 笑
見た上でのご意見となると僕も何となくより納得というか安心感があります 笑

そして盲信でも完全否定でもないスタンスはさすがです。

確かに僕らが僕らを僕らとして扱ってる 認識してる部分って、個体としてもかなり限定的で、さらにきっと本当の 我々 という定義は、
我々をいわゆる人たらしめている要素でいうと圧倒的に不足しているんでしょうねぇ
それは日常生活を営む上では必要な選択なんでしょうけど、
心にゆとりや深い我を知りたいとか欲した時にはまずそこをとっぱらって考えていくという方向は理解できる気がします。
個であり集合体であり実は一つであり、みたいな
確実だという根拠は何もないですが、死を迎えた時とか何かおおきな状態の変化があった時には
遅かれ早かれそこに辿りつくというか必然的に戻っていくんでしょうけど。

でもきっとタコさんしかり超微力ながらそうゆうことを知りたいとしている僕がいる時点で、今の状態でそこを知ろうとすることにも何かしら意味があったりするんでしょうか
200名無しさん@おーぷん :2015/12/02(水)20:35:59 ID:ejj
記憶は、一時的に海馬に保存されたもののみが吟味された上で脳に記録されている。

海馬が破壊された人が、記憶力を喪失してしまった、という話し、有名でしょ?


海馬がある程度復活して(海馬の細胞は、脳細胞にしては珍しく再生する)、
記憶力が復活した例もある。

ストレスを受けると、海馬は縮小する。
そうすると、記憶力も落ちる。

臓器に記憶が刻まれると主張している人々は、自分に都合のいい情報だけを受け入れて、
こんな有名で決定的な話を完全に無視してしまっている。


移植手術をした結果、ドナーの記憶を継承したとか、
その手の話は沢山あるけど、
そのお話が事実であるという検証は、誰が、どんな形で行ったものなの?
201北角 :2015/12/03(木)12:58:07 ID:R51
海馬と書いてカイバ
河馬と書いてカバ。だから何?そう聞かれても困るけど、、、そんな昼下がり。

確かに色んな学者が研究して海馬に記憶をってのはあるんだろうけど、
インプットとかアウトプットのメインを海馬がやってるとして、また、情報の貯蔵もしかり《よく知らないから仮にね》
だとして、
他の比較的高度な役を持つ臓器が神経やらと合わせて何かしらの記憶に関する情報を大なり小なり有している可能性は、
オカルト要素大好きな僕としては残して沖田い、的な。
記憶をメインで海馬が司っていることはきっと遭難だろうとしても、
その他の器官が全く記憶に繋がる役割を全く持っていないとはイコールにできないんではないだろうか、
そんなこと考えてます。
とりあえずレンジが壊れて加熱否十分な冷食を食べた僕の胃が心配です。
おわり。
2021◆6KctQgwHqc :2015/12/03(木)19:20:36 ID:Ues
>>200-201
このスレは、この話題を議論する場所ではありません。
俺は、「そういう考え方もあって面白いね」というスタンスです。
203名無しさん@おーぷん :2015/12/03(木)23:41:55 ID:yoX
では、別の重大なことを書こう。

心臓移植をしても、神経は繋がない。
だから、移植心は緊張してもドキドキしない。
興奮してもドキドキしない。
つまり、心と完全に切り離されているってこと。



事象の正体を見極めようという考察の中に妄想を混ぜると、
永遠に答えに辿り着くことは出来なくなるよ。
2041◆6KctQgwHqc :2015/12/04(金)00:26:16 ID:63o
>>197
自分は大きな意識の端末であるという感覚は、興味深いと考えています。
仮に意識(我々の個としての意識)に対して、その「大きな意識」が干渉するなら、
本質的に、これらの意識は同一のものと俺には思えます。

自身の状態を客観視している状態は、俺も体験の中で経験しました。
そして、宇宙の外側で見た12の構造を見た時に、俺は「これらの役割を知りたい」と考えました。

これらが、果たして事実であるのかの議論は、このスレの趣旨と反しますので避けますが、
自分たちが巨大なサイクルの一部である、とする認識には、
あなたの体験と、俺の体験に共通するものがある、と個人的には考えています。

>>199
個としての俺たちは、もっと源泉的な存在の端末とする考え方は面白いです。
しかし、しばしば「脳とは受信機である」という表現がありますが、
俺はその考え方は肯定しづらいスタンスです。

俺たちは現在の世界の制限を受けている、これが俺の感想です。
しかし、制限を受けているということは、何かを与えられていることと同義です。
将来的に、俺たちの肉体は滅びますが、その先に何があるのか。
俺が体験した内容は、大変にエキセントリックながら、それにも触れる内容となります。

この世界をなぜ「死後の世界」と表現したのかなどは、
その話で詳しく書かせていただくことができると考えています。

>>203
あなたの言いたいことは分かりますが、
このスレでは、特定の認識間違いや、事実と合理性の紐付けを行うことを目的としていません。

加えて、事象の正体が隠されている状態とは、それが研究課題であることを示していると考えます。
俺は臓器移植による記憶の転移については懐疑的なスタンスですが、
これは、単純にこのスレにおける「楽しい話題」の一つです。

「話題」という事象の正体は、楽しむことです。
楽しむということに、空想(あなたが言うところの妄想)を加えることは、
必ずしも答えに辿り着くための、真理の探究とは一線を画するものと言えます。

では、俺がこのスレを立てた理由ですが、それは根本的に「楽しむため」です。
俺は自身の体験に、それほど重い意味を持たせるつもりはありません。
これは、これまでにも書いてきた通り、
「体験内容をなぜ書くのか」の答えである「楽しいから書く」ことに帰結する考え方です。
205北角 :2015/12/04(金)11:45:29 ID:pMH
この世界が死後の世界というニュアンスで捉える
面白いですねそれは。

タコさんの意図と確実に違うのはわかりつつですが、
そこから勝手にインスピレーションを受けて妄想したのですが、
以前これはタコさんにも共感いただいた、脳の活動が高度な複雑な反射 反応である、という部分で、
一見それを束ねている、と思しき概念上の自我が、
例えば超高度なアンドロイドが出来れば傍目にはそれが人間と区別がつかないであろうとして、
ある意味それは生身の人間も実は同じで、
自我を有さなくとも、高度な反射反応をできる脳を持っている人間が、
実は現状と全く変わらぬ人であり、
意識や自我は別の意味で存在している、としてみます。
我々が我々だと思っているそれぞれの個体は、
実はあくまで我々それぞれの自我が自分に割り振られたともいうべきそれぞれの個体でしかなく、
今我々と表現しているのは自我でしかなく、
実は切り離されうる存在である、と考えられます。
とすると、自我はいわゆる 生きている のではなく、個々に割り振られた人間の生命活動を観ている 感じている、といえます。
均等な速度で進んでいると通念でされている時間が実在のものでないとすると、
我々自我がその感じている生命活動がなされているタイミングとして、果たして現在進行形が確定しているのかといえばそこには根拠がなく、
もしくはそもそも時間が存在しないのであれば、
タイムラグどころか、別の概念で我々自我はそれを認識しているともいえます。

ここで冒頭のタコさんからのインスピレーションと繋げると、我々の自我が今 として感じている生命活動は、すでに終えられた、すでに存在しないものであり、
あと読み的な、反芻的な認識で、生命活動を終えた時点でそれを自我らしきものが感じている、と感じたということです。

それらしきもの、という段階での思考ですが、大まかにいうと、自我と個体は並走してない、という意味で、死後の世界であるという言葉に結びつきました。
206名無しさん@おーぷん :2015/12/04(金)15:41:01 ID:JDh
結局この物理次元の世界はもっと上位の次元の意識とか神とかそんな存在がバーチャルリアリティとして経験するためのゲームみたいなもんで自我ってのは上位存在がこの肉体こそが自分であると思い込むために作られたシステムって感じだと俺は思うようになってきたな
ゲームの中で被造物である俺達がゲームのプログラムを解明しようとしてもわかんないんだから必死に考えるのも無駄なんじゃねって気がしてきた
まぁ趣味として楽しむのはご自由にって感じだけどね
多分答えは出ないんじゃないって感じ
死んでこの世界の外側に行けばこのシステムもどんなもんかわかるんだろうけどね
まぁ悟りってのもそれと似たようなもんだしわかる人にはわかるのかもしれんけどね
207名無しさん@おーぷん :2015/12/04(金)15:49:09 ID:JDh
>>205
ACIMでも似たようなこと言ってるね
自我の体験してることは太古に起きた記憶の追体験だって

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ACIM
神の永遠の今を破壊するために、#エゴは過去と未来の幻影をつくり、今を覆い隠した。しかし幻影は現実になりえず、すでにこの時空間は終了し、消去されている(#救済)。
過去・現在・未来は同時に起こり、そして同時に終了した。時の外にある心が、この世界という過去の空想の思い出(#脚本)に浸ったとき、脳を通じて過去・現在・未来というリニアな流れとして、映画のように時間という幻影は疑似体験される。
しかし、この世界で体験している"今"は、今、太古の空想を追体験しているだけであり、ふりむけば背後に永遠の今が待っていることになる。
208名無しさん@おーぷん :2015/12/04(金)16:03:58 ID:JDh
ACIMでは次のようなメタファーで世界という幻影がうまれた経緯を説明する。

「自分が自分の神となるために、世界から神(無条件の#愛)を排除したらどうなるか?」
神の子の#心に一瞬浮かんだ、神の#愛無き世界のシミュレーションは悪夢そのものだったが、神はこれを現実とせず、瞬時に消去した。
だが「神のいない世界」(無条件の#愛がフェイクとなり、恐怖が存在する世界)という仮定の結果が、余りにもショッキングな内容だったために、神の子の#心は、恐怖の余り#罪の意識にとらわれ、悪夢にうなされて現実に還ってこれない。
悪夢の中で神の子の#心は、無数の人格に分離したエゴとなっており、それが肉体を持つ人類である。
この世界は太古に終わった空想の思い出にすぎず、我々は時の終わりから、映画を見るがごとく過去の空想を追体験している。#肉体は、既に終わった世界と、神から分離した仮想人格を現実と思い込むためのデバイスである。
209名無しさん@おーぷん :2015/12/11(金)23:53:16 ID:NiW
1氏の過去ログを読んで、脳の学者さんが脳卒中になった話の本を手に入れて読みました
右脳と左脳の違い、左脳の働きが止まったときの体験、
非常に面白く読みました

左脳がスキャナの読み取り点と仮定したなら、
右脳が左脳をコントロールするようになってゆけば良いのか?等々、
いろいろ考えましたよ
俺はこの先が知りたいんで
210名無しさん@おーぷん :2015/12/15(火)12:43:23 ID:KOW
延々とこういう掲示板でその現象の事を書き続けることが、貴方が沈んでいく多様性の海だったんですね。
なんだか悲しくなりました。
そうだと解っていても楽しいからやってるのでしょうから、頑張って沈んでいってください
211名無しさん@おーぷん :2015/12/15(火)20:39:56 ID:NJC
そういう言い方は、卑劣だと思うな。
人間、過去の自分に起こった強烈な事件に対しては、
なにかしらの踏ん切りがつけられるまでは引きずられるものだ。

吐き出すことで、気持ちに整理をつけようとしている相手に、
その行為は愚かだから、吐き出すな。
飲み込め。
というのは、卑劣だと思うな。

それで同情を引いて、他人の関心を買って、
ちやほやされようとかしているのならともかく。
2121◆6KctQgwHqc :2015/12/17(木)02:21:55 ID:Jv6
この時間なので端的ですが・・・
>>210
既に多様性の海に関しては、現在は解決しています。
その海に沈みつつあった頃もありましたが、今は多様性の海の中に俺はありません。
しかし、あなたの考え方は尊重します。
>>211
フォローをありがとうございます。
俺はどちらかと言うと、自身の体験が面白いと感じるため、
それを共有している、という考え方が正しいのかも知れません。
もちろん、同情して欲しいなどの考え方はありませんが、
意見の交換はしたいと考えています。
213名無しさん@おーぷん :2015/12/17(木)18:44:48 ID:tJw
俺は面白い話だと思って読ませてもらっている
時間できたらまた書いてくれなー
214北角 :2015/12/21(月)17:09:18 ID:B0P
手塚治虫の火の鳥はやっぱおもしろいす。

世代ならこの掲示板見てる人は大体読んでるだろうけど、
久々見たらやっぱ要所要所エッセンス的に面白い事描いてるなぁと思うす。
2151◆6KctQgwHqc :2015/12/26(土)09:01:07 ID:tUK
>>212を補足します。
多様性の海とは、一言で表すなら「迷っている状態」です。
この時、様々な考え方が自分の中で生まれては消え、心の中の方位磁石は定まりません。
けれども、現在はその方位磁石は方向性を定め、かつて考えていた様々な事柄は明白になっています。

多様性の海とは、沈むべき場所ではなく、そこを越えるためにあるものです。
その先にあるものとは、決して真実などではなく、それを体験した結果に手に入れる「考え方」です。

この海を越えた時、俺の精神状態を一つの部屋として例えるなら、
正常な精神状態としての空間の片隅に感じていた、病的な空間が小さくなり、遠くなったことを感じました。
物事を理解するツールとして多様性の海とはあるものなのではないか。
今はこのように考えています。

>>213
今は、こんなことを書くとエキセントリックなのですが、
自身の体験の中で得た事柄を整理しています。
少し時間がかかってしまっていて、ごめんなさい。
216もも :2015/12/26(土)15:40:53 ID:XV0
お時間あったら、バーナデット・ロバーツ女史の『自己喪失の体験』、無明庵EO師の「虚無宇宙からの伝言」、あと、半田広宣氏の「ヌーソロジー」で検索してみてください。
もしかしたら主さんの興味を引くかもしれないです。
(*^_^*)
217もも :2015/12/26(土)16:33:14 ID:XV0
ただ、無明庵EO師については、とてもちゅういを要するので、どなた様も精神が安定していて日常生活も充実されている時に読まれるのが良いみたいです。
体験を現在のスピリチャルの解釈で括るのを好まない主さんのようなので、先入観からシャットアウトされなければ、きっと何かの助けになるのではないかと思われます。m(_ _)m
218北角 :2015/12/28(月)23:35:25 ID:sAd
時間がないということは、質量がない、大きさがないということで。
例えばどんどん突き詰めようとしている最小単位についても、
行き着くところまでいくとそこにはまたむしろ
宇宙のようなひろがりが存在し、
大きさは想定 概念でしかなかった、みたいな。
メビウスの輪とか、無限ル〜プみたいな。
その条件として、時間的な、大きさのようなものが概念として想定されている必要があるのだろうけど、
最小がまた宇宙のごときひろがりを持っているとすれば、
その時間的なものもかなり不確かで、
前後が確定してなくてもおかしくはない、と。
火の鳥の一部分もしくはメインテーマから着想してというか妄想してみました。
219北角 :2015/12/28(月)23:53:15 ID:sAd
この発想を推し進めすぎると、まさに病的な方向に進みかねないけど、
私達が私達である時点で、
自分がヒト 一個人だと枠付けし続ける時点で、
その外には出た発想はできないんであって、
自分達をヒトとした前提で物事を考える時点で永遠に辿りつけない答えがあって、
例えば悟りと言われる思考を身につけた人間が
いわゆる廃人のような側見であるとされることがあるように、
その考えを持てた時点でやはりいわゆるヒトらしいヒトではいられなくなるのであろうとも推測されます。
その前の時点で保っていたいヒトらしさやヒトとしての人生を保ちつつの悟りもないのかも知れないと思ったりします。
好奇心発とはいえ、それはイカロスのように、
目的を達成するために身を滅ぼしかねない危険性をはらまざるをえず、
あくまでこちらからの意見だとしても、オカルトとか、
UFO好きくらいに留めていた方が、きっと、良いと思う。
頭脳明晰な方ほど、わかってしまう、行けてしまうからこそ、
危険な面はあると思います。
進むにしても、せめてどうか危険を感じつつ進んでほしいです。
防衛機制が働いてくれるだろうから。
私達は私達から離れすぎてはやはりよろしくないと思います。
それが何かを知ろうとするとともに、それを知ろうとする自分がどうなろうとしているのかも常に意識すべきだと思います。
恐れは生きるために必要です。
やはり絶対に身体ともに死に向かいかねないベクトルは恐れるべきだと思います。
223もも :2015/12/29(火)12:05:31 ID:VHW
>ネット上に溢れる統合失調症・集団ストーカー関連情報、書き込みのほとんどは、加害者か加害側の人間が、真相がバレないよう偽被害者を装ったり偽情報を混ぜたスレやレスを多数行うことで、本当の被害者やその情報を隠す意図で組織的に広められたものがほとんどです。 >>

それは知りませんでした。(*_*)
でもここは主さんがご自身の精神障害の相談のために立てられた板ではないので、わりあい自由なコメントが許されていると思いましたが。
224もも :2015/12/29(火)21:04:38 ID:VHW
よく読んだら、コメントだけではなくて板そのものが、というお話だったですね。すみません。
精神医学に、書かれたようなことがあったとして、222さんは主さんのこの板をそういう類いのものだとお考えなのですか?(・・?)
ほとんどがそうだ、と言われるということは、222さんは全体を見渡せる一段上の次元にいることになりますが。。
225もも :2015/12/29(火)21:43:59 ID:VHW
でも、電磁波がそんなに怖いと知らないでいたので、読めてよかったです。気をつけます。ありがとうございました。m(_ _)m
226名無しさん@おーぷん :2015/12/30(水)19:39:26 ID:KHR
1さん
きょう一気に読ませていただきました。
大変興味深かったです。
私は何年か前に、葉っぱをじっとみているとき、
全ての生き物が円状につながっていて、それがウネウネ動いているようすが頭にうかんできたことがあります。
思うに、大元の意識と個別の意識があり、個別の意識が大元のどの部分にフォーカスを当てているかによって、見えている、生きている世界は変わるのではないかと。
思いました。それ以来、自分の感覚ですが、人と話しているとき、この人は、この辺の位置から話してるんだな。と思うようになり、大元に近いところからの会話がしたいと思っていました。
スピリチュアルの探求は無駄で、リアルを大切にすることの方が、大切だと今は思っています。
227名無しさん@おーぷん :2015/12/31(木)13:52:31 ID:hMD
お、仲間がひとり増えたぞ(笑)

1氏、また来年もよろしくな
皆さん良いお年を
230名無しさん@おーぷん :2016/01/05(火)10:43:56 ID:ok5
精神疾患も安定までもっていけば世間と違った視点とか体感の部分が面白いもんだよね
だけど自分の感覚は世間ウケしないことも客観的に見られるようになるから人との会話は下手くそなままという俺
2311◆6KctQgwHqc :2016/01/08(金)00:47:04 ID:85u
遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。

>>217
ご教示ありがとうございます。
俺は以前にも書きましたが、このスレで自身の体験を書くのみです。
様々な意見があって良いと考えますし、道は一つではないと思いますが、
そこにある事実から目を背けると、本質は見えないのかも知れないとも考えており、
同時にこのスレでは「本質」や「真実」を見ることを目的とはしていないので、
自身の体験を書くというスタンスに変わりはありません。

>>218
俺の体験において、質量や大きさは虚像なのかも知れないと感じたことは事実ですが、
例えば箱庭の内側に住む人と、箱庭を外側から眺める人とでは考え方が異なるように、
この世界に存在する限り、俺たちは「この世界というステージ」のルールに従う必要があると考えています。
個が存在し、その個という状態である俺たちは、そのルールの内側にあります。
例えるなら、俺たちは天の川銀河の中に暮らしていますが、そこから銀河の姿を調べるためには、数多くの情報が必要です。
箱庭の中の情報をすべて得て、すべてを解き明かした時に、ここが箱庭であることを知り、
その時に、ステージは次のステップへと進むのかも知れません。
ちなみに俺は頭脳明晰ではないので、ご心配に及びません。

>>226
スピリチュアルについては、俺も肯定しづらいスタンスですが、
精神的な活動を眺める上で、スピリチュアルという分野は有用かも知れません。
大元に近い存在と出会ったことは俺はありませんが、
俺たちが暮らす世界が境界面であるという考え方は、自身の体験と非常に良くマッチしていると感じています。

>>227
本年もよろしくお願いいたします。

>>230
それは同意しますが、精神疾患に意図的になろうとは思わないでくださいね。
2321◆6KctQgwHqc :2016/01/08(金)01:12:30 ID:85u
なお、統合失調症が存在しない病気であるという認識は、古くからあります。
複数の脳機能障害が集合した症候群なのではないか、という説もありますが、
罹患者として独自に研究した限りでは、これは脳機能の病気で間違いなく、
遺伝的要素と環境的要素に加え、発症のトリガーが存在していると考えています。

この病気において、陽性症状が強く出ている時期、確かに体の向きを変えることで、
幻視や妄想の雰囲気や感じ方の強弱が異なることは事実です。
しかし、「体の向きが変わった」ということすら、脳が正しく認識できていないとも言えるもので、
これを回復するには、薬を飲み続け、病識を持ち、よく理解できる状態となる必要があると考えています。

ともあれ、統合失調症が単一の疾患であろうと、症候群であろうと、治療法がありますから、
インターネット上の情報などに惑わされず、治療を続けることが重要です。

治療を続け、良く回復すれば社会生活も正常に送れるようになりますし、
もちろん、車の運転も、医師の診断書を添えて申請し受理されれば、面接が必要となりますが、
免許更新はもちろん可能です。
(この辺りは、都道府県庁、役所、警察署、運転免許センターにも十分に確認しました。第三者に迷惑をかけることが一番良くないことです)

精神疾患だから一生治らないのではなく、再発させないことが重要です。
このスレの趣旨と異なりますが、統合失調症とは「治る」病気と言うよりも、「治す努力を継続する」病気なのかも知れません。

このスレの趣旨と異なりますが、一部に懸念される書き込みがありましたので、
書かせていただきました。
233名無しさん@おーぷん :2016/01/08(金)22:07:47 ID:nEK
一昨年ノスタルジアというクズまる出しの糖質野郎がいたから毎日毎日洗脳する勢いでしつこく粘着したら最後は人格崩壊してキチガイ病院に隔離されたらしい
今はノイズとかいうキチガイを追い込んでやりたいがどうして糖質ってクズが多いんだろうな
241もも :2016/01/14(木)15:39:45 ID:yT7
もうすっかり一月も半ばになりますが、
明けましておめでとうございます。m(_ _)m
本年もどうぞよろしくお願い致します。^ - ^

>216、217のレスの趣旨ですが、
1さんの助けになるのでは? と思いましたのは、
ご紹介した3つの体験が1さんの体験とどんなふうに似ているかという部分を示して1さんだけでないという安心を提供出来たら、
という意味ではなくて、
それらのケースにあたったそれぞれの人物が
どんなふうに体験を自分に落とし込んだのかというその部分が、
1さんが1さんの体験の総括をするときのヒントになるかしらと思ってのことでした。
一人は信仰者で、一人は求道者で、一人はある日いきなりチャネリングを受け取ることになってしまった人です。
どんな体験があっても現在(いま)を生きていかなくてはならないとき、どういうふうに戻るか、
そしてこれからを充実して生きる意志、っていうのがとても大事だとおもったので、
ちょっとカキコしてみたのでした。f^_^;

出来ることなら、1さんが
ご自身の体験を「じつに面白い、発展性のある、思考する価値が充分にある体験だった」と結論されたい気持ち。
それはわたしの勝手な想いですが、
このスレッドを読みに来る好意的な人たちも、
1さんの明晰な言葉を聞きたく思って来るのだとおもいます。

いつもありがとう。
243北角 :2016/02/06(土)04:55:02 ID:ubb
◉⊇◉
244北角 :2016/02/12(金)01:30:46 ID:hgy
何だかさみしいわぁ、、
245名無しさん@おーぷん :2016/02/20(土)09:05:34 ID:aqZ
1氏よ 最近な、一瞬なんだが
この世の全部を“毎瞬毎瞬に映し出す”“元型”みたいなもんが見える
パッ、パッ、パッと毎瞬、その元型から投影されて現実が存在する
その元型が完璧だから、この世のすべても完璧なのな

1氏のいう「境界」に積もる云々がこれかなと感じた
246北角 :2016/02/25(木)13:35:11 ID:L2C
昨日養老孟司が爆笑問題の番組で、この世は違いでできているみたいな意味深な台詞言ってたな。
昆虫がテーマだったけど 笑

タコさんどうやら次のステージにいったらしい。
シャカも本来はその悟りを他人に語ろうとはしなかったんだって。
2471◆6KctQgwHqc :2016/02/29(月)00:34:23 ID:Uyq
今、私生活で忙しくて時間が用意できず申し訳ないです。
必ず書き込みさせていただきます。

>>246
おそらく、ブッダが自らの悟りを人に語らず入滅しようとしたことを例えたのだと思いますが、
俺は悟りも得ていなければ、そうした考え方に至るほどの人間ではないので、
単純に忙しいだけだと思ってください・・・
248名無しさん@おーぷん :2016/02/29(月)08:32:40 ID:7uS
気にすんな~
249北角 :2016/03/04(金)19:37:16 ID:vzd
すんまへんm(_ _)m
250北角 :2016/03/07(月)02:03:27 ID:Bdq
ふと疑問が湧きました。
なぜタコ助さん(タコ助さんの脳?)は色々教えて下さった内容を会得することが出来たとお考えでしょうか?
前も類似した質問をしたように思いますが、タコ助さんが今までに蓄えられた知識が特殊な脳の状態によりそれを体験したのではない、という風に限定させていただいて、
本来我々人間にとっては許容範囲外と思しき空間諸々を認識できたのかを教えていただければと思います。
タコ助さんだからこそ、というよりも、人間 タコ助さんがなぜその空間諸々を認識できたのか、というニュアンスの質問をさせていただきたいと思います。
2511◆6KctQgwHqc :2016/03/16(水)00:47:26 ID:I2M
>>250
俺は自らの体験を「病気による妄想・幻覚」としてしか捉えられないので、

>タコ助さんが今までに蓄えられた知識が特殊な脳の状態によりそれを体験したのではない、という風に限定
を前提として考えることは本来は難しいものですが、次のように答えることができます。

>本来我々人間にとっては許容範囲外と思しき空間諸々を認識
仮に、俺の体験が実際のものであったとした場合、俺の体験した事柄は「許容範囲外」ということはないと考えています。
なぜなら、「この世界に存在する限り、その箱庭の内側のすべては知ることができる」と考えるためです。

俺が感知したものは、当時は宇宙の外側と感じましたが、自らの体験を肯定したとしたなら、
あれは宇宙の外側ではなく、この世界の物質以外のものだったのではないか。
それらを俺たちは「空間」や「引力」として感じているのかも知れません。

余談ですが、引力と言うよりも「進ませない力」や「閉じた力」の方がしっくり来る言い方のように俺には思えます。
252名無しさん@おーぷん :2016/03/18(金)04:28:49 ID:rbw
とらわれるのを止めたら治る病気ですね(^^)
2531◆6KctQgwHqc :2016/03/18(金)21:24:21 ID:ByR
>>241
ありがとうございます。
俺は自身の体験を既に咀嚼できていますし、「こんなこと書いたら頭おかしいと言われるだろうな」という思いを抱きながらも、
それらに、ある程度の答えを出すことができています。
実は最も重大な問題は、俺がスピリチュアルやオカルトを信じていない、ということなのですが・・・

>>245
世界の原型という表現は、とても面白い言い方だと思います。
自身の体験でも、この世界の原型というものに触れたように感じた時がありましたが、
俺の見た「原型」は、この世界を構成しているものは波、
さらに(俺の感想に対して)適切に表現すれば「色」のようなものでした。

俺たちが見ているものは、光が落とす影に過ぎない、
これはエキセントリックな考え方ですが、俺たちは物質である以上、
物質のステージでしか物事を分別できません。

>>252
まったくもって、その通りだと思います。
逆に言えば、病気が治ればとらわれる必要がなくなるわけですが、
その結果として、自らの体験を「真実」として考えることも、またとらわれていると言えるわけですから、
なかなか難しい問題なのかな、とは思います。
254北角 :2016/03/19(土)21:30:29 ID:ydX
御回答ありがとうございますm(_ _)m

なるほど、、外側というより対象が特殊なんですね。
僕の考えが壁を設定していただけでした、、笑

引力、、漫画AKIRAの一コマのキャラクター鉄雄が
より大きな力を生み出すのは集中ではなく解放することだというようなセリフを言っていたのを思い出しました 笑
とりあえずカッコいいです。笑
でも何か理にかなってそうなのは想像できます。
2551◆6KctQgwHqc :2016/03/20(日)18:20:47 ID:S8A
>>254
俺は体験の中で強く感じた内容として、
「この世界は物質というステージである」というものがあります。
これは科学的な根拠は全くなく、当時の体験の中で知り、
病気の回復の段階で解釈を行い、現在は(俺個人的なものとしての)理解に至っている考え方です。
空間も物質も、そして俺たちが言う「時間」すらも、すべてはこのステージでの出来事です。

俺は>>253で、世界の原型を「色」のようなものと言いました。
この表現に眉をひそめた方々もいると思いますが、俺は物質とは空間であり、これらは色である、
このように感じています。

虹を見ると、外側は赤、内側は紫であり、この赤色の外側以上を赤外線、紫色以上を紫外線と呼んでいます。
物質もこれに似ていて、俺たちが見ている物質とは、光や電磁波に例えるならば、
ただ波長の一点を見ているに過ぎない、このように思えます。

物質は広がりを持つものであり、空間は物質の延長であって、
物質が生まれたからこそ、この宇宙は生まれ、今も広がり続けている。
このように思えます。

では物質とは斥力(引力とは逆の力)を持つのか、という疑問に辿り着きますが、
私的な考え方では、物質同士は引きつけ合う性質を持ち、
それ以外は引き離す力を持つように思います。
その力を生み出すものとは、物質が持つ本質的な光(波)の性質なのかも知れません。
256北角 :2016/03/21(月)14:59:16 ID:OSh
物質を構成しているのは電気的な波
エネルギー体の変容 有様が物質
ビッグバン的なものをイメージした時に、時間とはエネルギーが変容した場面で定義される概念であるとすれば、
エネルギーが変容し続けているだけであって、そもそも時間はない?
エネルギーの変容前と変容後が同空間で繰り返されている、、
やっぱ時間の概念はいるか、、
エネルギーが時間を作り出し、副作用的に空間を作り出す
でもエネルギーが変容するには時間と元々エネルギーが存在することが前提、
結局俺には何もわからない、、
何なんだ!世界!笑
257名無しさん@おーぷん :2016/03/25(金)01:48:02 ID:ASs
1さんが立ててた他のスレをたまたまみて流れついた者だけど、、、大丈夫かな?いま。
なんだかあやうい気配を感じたもんでここまで来ちゃったが。
瞑想はね、おれも自己流でその昔やってたことあるよ。んで全ては一つであるというコトを体験して、すげーアガったなぁ。自分は悟りの入り口くらいには来た、と思ったわ。小悟、てヤツだね。
そうなると自我が膨張して、んでガクーんと落ちた。
そん時に知ったけど、魔境ってヤツなんだね、アレは。
瞑想者、特に師を持たずに我流で瞑想する人がみんな突っ込むトコだよね。
258名無しさん@おーぷん :2016/03/25(金)01:55:06 ID:ASs
あ、途中で送っちゃった。

えーとなんだっけな、、、
あ、そうそう。こないだクレイジージャーニーっていうTV番組に大阿闍梨の人が出てたんだけどね、もし見てないなら是非一度みて欲しいよ。千日回峰行で出会う幻覚の話とかね。
なんだか1さんをやたら持ち上げてるような人とかいるけどアブないよ、ホントに。違うから、そういうのは。
、、、脳をスパークさせるのはホントに危険だからね!!
259名無しさん@おーぷん :2016/03/25(金)14:10:46 ID:LQt
言わんとすることは分かる
1氏は大丈夫だと思うがな
260名無しさん@おーぷん :2016/03/28(月)20:51:14 ID:zkg
>>257
今はどういう状態?
261名無しさん@おーぷん :2016/03/29(火)20:13:38 ID:EQ2
>>257
それがよく分からない
求道心とエゴは同じものな気がするんだけど
前者を持ってないと進めないし得られない
でも魔境に堕ちるんだろ
どうしたらいいんだよ
262もも :2016/03/30(水)06:01:42 ID:5cM
おはようございます。m(_ _)m

>253
俺は自身の体験を既に咀嚼できていますし、「こんなこと書いたら頭おかしいと言われるだろうな」という思いを抱きながらも、
それらに、ある程度の答えを出すことができています。>>
>実は最も重大な問題は、俺がスピリチュアルやオカルトを信じていない、ということなのですが・・・>>

わたしはスピリチャルもオカルトも、ついでに言えば宗教も哲学も、
どんな精神世界の知恵だって、それはただ個々の世界の解釈、物語だと思うようになりました。
思うように行かない自分の人生苦に対して、何らかの意味や原因を知りたいと、
それがわかれば何とかなるのじゃないかと考えていろいろ探究していたのですけど、
結局世界の解釈って「自分」に委ねられるというか、
誰もわたしの人生を代わって生きることは出来ないのでその責任も自分で持つしかなく、
誰かの何かの「あ!」という言葉が束の間の慰めになったりはしますけれど、
でもわたしが生きるこの生の目的は、日々の中で何かに心を動かされ感動したり、人々のあいだで生きているということ、
その時間を大切に思ったり、そんななんでもないことでいいのかもしれない、と。
精神世界が殊更高尚というわけでもなく、ただその時その時面白いと思う考えに、風に吹かれるように惹かれて行き、
それで遊び、飽きたら離れ、そんなので自分は創られて行くんだなというところです。

ですので、主さんがスピリチュアルやオカルトを信じないという感覚を大事になさることが
主さんの人生を生きていることになると思います。(*^_^*)

スピリチュアルの世界って特に、それぞれの特別さみたいなもので大賑わいしてるセカイで、
憎めない饒舌家の集まりなんだと思うようになりました。笑

わたしが主さんを好もしく感じるのは、
「これが真理だ! 世界に知らせなくちゃいけない!!」と、饒舌家のひとりになってしまわないところです。(^^)
263もも :2016/03/30(水)06:32:41 ID:5cM
で、ただ個人の体験を聞く、というスタンスからすると、
主さんは「統合失調症という病気を患ったことによって」というところで書いてらっしゃるのですけど、
それでもなおエキセントリックな内容?というところが気になるのは、とても面白いなと思いました。
病気による妄想なんだから何でもありで大丈夫なのに、って。
ここはそれを受け入れられない場所じゃない、とわたしは思うんですが、
やはり言葉を受け取る側の何らかの危うさ(主さんの体験をただ聞くんじゃなくて、
解釈して自分に取り込もうとする心理というか、どうしても特別な場所から帰還した人の話を見上げて聴くような感じというか)
みたいなのが、躊躇するひとつの原因になっているのでしょうか?
264もも :2016/03/30(水)06:37:05 ID:5cM
いつか主さんの不思議な体験がフィクションとして世に出て、エンターテイメントになったらきっと読みますからね!(*ˊᗜˋ)
2651◆6KctQgwHqc :2016/04/01(金)00:25:06 ID:TGD
>>262-264
これは俺の個人的な考え方なのですが、
スピリチュアルや霊的な体験等と総称される「不可思議な体験」において、
これを例えば話したり、理解してもらうために金銭を徴収するかのような行動は得意ではありません。

俺の思う所では、それを主張し一度でも語ったのなら、それは「上位の存在」を自負したことと同じことに思え、
あたかも、他の方々と自分は違うのだと言うことに優越感を感じている、
このように思えてしまうのではないか、という懸念です。

よって、

>解釈して自分に取り込もうとする心理というか、どうしても特別な場所から帰還した人の話を見上げて聴くような感じというか)
>みたいなのが、躊躇するひとつの原因になっているのでしょうか?

あなたの解釈を肯定し、この「自分が特別な存在」とする考え方は俺の基本的なポリシーに反するものである、
これは間違いなく、自らの体験を語る上で、強い拘束力を有するものです。
同時に、「自らが特別な存在」であると、自らを考えたくありません。

このスレッドを立てた根源的な考え方は、そうした私感を取り除き、
面白い話として、自らの体験を書き、それを共有することにあります。

けれども、結局は俺は、それを語る勇気を持っていないのかも知れません。
「すべてを書く」と言いつつ、間接的な自らの体験で得た考え方を書いているだけでは、
それは、ただの感想に過ぎないことは自覚しています。

こうした「自らが設けた限界、あるいは仕様」を取り除く必要があるのかも知れませんが、
俺も人間である以上、どうしても書くことが はばかられる内容があるものです。

これを、いかに「自分が特別である」と対外的な認識をなく書くのか。
これは難しい課題です。

すべてを、思うがままに、「特別な存在」という誤解なく書けると良いのですが、
例えばコメントが100を超えれば、すべてを読む人は少ないでしょうし、その誤解は必ず生じてしまいます。

誰かに自分の体験を伝えるということは、難しいものです。
この点をご理解いただき、馬鹿げた俺の「本当の考え方」を書くことが許される方法があれば嬉しいのですが、
それを模索することも、スレッドを立てた自分に求められる役割なのかも知れません。
2661◆6KctQgwHqc :2016/04/01(金)00:42:43 ID:TGD
レスが前後してしまいましたが、>>265は重要な俺の考え方であるため、
先に書かせて頂きました。

>>257
俺は瞑想ごっこと俺が呼ぶ行為よりも、
そこで得た体験を思い返す中で、様々な知見を得ているので、おそらく魔境と呼ばれる状況とは異なる、
このように考えています。

禅や禅病についても書籍や情報を読みましたが、これらはストレス障害のように思えます。
病気から回復する中で得た事柄においてこそ、そこに内容があるのかも知れませんが、
それは、俺のような信心深くない人間には適用できないものかも知れません。

>>261
この話は>>265に書いた内容の体験の上で、私的な意見となります。
魔境と呼ばれるものは、「知っているが理解していない」とも言えるかも知れません。
体験に勝る知はありませんが、知ることと理解することは異なります。

リンゴを知っていることと、食べたことがある、これはまったく異なるものです。

瞑想が魔境を呼ぶとは俺は考えていません。
逆に、魔境、いや自らの葛藤において真実を見極めることが困難となる状況の発生は、
必ず誰もが経験するものです。

出来事とは平等に訪れますが、理解は公平に訪れます。
俺はこの平等と公平のギャップが「魔境」と呼ばれる諸現象だと考えています。
267名無しさん@おーぷん :2016/04/01(金)00:55:19 ID:eaB
難しい事はよくわからんが>>1ちゃんの事凄い人だって崇め奉るんじゃなくて
面白い体験したから、同じ目線で話そうよって事だろ?
主旨に反する書き込み多いと>>1ちゃん書きにくくなるぞ?


と言うことで続きお願いします
2681◆6KctQgwHqc :2016/04/01(金)01:02:21 ID:TGD
>>267
ありがとうございます。
俺はただ書くばかりであり、そこに宗教的であったり、思想的な意図は一切含みません。
エキセントリックなことを書くことは十分に理解していますが、
それを想定しないことが、このスレの趣旨です。

俺と皆さんは公平です。
平等と公平の違いは言わずもがな、誰しも同じ目線でありたい、
俺のわがままですが、これをどうか聞き入れてください。
2691◆6KctQgwHqc :2016/04/01(金)01:06:04 ID:TGD
今日は遅いので、この辺りで。
俺の駄文に付き合っていただければ幸いです。

なんて書くと、あたかも主張しているようで、何とも鼻にかかる言い方なのですが。
270北角 :2016/04/01(金)23:37:33 ID:TLK
タコさんが人間として社会で生きていく上で、勿論それは誰しもそうですが、
人格を形成する中で、とても謙虚な面を有されてきたと拝察します。
その体験なり行き着いた境地は特殊 特別なものでも、
やはり特にこの様にある意味公共の、見ず知らずの私達に伝えるため文章化する際には
そのお人柄ゆえ、謙虚が表れるのは特に理論的 理性的な性質をお持ちのタコさんだからこそ
辿り着けた境地である反面、全てを語る上でその側面が
ストッパーになることも推測できるように思います。

逆にここで、特にそのタコさんにすらズケズケと聞きたがりの好奇心のみで聞いてしまうような私のような
人間の考えとして、
辿り着けた境地をある意味特別なものとは考えず、
例えばほぼ無宗教だと自覚している私の意見ですが、
神様やキリストさん、お釈迦さんが特別な存在でなく、
また、悟りや素晴らしい特殊な境地に辿り着いた人間も我々一般人と同じ人間で、
またその境地や考え自体もある意味自然に得られるものであり
平常の、当たり前のことである、という観点を持ったとして、
それを前提でどのようなものを言い憚っていらっしゃるのか、という質問を投げかけさせていただければ、
と考えています。
さっきジュースを飲んだら味がしたよ。甘いジュースとして有名なものが苦く感じたよ、
と同じ様な感覚で語っていただくのと同じような認識で教えていただくことが可能ならばお願いしたいと思います。
2711◆6KctQgwHqc :2016/04/02(土)20:01:15 ID:Y0N
>>270
非常に簡単に言えば、俺には今も継続して体験が続いています。
病気について書かないスタンスですが、

>それを前提でどのようなものを言い憚っていらっしゃるのか、という質問を投げかけさせていただければ、
と考えています。

の質問に対しての回答には、病気のことを書かなくてはなりません。
陽性症状(幻聴・幻視・妄想等の出現)、陰性症状(意欲・行動力・生活能力等の低下)、認知機能障害(思考力・記憶力等の低下)
これらを解決し、現在の俺は病気によって苦しむことはなくなっています。

逆に病前よりも頭がすっきりしており、理論的・感覚的な考え方の両方ができるようになり、
今からして思えば「思考の空回り」と表現できることも少なくなっています。

しかし、病気の体験に併せて、幼少の頃から、やや不可解な体験をしてきた俺としては、
現在の体験、病後の体験、これらはやはり病気の症状と結びつけてしまうことは事実です。

あなたは、
>さっきジュースを飲んだら味がしたよ。甘いジュースとして有名なものが苦く感じたよ
このように表現して書き込みをして欲しいと言いました。

しかし、ジュースの味に対して飲んだ人物によって異なる感想を持つように、
「これは体験しなければ分からないのではないか」
俺はこの言い方が本当に大嫌いなのですが、そう表現しなくてはならないのです。

このスレに書くため今まで色々と文を書きましたが、多くは消してしまいました。
俺の根底にある恐怖は「自分は病気だから、この体験をしている」というものです。

精神病と呼ばれるものは、本当につらいものです。
思考力や発想力を奪われ、パソコンの操作方法すら曖昧になり、自宅の場所すら分からなくなります。
この状態から回復し、病前より良い状態となっている今、俺の体験しているエキセントリックな状況から「理解した」こと、
これを書くことの恐怖、俺はこれを「ジュースの味」と置き換えたいと思います。

だからと言って、自らの体験を書かないわけではないですし、
聞いて欲しいと思う気持ちがあることは事実ですが、まとめるのに時間がかかる理由が、
上記の思考によるものだと理解していただけるなら幸いです。
272名無しさん@おーぷん :2016/04/02(土)20:20:08 ID:wEX
>>271
>「これは体験しなければ分からないのではないか」
>俺はこの言い方が本当に大嫌い

なぜ?
273名無しさん@おーぷん :2016/04/02(土)20:20:18 ID:OSD
>>1が伝わりやすく書いてるのはよく分かってる
だからさー、皆さー質問あるのは分かるけど
取り敢えず聞こうよ
その姿勢って大事じゃね?
もっと色々な話聞きたい
274名無しさん@おーぷん :2016/04/02(土)20:25:55 ID:wEX
は?聞いてるじゃん
2751◆6KctQgwHqc :2016/04/02(土)20:35:16 ID:Y0N
>>272
答えは単純明瞭です。
体験しなければ分からない、これはつまり「体験したことで、ステージに上がれる」
こう言っているようなものです。
俺はそうは思いません。

掲示板とは顔が見えず、誰が書き込んでいるのかも分かりません。
しかし、ここで書き込んでいる方々と面識が無くとも、語り合い、学ぶことができます。

あと、>>273>>272への言葉ではないと思いますから、
俺はちゃんと書きますが、少しだけまとめるのに時間がかかる、
これを理解していただけると嬉しいです。


以下、愚痴ですが「すべてを書く」と言いつつ、やはり人間とは自らの根源的な恐怖を取り込み自分とすることは、
なかなか骨の折れるものです。
では書かなければ良い、そう思うかも知れませんが、俺は無性に書きたい衝動に駆られています。
俺のわがままで申し訳ないです。
276名無しさん@おーぷん :2016/04/02(土)20:39:59 ID:OSD
>>1さんありがとう
なかなか書き込めなくて>>273のレス読んでなかった
不快にさせて悪かった
277北角 :2016/04/03(日)15:09:29 ID:P0A
なるほど。
いつも色々すんませんm(_ _)m

タコさんが理解したこと。
雨降って地固まる的なものなのか、
はたまた、というかおそらく我々には受け止めきれないような
想像さえも及ばないような内容なんでしょうね、、
2781◆6KctQgwHqc :2016/04/09(土)23:46:20 ID:lNP
整理していた事柄が、おおよそまとまったので、書いていきたいと思います。
逃げ口上になってしまいますが、ここから書く内容は、俺が体験の中で知ったこと、
言い換えるなら、統合失調症の罹患者が書く戯言でしかありません。
そのことを念頭に置いてください。

2012年当時、どこまでも広がり続けた俺は、「宇宙の外側」と呼ぶ場所へ向かい、
再び「個」としての自分に戻る中で、無数の理解を得ることになりました。

そこで知ったことは、>>12-20で書かせていただいた内容の他に、引力や時間に関するものもありましたが、
俺はこれらの知識を書くことを非常に恐ろしく感じています。

なぜなら、これらの自身が知った内容と、現実での研究はあまりにかけ離れており、
不安をかき消すため、何度か現実との整合性を保てるか思索しましたが、叶いませんでした。
2791◆6KctQgwHqc :2016/04/09(土)23:46:34 ID:lNP
俺たちは自分が「存在している」と思っています。
地球の上に立ち、目の前にあるパソコンのキーボードや、スマートフォン、
あるいはフューチャーフォンに俺たちは触れることができます。
これは、これらのすべてが「存在している」からに他なりません。

しかし、自身の知ったことでは、これらの存在とは「そう見えているに過ぎない」と思えるものでした。
以前に俺は「我々は影を見ているに過ぎない」と書きました。
俺たちが見ているもの、存在していると感じているすべての事柄、
これらは、本質的な「物質」のごく一部分、水面に顔を出した氷山の一角にしか過ぎない、
このように表現することができるように思えます。

すべての物質は波、いや「波のようなもの」であり、
波と波との相互作用によって、出現確率と呼ばれる情報を得た状態が物質である、
体験の中で得た俺の理解は、このように表現できます。

この「存在確率が高まっている」状態の原因は、俺は「時間」による作用であると考えています。
2801◆6KctQgwHqc :2016/04/09(土)23:46:43 ID:lNP
「時間」という言葉を使っておきながら、俺は時間とは存在しないと考えています。
なぜなら、時間とは物質が変化していくに従って生じる出来事であって、
時間の経過が物質を変化させるものではなく、物質の変化が時間という概念を生み出している、
このように考えているためです。

上のレスで書いた「時間」とは、ただの考え方です。
>>12で「主観となる次元から見た場合、上にある次元が時間として見える」と書きました。
あくまで、時間とはただの次元軸でしかありません。

時間が生まれたから宇宙は誕生した、と考えるよりも、
宇宙が誕生したから時間が発生した、という考え方を俺は肯定します。

けれども、物質を構成する最小単位である素粒子と素粒子が相互に交換される際、
一定の距離を素粒子が進むのに要する「時間」とは、一体何なのか。
このような疑問にぶつかります。
これには、距離を移動する場合、時間を消費するという、この世界の自然原理が関わっていると思えます。
2811◆6KctQgwHqc :2016/04/09(土)23:46:57 ID:lNP
存在確率の高まりは「時間」による作用である、これは上記の「距離を移動する場合、時間を消費する」ともつながります。
俺たちの世界から時間を除いてみると、この関連性が良く分かるように俺には思えます。

時間を取り除くと、642光年先にあるベテルギウスから放たれる光で例えるなら、光速度で642年かかるところが、
そもそも時間がないため、瞬時に地球に届きます。
瞬時に届くということは、そこには距離はありません。
距離が無ければ空間もなく、そうなるとすべての物質は1点に集まっていることとなり、そもそも存在自体が無いことになりますが、
ここではあえて、俺たち「存在」という概念だけは残っている、そんな特殊な状態を想定します。

俺たちが、その特殊な状態の宇宙を見た場合、眼前にベテルギウスがあります。
宇宙のすべての星が眼前にあり、すべての光は瞬時に届きます。

実際の宇宙ではベテルギウスは赤くは見えても、その輪郭を視認することはできませんが、
時間を失った宇宙では、ベテルギウスの形や、表面の状態も見ることができます。

遠くにあるものが小さく見えるという制限は、そこにはありません。
時間とは空間であり、遠いものが小さく見えることとは、時間があってこそ起きる現象である、
俺の知ったこととは、このような考え方でした。
2821◆6KctQgwHqc :2016/04/10(日)00:08:29 ID:Iro
利便上、次元という言葉を用いますが、俺たちが感じている3次元とは、4次元の上に成り立つものです。
しかし、実際に俺たちは時間を体感することはできません。
間接的には「遠いものが小さく見える」のような現象として見ることはできますが、
そう考えると、俺たちが見ている「奥行き」とは、時間と融合しているとも言えます。

奥行きと時間は決して切り離すことはできません。
そして、この世界には完全な平面と呼べるものはなく、線と平面と奥行きが混ざり合った世界に生きている、
このようにも表現できます。

では、4次元としての次元軸は、一体どこへ行ってしまったのかと言えば、
正確な例え方が無いので創語すれば、丸められてしまっている、
俺にはこのように思えます。

丸められた4次元は、俺たちには見えませんが、そこにも空間があります。
5次元から見れば、4次元の軸移動を観察することができるかも知れませんが、
残念ながら、俺たちは高い次元への移動手段を知りません。

しかし、4次元軸への移動を、俺たちは間接的に感じることができます。
2831◆6KctQgwHqc :2016/04/10(日)00:08:49 ID:Iro
非常に高速な宇宙船があるとして、それに乗って移動した場合、
乗っている人物を、宇宙船の外側から観察した場合、時間の経過が遅くなるように見えます。

これは、物質の変化速度、素粒子の交換速度が低下し、俺たちが「時間」と呼ぶ状態が緩やかになるためで、
この原因は、4次元の丸められた軸と関係があると、俺は「知る」体験をしました。

移動とは、XYZ軸への移動ですが、仮に4次元軸を「A軸」とした場合、
その次元への移動は丸められているため、俺たちには見えません。

しかし、速度が速くなればなるほど、A軸の移動も大きくなります。
このA軸への移動はXYZ軸への移動に対して「速度」として現れます。
結果として、A軸の移動は、時間として俺たちには感知されます。
2841◆6KctQgwHqc :2016/04/10(日)00:14:33 ID:Iro
そして、重力(引力)とはA軸への移動であり、XYZ軸へ移動する能力を持ちません。
重い星の周辺では、空間が曲がっているのではなく、A軸への移動が強くなり、
結果として素粒子の交換速度が落ちています。

重力とは、XYZ軸への移動を制限する、と言うよりも「どれだけ時間をかけても、離れることができない」力、
このように表現できるかも知れません。

しかし、ここで疑問が生じます。
重力がA軸の移動であるのなら、例えばロケットが地球の重力圏を振り切る事実は、
俺の考え方に基づけば、速度を上げれば上げるほど時間は遅くなり、
さらに強く重力に捕らえられてしまうということになります。

重力によって生じるA軸の移動と、XYZ軸への移動によって生じるA軸の移動は異なるものです。
A軸を例えばX軸に変換した場合、左右の移動が可能ですが、この左右への移動が、上記の違いのように思えます。
しかし、左右の移動とは言え、A軸の移動には変わりはないのですから、3次元では時間の経過として感知されます。

おそらく、重力によって生じる4次元軸への移動、3次元への移動によって生じる4次元軸への移動は、
丸められた4次元で感知できる素粒子の働きなのかも知れません。
2851◆6KctQgwHqc :2016/04/10(日)00:15:11 ID:Iro
存在確率の高まりは、元々「波のようなもの」である物質が存在する2次元において、
その次元から見た場合は時間として感知される「3次元軸」が与えられた結果として生じる、
俺にはこのように感じられました。

上記のレスでは、時間の導入をせず、「存在」のみを想定した特殊な宇宙を仮定しましたが、
実際には時間を導入しなければ、空間もなく、物質として各個の区別はできなくなります。
距離があるからこそ物質は存在でき、同時に物質が無ければ空間は存在できません。
なぜなら、物質と空間は本質的には同じものであるためです。

物質と空間は一見まるで異なるもののように見えますが、
俺たちが感じている「物質」とは、波である物質のごく一部分(存在確率が高まっている状態)を見ているに過ぎず、
存在確率が低い状態である「物質」は、その周辺に広がりを持っています。

この存在確率が低い状態の物質は、そこに無いように見えますが、
波として広がりを持つ範囲において、質量を持った状態として曖昧に半出現し、質量を持っています。

物質から遠ざかるほど空間のゆがみが小さくなる状態、
これを時空と呼ぶのなら、空間のゆがみとは、この質量を持ちながら曖昧に半分出現している状態の物質が、
言わば空間を生み出しているように、俺には思えます。
2861◆6KctQgwHqc :2016/04/10(日)00:58:29 ID:Iro
俺は体験から「知った」ことは、上記レスのとおりです。
素粒子の交換速度(時間)も空間も、そして物質もすべては本質的には同じものであり、
これらは切り離したり、仮定としていずれかが存在しないものとすることは困難である、
これが俺の感想でした。

この考え方に基づけば、3次元の上の次元として4次元があり、4次元においても空間のようなものがあるのなら、
5次元以上を想定することができると考えています。

俺の「知った」ことの内、A軸として表現した次元軸の働きを考える場合、
その上の次元である「5次元」までは考えることができますが、
例えば10次元や、10次元に時間軸を加えた11次元のように高い次元が存在するとは、俺の凡庸な思考力では考えられませんでした。

個人的には、数学的な次元と言うよりも、見えない軸移動があるという点が重要で、
次元(数学的パラメーター)が26個であろうと、超対称性を導入して10個になろうと、
面として考えるメンブレーンを想定した場合の時間軸を加えて11個になろうと、
そのパラメーターの何が、どのように導入されているのかが重要だと考えています。

これが、俺が「この宇宙の秘密」として当時は思えました。
ともあれ、統合失調症の罹患者の戯言であると、このスレの趣旨と反する意見をスレ主の俺が述べつつ、
まずは、俺が最初に「知った」内容は、これがすべてになります。
287北角 :2016/04/10(日)02:34:06 ID:akf
おつかれさまでございましたm(_ _)m
何度も自分の理解の限界だとわかるまで読ませていただきたいと思います。
288名無しさん@おーぷん :2016/04/13(水)14:10:23 ID:5F4
さあ、大変だ
脳が焦げるまで考えてみなくては!(愉悦)
289名無しさん@おーぷん :2016/04/13(水)20:51:46 ID:xHK
1さん、すごく面白いお話ありがとうございます
完全に理解できるとは思いませんが自分なりに頑張って考えてみますね

存在確率って「縁」とでも解釈すればいいのかなー
無から宇宙が発生した宇宙最初期には水素とヘリウムしか存在してなかったらしいけど
諸々の作用で星ができてその中でいろんな元素ができてそれがまた爆発して宇宙に放たれてと
すべての物質(と空間)は連綿と続いてるんだよね
形が変わって見えてるだけで元は同じものという考えはしっくりきます

縁というのは自分の中では「モノがある状態に至るための力」みたいに感じてて
たとえばどこかの土が粘土として使われてマグカップとして生産された挙げ句我が家の台所におさまる
土からマグカップに変化する諸々の作用をまとめて「縁」と呼ぶ そんな感じ

土がマグカップに変化するように
私らの目に見えない状態の
でも宇宙にはしっかり存在している物質が何かの縁で目に見えるようになるのかな?
生命(とか心とか魂とか)は見えないけれど生物は見える…1さんはそういう話をしてるのではないのだろうけど(゚∀゚)
2901◆6KctQgwHqc :2016/04/13(水)23:22:20 ID:luU
>>289
縁という表現は素敵ですが、これと対応するものは、おそらく因果性のように思います。
しかし、すべての始まりが一つであるとすれば、この「縁」はすべてにおいて、
有意に働く力なのかも知れません。

俺にはこの世界がホログラムのように思えましたが、
これは別の宇宙のホログラムが投影されているのでは決してなく、
エキセントリックな表現ですが、素粒子の性質はただの「高度」のようなもの。
このように思えました。

すべては同一であり、極限まで突き詰めれば「点」、つまり0次元なのかも知れません。

ここから書くことは、2012年当時に体験した内容より後の話。
このようなことは書きたくないのが実直な感想ですが、今も「知る」という体験をしているという、
俺自身が感じている事実(実際)の内容です。

死後の世界だの、世界が複数あるだのと言う、何とも病的な内容となりますが、
少しずつ書かせていただければ、とおもっています。
291名無しさん@おーぷん :2016/04/15(金)06:32:39 ID:UC4
>>261
ふつうに地域の神社さんに通われることだと思います。
>>257さんの言われるように、素人が瞑想なんて指導者もつけずにやったら魔界で待ち構えている連中のそれこそ思う壺なんです。
だからこそ、長い伝統をもってこんにちまで継承されてきた宗教はみんなそのからくり(霊的罠の存在)を知っているので、それへの対処法も備えているんです。
神道には審神者、仏教では座禅には先達が側につきますし、キリスト教カトリックでは霊操(洗礼者の瞑想)においてやはり修道女(士)や親父が側に付き添います。
全て、まだ未熟な瞑想者が魔に乗っ取られてしまうことのないように守ることがその目的です。
繰り返しますが、時間はかかるかもしれませんが地域の神社さんに通われれば間違いありません。
間違っても新興宗教やカルトやスピリチュアルの方に行くことはないように!
292名無しさん@おーぷん :2016/04/15(金)23:35:28 ID:0Ny
観測者が居るから時間か発生する
観測者が居るから世界が存在する
簡単な事のようで、難しい……理解したいが、受け入れ難い
観測者って何だろう、自分って何だろうとたまに考える
今だに分からない
今後の課題かな
2931◆6KctQgwHqc :2016/04/16(土)01:00:09 ID:qym
>>291
まったく同感ですが、あなたの言葉を借りれば魔境と呼ばれるものは、
退けるものではなく、それを自分自身にすることで、俺は多くのことを学ぶことが出来た、
このように感じています。

苦しみの元となるもの、これをすべて捨てることは、現代社会では困難です。
生きなくては、魔境と呼ばれるもの、俺はこれを多様性の海とかつて表現しましたが、
ここに沈み、様々な解釈に溺れてしまうと考えるためです。

とは言え、俺の体験したことが正しいとか、道筋は一つだと主張するものではありません。
乱暴な言い方をすれば「甘えすぎてはいけない」ということです。

>>292
観測者、俺はこれを観察者と呼んでいますが、
観察者がいるからと言うよりも、観察者が生まれる条件において、物質や時間、空間が生じるのではないか、
このように思えました。

必然性において、物理的な変化は切り分けて考える必要があるものです。
あなたの言う「観測者」は、この必然性の中に含まれる一つの現象に過ぎないように思えます。
俺たちもまた、この宇宙、このステージにおいて、一つの現象です。

個人的には、宇宙、いや銀河系に無数の知的生命体が存在していて欲しいと思いますが、
137億年の時間の中で、知性を得るに至った生命は数少ないものなのかも知れません。
それこそ、半径数十億光年の中に、そうした生命が1種類でも存在するか、しないか。

俺たちが考えている物差しとは、あまりに稀で、あまりに研ぎ澄まされたものなのかも知れません。
294名無しさん@おーぷん :2016/04/16(土)04:09:10 ID:Uja
エキセントリック、病気、この辺の言葉が気になる
自分を病気と断定した方が安心できるのかなぁ?
自分をそのまんま受け入れた方がずっと楽だと思う
恐れずに湧き上がるアイデアをどんどん形にしていけばいい
文章にして伝える力も素晴らしいと思う
良く文章にできると感心してしまう
余計なお節介だろうけど、病気であると自認することで安心感を得ているようで
心配になってね
それはどこまで行っても結局仮定に過ぎないからさ
あなたの言う認知機能なんちゃらも統合失調症も大昔は無かったろうし
今だって羅漢してることに気付かず健常者として生きてそのまま死んでく人もいるでしょう
エキセントリック?ユニークでいいじゃないか
瞑想10時間?素晴らしいよ
自分が異常かどうかなんて自分のうんち食べたくなってから警戒すればいいよ
そのまんまでいいよ
何も問題ない
続き楽しみにしてるよ!
295名無しさん@おーぷん :2016/04/16(土)10:51:53 ID:cE4
ここと最初のスレをばーっと流し読みさせて貰いました
個人的には最初にここに目を通してなんで瞑想ごっこなんて危険なことをやったのかが一番疑問だったのですが
ダイエットから入って目の裏に映るものが単純に面白かったからという理由が
苦しまれた1さんには申し訳ないが面白かったです
どこにどんな罠が落ちてるか分からないものですね
出口なおのような発狂系教祖は案外貧困による空腹や逃避としての瞑想を通じて宗教的な扉を開いたりしちゃったのかななどと思ったり
同じようなことをやりたいスピ系の人は我欲が壁になってこういう領域に行けないのかなと思ったり

何はともあれ良い医師に巡り会われたようでそれが一番良かったです
精神病を扱う医師の当たり外れは本当に激しいですから
お身体をお大事に
2961◆6KctQgwHqc :2016/04/17(日)01:05:13 ID:Cdc
>>294
この世界の、この環境で生きている限り、そこのルールに従う必要があります。
精神病とは自分の苦しみ、自分の周囲の人々の苦しみが生まれる状態がある場合、
これを改善する必要がある場合、これを「病」として定義するものです。

今も俺は「瞑想ごっこ」をすると幻視を見てしまいます。
それを話した場合、医師からの問いかけは「生活に支障がありますか?」というものです。

確かにユニークである、仮定と考えることは出来ますが、
重要なことは「自分と周囲に苦しみがあるのか」という点なのだと考えています。

精神医学とは、これが曖昧に思えてしまうことで、何やら信じられない分野に思われてしまいますが、
精神病の罹患者+苦しみから解放された身からの感想は、素晴らしい導き手として認識しています。

今の俺の状態は変性意識状態として捉えられていますが、
医師は俺の体験を肯定もせず、否定もしていません。

これと同じように、悩みを持った俺は、自らの体験を肯定も否定もしないスタンスです。
確かに自らの体験を肯定したい気持ちもありますが、それを信じ切ってしまえば、
それは、周囲を苦しめる病的な領域へと立ち入ってしまうことになりかねません。

エキセントリックであるという認識を持ちながら、それを書く理由はここに帰結します。
面白い体験をしたから共有したい、けれども、その底流には自制を持って自らの制御を残しておく。
自身の本懐に立ち返るためのツールとして、俺は「病気」を利用している、このように言えるのかも知れません。

>>295
心身のご心配、ありがとうございます。

出口なおさんを俺は知らないのですが、やはり教祖的な振る舞いをすることは、
俺の思考や価値観にはありません。
この手の体験は、やはり宗教的に脚色したり、神秘的に飾り立てるものではなく、
当事者の意見を、そのまま述べた方が面白いと思えるからです。

こうした事柄の本質は誰もが持つものと考えています。
これは俺の体験の中で感じたことですが、脳という制限下においては、「知る」という事柄がなくては、
自らの器に様々な体験を入れることは困難です。

誰しもが持つ器の大きさは同じであるのに、一方向からの視点からの判断で、
優れている、劣っているなどと判断すること自体が滑稽であると俺には思えます。

何にしても、俺は自分に合う医師と出会い、治療を開始できたことが幸いでした。
現在の医師なくしては、現在の自分はありません。
2971◆6KctQgwHqc :2016/04/18(月)01:02:15 ID:x79
ここから書く内容は、2012年当時に体験した内容より後の話になります。
2015年5月の瞑想ごっこの際に体験した内容は、これまでの体験以上にエキセントリックです。
当時の俺は、「多様性の海」という言葉を好んで使っていましたが、
今ではその言葉は「自由選択の地平線」というような言葉として言い換えることができるかも知れません。

俺は霊や死後の生を信じませんが、自身の体験はこれらを肯定してしまうものでした。
霊や死後の生を否定するために解釈を加えることは容易ですが、
このスレは「体験をそのまま伝える」ことが目的ですので、
精神病患者の戯言に、もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

そして、予め断っておかなくてはなりませんが、この話をする以上避けることができない内容として、
宗教的な解釈に対する、俺の一個人としての意見が含まれてしまいます。
俺は宗教を否定することはありませんし、何を信じるのかは自由だと考えています。
ここに言及する以上、特定の信仰を持つ場合は、気分が良いものではないものではないと考えています。

これをご承知いただいた上で、それでも読みたいと思われた方に対して、
俺の自身の体験を書き、共有して行きたいと考えています。
2981◆6KctQgwHqc :2016/04/18(月)01:05:44 ID:x79
今日は遅いので、この辺りで・・・
299北角 :2016/04/18(月)02:12:57 ID:2LO
お疲れ様でございます。
前回の書き込みをちょこちょこ読んでいる段階ですが、
タコさんがきっと限りなくわかりやすく
最低限ニュアンスを崩さない所まで落とし込んで書いて下さっているのであろうにも関わらず、
自分が何とか理解出来そうな文面のみですら
中身の濃さに圧倒されております 笑
そして早くも次の段階の、またある意味新ジャンルの書き込みを開始してもらえそうな流れに期待しております。
好きなミュージシャンが一つ前のアルバムをじっくり聴き込む前にまたニューアルバム出してくれる的な 笑
とりあえず嬉しいです。
こんな俺がこの掲示板を楽しみにしてるのはエセな感じが否めませんが 汗笑

とりあえず四次元の概念までは理解できるつもりの自分がいる時点で、それを理解しているとしたらその自分は五次元以上の存在なのかな、
そんな感想が浮かびました。
そんな感想文です 笑
この思考回路とか意識って次元として定義されないものなんだろうか、、次元とは別カテゴリーなのだろうか、
散文ばかりでゴメンナサイ
300北角 :2016/04/18(月)02:19:06 ID:2LO
僕は昔から突っ走っている程ではないですが、
霊やらオカルト系やら未知の世界がまぁまぁ好きな程度ですが、
昔仲良くなったどうやら本物っぽい霊能者的な人が
身体の無い人達が云々というジャンルの話を
何度か聞いたことがあって、
何か実感は伴わない直感ですが、
そうゆうのが存在するのは確からしいなぁって思った時期があって尚更タコさんの口から聴けるのがインタレスティングの意味で楽しみです。
301名無しさん@おーぷん :2016/04/18(月)14:25:49 ID:hAO
>>297
初めからサーッと目を通したけど、申し訳ないがさっさと書いてください。
その2015年5月以降の体験とやらを
スレ立てから半年以上かけて何をやってるのやら…

よろしくお願いします。
302北角 :2016/04/18(月)14:40:07 ID:2LO
>>301
無礼者。
303名無しさん@おーぷん :2016/04/18(月)22:11:57 ID:qk4
物事には順序って物があるんだよ
いきなり核心をついても理解できない人もいる
貴方みたいにね
ちゃんと書いてあるから読んでみなよ
斜め読みじゃ理解出来ないよ
3041◆6KctQgwHqc :2016/04/18(月)23:10:08 ID:VV7
>>301
俺の体験は、自らも初めて体験したことであるため、これを表現する方法を知らない、
これが正直な感想です。

例えば、「状態を次の形へと進めている力」などと書いても、この言葉は誰かに伝わりません。
これを、「5次元上での4次元方向への軸移動は時間として感知される」と書けば、何となくイメージは伝えることが可能です。

俺は物事を書く際には、最も説明がし易い考え方を(自身の浅はかな知識の中で)、自らの体験に結びつけることで、
相手に伝わる言葉にしようとしています。
そのためには、書くのに時間がかかってしまうことは、ご承知ください。
3051◆6KctQgwHqc :2016/04/19(火)00:05:37 ID:pcl
とは言え、確かに>>301の言う通り、道筋ははっきりとさせなくてはなりません。
俺の「知った」こととは「地面に落ちた影」という一言に集約されます。
俺たちは、しばしば「高い次元が優れている」と感じますが、俺の認識とは異なっています。
すべては「完全な有」へと戻るサイクルですが、完全な有とは言わば「すべてが共存する状態」とも言えます。

ここには「すべてが同時」であるため、時間も空間も物質もありません。
いや、正確に言えば時間も空間も物質も含まれています。

さらに正確に言えば、すべては有るのであって「有りて有る」と言えますが、
それは、すべての状態、形態、関係性、すべてとして有り、言い換えるなら「成りて成る」として、
このようにして成っている、俺はこのように知りました。

この「成りて成る」として、このようにして成るとしか言いようがない事柄(事柄は正確ではなく「成る」として肯定されるもの)が、
根源的なものであり、そこへと同一となるサイクル(「サイクル」も正確ではなく「成る」として肯定されるもの)、
この一つをこれから書かせていただきたいと考えています。

なお、上記で書いたすべての言葉は「完全な有」、俺はこれを「成りて成り、いかようにも成り、すべてをも含む成る状態以前のすべての肯定」と表現しますが、
ここに「○○ではない」という不完全性が含まれる時点で、これは「完全な有」ではなくなってしまうものですので、
この完全な有には、以前に俺が書いた「色」という概念は含まれており、故に俺たちから見たら、その色すら見えない成る以前のすべての肯定。

肯定すらも正確ではなく、それらは「有る(成る)」それである、そのものです。

こんな感じに、何が何だか良く分からない文章になるのが、たとえ話をしないで俺の体験を書いた場合の最大のデメリットです。
たとえ話、体験を通じて得た事柄の内、理解しやすい部分をチョイスすることは大切なのだと、俺は考えています。

余談ですが、仏教では、「空」という言葉がありますが、これは非常に俺の「成りて成る」に適した素晴らしい表現だと勝手に考えています。
306名無しさん@おーぷん :2016/04/19(火)00:17:45 ID:b0i
>>305
空即是色 色即是空みたいな。
 空:空間
 色:物質
らしいけど。
3071◆6KctQgwHqc :2016/04/19(火)00:17:57 ID:pcl
今日はこの辺りで・・・
おやすみなさい。
3081◆6KctQgwHqc :2016/04/19(火)00:19:29 ID:pcl
>>306
「色」は有るのではなく、成るものなので、
色即是空のようにすごい人たちが考えた崇高な表現ではないと思っています。
309301だけど :2016/04/19(火)00:59:57 ID:acw
>>304
>>305
よく分からんけど
オレは昨日一昨日初めてスレ見つけたからいいけど、スレタイ見つけて見た奴はあくしろよカス
って思うでしょう普通
さっさと結論書かないで何やってんだって思ったから正直に言っただけ

だけど、イチが言うように説明が必要なのは分かるけど、
でも>>305で言ってることが既に意味不明だからもうね

じゃそういう訳で
310301だけど :2016/04/19(火)01:11:45 ID:acw
あ、ちな
オレは10年以上前にベッドで寝っ転がってたら
ふいにハッとしてこの宇宙は存在しない「無だ」と思った

実は宇宙は無では正しくなくて

「宇宙は無だから有で、有というのは無だからでしかあり得ない」
こんな感じでこれらは同じこと。

だが俺らの常識では無と有は別個のモノだと思ってるね

つまりオレの中では宇宙は有りて有るではなく、無くて有るでも正しいんだよ。
両方が等しく絶対的に成り立つのかな?よく分からんけど。ただ、イチはまず有があるように言ったが
オレは真逆で宇宙は「無」だと思った知った分かった感じ。だが実はそれは絶対的な有でもあるから矛盾しないんだ
311北角 :2016/04/19(火)18:00:11 ID:dLX
301は最後っ屁をして逃げた
312名無しさん@おーぷん :2016/04/20(水)07:27:30 ID:zWY
>>310
宇宙さんは色んな場所で仕事しとるんだな
313名無しさん@おーぷん :2016/04/20(水)14:08:58 ID:VDV
301は初め読んだときは、ん?と思ったけれど、その後の書き込みを読んで言いたいことは分かった
批判したい訳じゃないんだって
北角さんはそんなに攻撃的になりなさんな
書いてある事をそのまま受けとるのではなく
一呼吸置いて、どんな意図を持って書いているのか考えた方がいいと思う
特に文章だと違う捉え方も出来るし
それに、ここではたこ助と名乗ってないので
たこ助と呼ぶのはやめておいた方が賢明かと
>>1がそう名乗らないのならそれに従ってみては?
314北角 :2016/04/20(水)14:52:47 ID:BuG
笑 ホントだ。
タコさんじゃなかったんや。

でもまぁとりあえず無礼者は無礼者やろ。
意図や配慮も汲まずに批判して、自分は他人には理解できないような書き方をして
自己満足勝ち逃げをした風に去っていく。
これを最後っ屁と言う。
そーゆーことです。
当たり前やけどこの掲示板では1さんの書き込みを軸に進んでいくんやから、
反対意見とかならまだしも
冷やかしっぽくなったり単純な批判が入ったら
それは面白くないというかお門違いだから
1さんが大変な内容をわかりやすく書いてくれる作業を
少しでも快適に進めていただけるように指示したい思いゆうことです。
そんな感じです。
315北角 :2016/04/20(水)14:53:23 ID:BuG
支持でした。
3161◆6KctQgwHqc :2016/04/20(水)20:31:31 ID:Eqc
>>312
宇宙さんが過労死しないか心配です。

>>313
お気遣いありがとうございます。
ハンドルは前のスレで利便上付けていただけなので、
ここでは、>>1と呼んでもらった方がありがたいです。

>>314
気持ちは分かりますが、ほどほどに、ってことで。
317北角 :2016/04/23(土)01:01:28 ID:J3q
了解でございます。
すみませんですm(._.)m
318名無しさん@おーぷん :2016/04/23(土)08:41:47 ID:Ybr
(北角さんのレスで、スカッとした俺がいるがな
319北角 :2016/04/23(土)16:32:56 ID:J3q
色々あざーっすm(._.)m
320名無しさん@おーぷん :2016/04/29(金)01:55:18 ID:cm1
順調に「大麻はなんだかとてもオカルト」のジャンキー氏と同じ道を進んでますね

いくら例え話を使わないことで「妄想の神」を作らせないようにしようとしても
もう既に信奉者が居ることで出来てるんだよね。「頭の中の偶像」やね
古いタイプの人間よろしく、多様性の海に沈んで楽しんでらして結構結構♪
321北角 :2016/04/29(金)08:57:51 ID:RiS
まぁ320さんが言おうとしている内容の可能性も
踏まえた上で、
1さんは元より皆織り込み済みで楽しんでるので
心配しなくても大丈夫ですよ 笑
3221◆6KctQgwHqc :2016/04/29(金)10:01:35 ID:Fe5
>>320
その考え方は、以前に深く考えたことがありました。
そもそも「偶像は作ってはいけない」ではなく「偶像として表現する必要がない」という意味だと解釈していますが、
古くから人は、祈りや信仰の対象を持たないといられない生命なのかも知れません。
多様性の海とは、言い換えれば「如何様にも解釈できてしまう様々な事柄の集合」ですので、を少し誤解しているように思えますが、
あなたの考え方を尊重します。

>>321
それぞれに考え方があり、自分の立ち位置や向かっている方角が分かっていれば、
その先には目的や初心があるので、誰かから何かを言われたとしても、
基礎となる土台が揺らぐことはありません。
人からの言葉を聞き、仮に基礎が揺らいでしまったように思えるとしたなら、
それは自身の心が生み出しているものですから、批判と悪口は区別して考えなければならないと考えています。
323名無しさん@おーぷん :2016/05/05(木)16:10:15 ID:yw3
それが病気の症状であれ、例えば臨死体験などであれ、直接体験した人の話がいいんだ
わからない部分を削ぎ落としながら、なんとか理解できるように解釈したくなるのは聞く側の常

書く側は体験の中の多次元多重な内容を文章にするのは大変だろうけれども
楽しみに読んどります
324名無しさん@おーぷん :2016/05/06(金)22:24:32 ID:7Jd
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/occult/1461163039/

このスレ主も似たような体験をして、それによって病気になったと感じてるみたい
転載されたまとめのコメントにちらほら書かれてたんだけど
瞑想を本格的にやるとこういう体験を一度するらしい
その体験を再び追い求めたり恐怖したりで迷い込む
こういうことがあるから瞑想するなら正しい指導者がいた方がいいんだとさ
325名無しさん@おーぷん :2016/05/08(日)00:51:03 ID:vqK
>>324
この主のブログに書いてあるプロフィールにIQランキング掲載とかやたら書いてるし
このスレ主の文章読んでも数学が得意そう

高IQとか理系に対して憧れ持ってたけど実際にそういう高い思考力があるっていうのは
考えて考えて、考えてる事自体に対してもまた思いを巡らせて精神的に疲れるんだな

出来上がったものを好奇心で読ませてもらうだけの自分は案外幸せ者w
326325 :2016/05/08(日)01:01:50 ID:vqK
×このスレ主
○ここのスレ主
3271◆6KctQgwHqc :2016/05/08(日)01:24:03 ID:oQt
>>323
体験した内容はあまり重要ではなくて、そこから得た事柄が面白いと個人的には感じています。
すみません、文才がないもので・・・
>>324
ざっとですが、拝見させていただきました。
色々な体験をした人がいて、色々な解釈があるのは面白いですよね。
ただ、俺は個人的には「悟り」や「覚醒」はないと考えています。
体験したことは別にスゴイことでは決してなく、体験によって得られた様々な事柄や、
体験を通しての感想を考えることが面白い。
これが俺の実直な感想です。
>>325
統合失調症を発症する以前、俺は数学はちょっと苦手でした。
今も苦手であることは変わりないのですが、発症以前より理解できるように感じるのはちょっと不思議です。
余談ですが、興味本位でIQテストをしてみましたがIQ125の先はエラーになってしまいました。
3281◆6KctQgwHqc :2016/05/08(日)01:33:37 ID:oQt
と思ったらローマ字で打たないといけなかったんですね。
それはともかく、書くのに時間がかかっていて申し訳ないです。
329北角 :2016/05/09(月)00:55:37 ID:aVY
1さんはあくまで冷静に、客観的に分析しているからこそ
1さんを1さんたらしめているのだと思います。
悟り とか 覚醒 とかというのはこれまたあくまで言葉。概念で、
ある系統の話で言えばその様な状態だと言えなくもない事態であり得るのでしょうが、
1さんは偏らずに一般に語ってくれている感じなのだろうと思います。
330名無しさん@おーぷん :2016/05/09(月)01:18:41 ID:D3L
>>322
多様性の海ってそうなんだね。そうなんだ。
本当、こんなにも意図が正確に伝わらないって大変ですねw
何人貴方の解釈についてこれてるんでしょうかね。

それって正解出す側が・・・っと、小難しいことを考えてらっしゃる貴方なら・・・



ま、無理かw
331北角 :2016/05/09(月)01:20:30 ID:aVY
それにしても、これはただのボヤキだけど
人間って何なんだろね。哀れなもんというか。
単細胞生物は意識と呼べるものを持ってるかどうか
わかんないけど
ただ性のまま行動することが全て
人間も大枠ではそれはそうなんだろうけど
知能がありすぎて己のことや
己が存在する世界のことまで考えてしまう
己でありながら己を外から己を離れて考えてしまう
原始的な本能も有しながら
偏りすぎて本能面を疎かにすると
紹介のあった掲示板の人みたいに磨耗してしまいうる程に
恒常的にこの世界を推察できるのはPCとかのプログラミングとゆうか
人工知能とかでしか無理なのかもね。
考え方によってはAIに導き出させた世界の姿を
受け取ることも人間の脳によってもたらされた成果に
なるのかな。
それを我々人間がそのまま理解や認識できるかどうかは別として。
どこまで人間が進化していっても
生命体として己を維持していく程度の本能を持っていない限り
前提が存在しなくなる訳だから
本当の世界の有り様がその目的に対して矛盾する様なら
その認知なりは事実の壁になるだろうし。
生き物として悟りなりの究極の認知を得ようとしても
そこには限界がある可能性があるんだな。
事実を逆にファンタジックに、物語的に一線を置いて見ることしか、
でも1さんが言葉では説明できないと書かれてる感じからすると、
実感なり体現でしか出来ないようなものが
この世界の有り様だとすると、
特殊な状態でない、
一般の我々が普通の人間としてそれを
理解することはやはり出来ないのかな、、
332野火 :2016/05/09(月)14:50:31 ID:XF4
>>331
ここでは初ハンドル、いつも感想だけ書かせて貰ってる爺です
北角さん、ほんのわずか、 考える から 感じる 方向へシフトされたら違ってくると思いますよ
上で書かれたレス、「人類」でなく、きれいに「ご本人」の行き詰まりの表現になっとると思うんです
(そんな意図で書かれたのではないと判ります)

思考・思想をしっかりと探究されてきとるのだから、あとはもう片側、
言葉にならぬ「感じる」方向にね、まだ見ぬ広い世界が広がっとるのです
ぜひ探究されたらいい
思考のように明解でない、他者に説明もできない、言葉にならんからスレも立てられんが(笑)
すべての答えはそちらがわにあるのです
333北角 :2016/05/09(月)20:03:09 ID:aVY
なるほど、、
僕は昔っから頭良くないのに頭でっかちだとよく言われ
自分でもそう思います 笑
感じる、、、
突っ走らない程度に感じて生きていこうと思います^^;
334名無しさん@おーぷん :2016/06/05(日)18:20:50 ID:kpG
スレ興味深く拝見させていただきました。
1さんの体験を理解する一助になるかも知れないと
思い書き込ませていただきます。

この世界は存在論的数学で記述できるという考えがあります。
世界はカオスではなく秩序だっている事実から、何らかの
法則に則っていると考えることと同様な見方です。

この法則を記述するものとして数学が最も適している思います。
どのような数学でも良いというわけではなく、公理である
前提条件は、理由付けされた無理のない条件が必要になります
(存在論的数学)。
335名無しさん@おーぷん :2016/06/05(日)18:23:28 ID:kpG
抽象的な話からすると理解しづらい部分があるため、どういった
考え方か例示します。

Q1.この世は無でなく、なぜ有なのか?
無は簡単に書くと以下の2種類があると思います。
①存在自体が無い:存在自体が無いため、有にはなり得ない。
②結果として無い:0=1-1のように、有である1が互いに相殺して結果0である状態。
※ここで0は実在しているのではなく、互いに相殺しあう有の中間にあるということ
で、概念的な記号です。
つまり、Q1については②の状態であれば、無=有は成立するということになります。
336名無しさん@おーぷん :2016/06/05(日)18:24:11 ID:kpG
Q2.②の状態はどのように表現されるか?
ある0の回りに有が完全に相殺している場合ですが、この有はどのような構造
を持っているかということですが、ある数が0の回りに存在する場合、
その数が他の数より0に対して優位性を持つことを考えることは無理があります。

また、この数とは方程式を解くために必要になった、虚数を含む複素数であると
思われます。この複素数=a+i*bを0を中心として幾何学的に図示すれば複素平面上の円
となり、これは有名なオイラー方程式です。
これがQ2を表現するものであるということです。
337名無しさん@おーぷん :2016/06/05(日)18:24:52 ID:kpG
ここで、1さんが書かれていた、波が現れることになります。
Ae^(ix) = A{cosx + i*sinx]
また、フーリエ変換、逆変換により、波数空間⇔時空間の変換が行えます。
実数軸を空間、虚数軸を時間に対応させると時間と空間は同一のものと言え、
時空の外側に波数空間が広がると理解しても良いかも知れません。
これも1さんの体験談と符合しているので興味深く感じた次第です。

このシンプルな方程式が世界や我々を構成する基礎であり、様々な事象が
ここから生まれるのだろうと推測しておりますが、まだまだ勉強中のため
あまりまとまっておりませんことをご容赦ください。
これらはとある本にもっと深く記載されております。
338北角 :2016/06/13(月)23:11:54 ID:kOI
オーバーヒートだったんだな、、
そこで生きる人間が快適に過ごせるためにあるのが社会のはずなのに、
快適さを増すためのツールでしかすぎない、資材的な豊かさを生み出そうとし過ぎるあまり、
快適さの享受さでもあるはずの人間が磨耗してしまっているというアンバランスさがある。
本末転倒だ。矛盾だ。
未来の富を得るために我が身を削って
富の享受者である己を消してしまっている
それはミスだ
3391◆6KctQgwHqc :2016/06/15(水)23:55:48 ID:nDZ
>>334-337
興味深い話題をありがとうございます。
この考え方について自身の意見を書かせていただきたいのですが、
今はぽやぽやのぷーなので、後で書かせてください。

ちょっとだけ俺の考え方を書かせていただけるなら、ゼロという考え方も有の一部であり、
その状態は揺らいでいると思っています。
ただ、このゼロにも色々なゼロがあり、幅があると感じます。
ゼロと俺たちが感じているものの内、不確定な次元軸にも質量とは生じるものなのかも知れません。

ただ、そうなると、物質も空間も、そして空間と同じである時間にも、不確定性と確定性があり、
それらは必ずしも局所的ではないのかも知れません。
340334 :2016/06/20(月)19:54:31 ID:EBE
>>339
コメントありがとうございます。

>>335
で記した②であらわされる0には幅はありません(存在自体が無いため)。
ただし、②は全体として0を厳密に満たす必要はあるものの、
部分的には”0に見える”ものがあるのだろうと思います。
(全体として0を満たさない関係を許容する=秩序の崩壊を意味する)。

不確定性ですが、波の性質を持つものには、フーリエ変換で結ばれる
二つの変数間に不確定性の関係があることと関係していると考えています。
(例えば、波数が1つの場合、空間では無限大まで拡がる波となり、
逆にある空間座標に対応する波数を無限に足し合わせた場合、
空間座標は一意に決まるということと同義)

確定性ですが、時空は時空の外にある振動数・波数空間が元になっていると
考えると、この振動数・波数空間こそが実体であり、確定性を有して
いると考えられるのではないでしょうか。

ただし、オイラーの公式で示される関係は無限に近くあり(※)、この確定性
を容易に捕らえることができないため、確定している情報に見えないのでは
ないかと考えます。
(※)1つを許容する場合、2つ以上を許容しない理由がないため。
341334 :2016/06/20(月)19:56:09 ID:EBE
>>339
「局所的ではないのかも」という部分ですが、時空の外にあるものが実体で
あると考えると、時空としての広がりは見かけで、大元(時空外)では全て繋がって
いると考えられるのではないでしょうか。
EPRパラドックスで示されるような観測結果はそれを支持するものと思われます
(2つの粒子のスピン状態が光速を超えて情報伝達したのではなく、時空の外では
密接に関連しており、それが時空上では一瞬で片方の状態がもう一方の状態に影響
を及ぼしたように”見えている”ということ)。
※現在の科学では目に見えないものは、無いものと考える傾向が強く、こういった
 考え方は無視されがちなのが残念です。
342名無しさん@おーぷん :2016/06/22(水)16:36:53 ID:Fy7
>>341
EPRパラドックスが特殊なのか、
他のすべてもそれと同じく“外では同一もしくは関連”なのか
考えるとワクワクしますな
3431◆6KctQgwHqc :2016/06/23(木)00:59:48 ID:Rvw
フーリエ変換を俺は理解できないのですが、例えばある種の変数(あるいは理論)に基づいて加工された数値を、
元に戻すための変換器のようなものと考えれば、重なり合っている状態を紐解いて、
逆変換と言うか、異なる相とでも表現すれば、時間を空間と解釈することは理解ができます。
しかし、俺の感じ方はあくまでイメージですから、勝手な意見です。
自身の考え方は、誤りだらけであることを認めますが、自身の不理解を恐れずに書きました。

ただ、俺の勝手なイメージですが、空間と時間は同じものであると同時に、物質もまた同じものと思えます。
なぜなら、空間と時間と総称されるものが同じであるのなら、時間の引き延ばしの原因となる引力とは、
空間を引き延ばさない代わりに、時間を引き延ばしているように感じるためです。

「空間の引き延ばしにより、そこを通るために時間がかかる」という考え方について、俺は疑問を感じます。
むしろ、空間の引き延ばしの矛盾を時間へと変換し、存在確率が高まった領域に「情報」が与えられ、物質が生まれる、
このようにも思えます。

ゼロについては、俺は数学と実際をごっちゃにして考えてしまいます。
数学的な「ゼロ」が完全な無であると考えた場合、そこには何もありません。

しかし、指摘の通り、
>部分的には”0に見える”ものがあるのだろうと思います。
>(全体として0を満たさない関係を許容する=秩序の崩壊を意味する)。
とは、俺の言葉を理知的に表現していただいた言葉であり、
俺たちの目からはゼロに見える状態、物質を空間に置いた場合の質量というケースにおいて、俺はこれを時空と表現しますが、
俺たちから見た「ゼロ」にも、仮に広がりがあるのだとしたら、そこには質量が生まれているかも知れず、
存在確率において、この宇宙では完全な「ゼロ」は存在できないのかも知れません。

それ故に、
>不確定性ですが、波の性質を持つものには、フーリエ変換で結ばれる
>二つの変数間に不確定性の関係があることと関係していると考えています。
という考え方には同意します。
3441◆6KctQgwHqc :2016/06/23(木)00:59:58 ID:Rvw
けれども、
>確定性ですが、時空は時空の外にある振動数・波数空間が元になっていると
>考えると、この振動数・波数空間こそが実体であり、確定性を有して
>いると考えられるのではないでしょうか。
この考え方には一部同意しますが、自身の体験を根拠とする脆弱な理由となってしまいますが、
周波数帯的な解釈が、必ずしも確定性を有した実体(実体として認識されている総合的な状態)であるという考え方には、
疑問に思う所があります。

この世界は、この世界というステージの上に成り立ちます。
俺も、ここにある時空とは、時空とは異なる、俺が個人的に言う所の「成りて成るもの」の周波数帯の一部であると考えてしまいますが、
波と、その高い出現確率に与えられる「情報」とは、異なるものと思えます。

しかし、これは不可思議な疑問を、自身の体験に基づく疑問と併せて、俺に思わせます。
この関係性は、あたかも「1つを受け入れるなら、2つ以上を受け入れない理由がない」という言葉に似ています。
いや、そもそも、俺たちが認知しているすべてのモノが、1つ2つという解釈にあるべきなのか。
仮に、すべてが周波数であるとしたら、すべては「無数に見えているだけ」なのかも知れません。

この疑問は、
>「局所的ではないのかも」という部分ですが、時空の外にあるものが実体で
>あると考えると、時空としての広がりは見かけで、大元(時空外)では全て繋がって
>いると考えられるのではないでしょうか。
という、あなたの考え方と結びつきます。
しかし、その大元とは俺は必ず「この宇宙内で観測可能なもの」と考えます。
なぜなら、隠された変数が宇宙という壁の裏側にあるとしても、秩序性に外的な過干渉は想定できず、
あるとしたなら、宇宙の加速膨張だけであるためです。

EPRパラドックスは、確かに「すべては同一である」として見えてしまいますが、
俺は「距離や時間など見せかけである」と考えています。
いや、この表現は正確ではなく、距離や時間(として認知される速度的現象)は実在し、
それらは、俺たちが考えているXYZ軸とは異なる別の軸線上で起きているように思いますが、
これは、あなたが言う「時空の外側」という考え方と合致するように感じます。

しかし、そうなると不可解な疑問が浮かびます。
俺は上記で「この宇宙内で観測可能なもの」と考えました。
この世界に干渉するものは必ず現象として現れます。

これは俺の勝手な考え方ですが、俺たちが認知する「距離」における遠近法すらも、
この時空の外側のもの、俺たちがいいる4次元「空間」において、一つの自然な現象なのかも知れません。
345名無しさん@おーぷん :2016/06/23(木)15:47:28 ID:Rii
地元鳥取の大手企業の精神分裂病患者の社員には大迷惑したよ。
  ↓
僕は週刊誌で「週休4日制の会社出現!」とか「休みが多い会社」
と騒がれている鳥取市のリコー工場に、週休1日制の時給の安いアルバイトに行き
無断欠勤などをして不真面目に働いて辞めた。

その後、待遇がしったかりした中小企業に夜勤の工員として就職して、皆勤手当てをもらいながら
仕事を休まずに真面目に働いていると
「僕が仕事を休まないのは、「休みが多い会社」(リコー)に対する”報復”」とリコーに加害行為をした
というサッパリ訳の分らない理由で中小企業を解雇されたΣ(゚Д゚;!?!?

精神分裂病患者のリコー社員が、「週休4日制報道」の影響で
地元の異端児(変人)僕に支離滅裂な被害妄想を抱き
本来正常な他のリコー社員も週刊誌報道の影響で、心理がゆがめられているせいで
精神病患者の被害妄想を本気にし、僕が加害者にされたのでは?・・・

詳しくは参照
http://www.geocities.jp/ax7nx/
346334 :2016/06/24(金)01:17:45 ID:YkP
>>343
フーリエ変換についてのイメージはそのようなもので良いと思います。

詳細は省きますが、オイラーの公式とフーリエ変換から時間-空間上の速度=1
となり「光速度不変の原理」が、また、この時空上の速度は単位円のオイラー
サークルで表現され、空間を進む速度をvs、時間を速度をvtとおくと、時空上の
速度(絶対値)は
vs^2+vt^2=1^2(=c^2)となり、以下のように書き換えることでローレンツ因子を
導くことができます。
c/vt=1/√{1-(vs/c)^2}
ここで右辺は有名なローレンツ因子(γ)ですが、相対性理論や電磁場(簡単に光
といいます)でも登場します。

今、vs=cosθ、vt=sinθとする場合、
①θ=0の時、vs=1(=c), vt=0 (空間を光速で進む。時間の進みは0)
②θ=π/2(90度)の時、vs=0, vt=1(=c) (時間を光速で進む。空間の移動は0)
③θが0とπ/2の時、vs=cosθ、vt=i*sinθ(空間、時間上の速度は光速以下)

①が日常観測する光、②が観測できない時間上を進む光、③が物質を構成する
光だと考えられるのではないかと思います。
よって1さんが言うように、空間と時間、物質は基本的には同じものであり、
それぞれが持つ状態が違うのだと、とらえられるのではと考えています。
347334 :2016/06/24(金)01:18:52 ID:YkP
>>344
確定性の部分ですが、少し表現が難しくうまくまとめられていませんが、
以下のようなイメージで考えています。

まず、知識、情報には、
静的=オイラーの公式のような不変な関係(情報の担い手、キャリアー)
動的=複数の静的情報から構成される複雑な情報(意識・無意識、時空のホログラムetc)
      (キャリアーで運ばれる情報・コンテンツ)
があると思っており、静的な関係は観測不可であり絶対不変な真理。
動的な関係は、背後にある原理原則は確定的ですが、そこにのっている情報は、
最初は非効率で無駄が多く確定性に気づいていない状態。
ただし、徐々に進化、最適化され最終的に全ての数学的な関係を「知る」状態に到達する
ようなイメージです。
以前のレスでもありましたが、「成りて成るもの」を目にした時に、まず上の話を
思いました。

私は、観測=解釈であって、観測によって”そのもの自体”を知ることは出来ないと
思っています。空が青いということを盲目の人にどう伝えるかを考えれば想像しやすい
かと思います。ただ、全く荒唐無稽というわけではなく、背後にある真理の一端を
情報処理し、理解できる範囲で解釈するのだと思っています。
しかし、真理自体は、永遠に不変なものであり、解釈に依存しない、理性・知性でのみ
「知る」ことが可能なのだと思います。
348名無しさん@おーぷん :2016/06/25(土)22:02:41 ID:HvW
昔ニューエイジ系の話で読んだような話ばっかりだと思った
349名無しさん@おーぷん :2016/07/02(土)20:00:36 ID:hvO
よー氏もこれ経験したんかな
350北角 :2016/07/16(土)15:12:09 ID:EeY
難しい
351北角 :2016/07/17(日)12:08:47 ID:rvG
意識自身が意識とは何かを解明することなんてできないのかな
352名無しさん@おーぷん :2016/07/17(日)21:18:45 ID:Zy5
「意識」って概念も、実は曖昧だぞ。

最近、コンピュータ技術の発達で、AIが実現可能な領域に入りつつある。
その仕組みは人間の脳をシミュレートするような動作をしている。 脳細胞を模した多数のノードが平面的なレイヤーを構成し、
そのレイヤーが数枚重なって各レイヤー間を信号が流れると言う構成になっている。 入出力信号によりノードの関連性に重み付けが
行われて、繰り返し似たようなデータを与えることで、この「重み付けの強化=学習」ができる。 これによりAIが物事を覚える仕組みになっている。
(ディープラーニングという方式らしい。最近googleで絵を描くAIが発表されたが、あれがこの方式の一例)

その研究の中に連装記憶実験ってのがあって、AIが過去行っていた動作とか、見たものから別のもの(音楽とか言葉とかセンサーの触覚とか)を
連想的に思い出させるものらしい。 ミカンの画像を見せて黄色という「単語」、空という単語を入力して飛行機という「画像」を連想させる、という具合だ。

これは人間が「意識的に」物事を考える事に良く似ている。 思考とは、ようするにこの実験内容がより大規模・複雑化したものでは
ないかと思われるからだ。 そして「考える」事が、自己を自己として認識する部分だからだ。

さて、ここまでをふまえて、もう一度「意識」を再考察すると、中々恐ろしいものがある。
我々が普段「意識」として認識している部分は、実はこの連想記憶の動作によるイメージの出力部分・・・つまり演算結果なのではないだろうか?
その演算結果(意識)を生み出す裏側には、実は膨大なノードとレイヤーが存在していて、その部分こそが「真の意識」なのではないだろうか。
353名無しさん@おーぷん :2016/07/17(日)21:47:02 ID:vwD
それは言うまでも無い事だろ
自我や意識というのはソフトウェアに過ぎない。脳のハードウェアそのものではない。
その証拠に多重人格になったり、逆に人格荒廃に至ったりする場合もあるし、自我は常に一つでもその内容は随時書き換わっている。
自我や意識は、この60兆個の肉体を支配する最高権力者であると自認しているがそれは大きな間違いで、
その意識とか自我と呼ばれているものを作り出して退屈な日常のルーチンワークを行わせることで使役し、
時々直感等の形で指令を送ったり、または自我を押しのけて直接肉体を操作したりするより上位の存在が脳の中に居る。
354名無しさん@おーぷん :2016/07/17(日)21:49:52 ID:vwD
その存在は自我や意識ではたどり着けないような記憶の奥底も全て見えているし、
自我や意識のありとあらゆる全ての行動を評価しているし、自我や意識ではコントロールできない領域をコントロールしているし、
自我や意識がアクセスできない能力を自由自在に使いこなしている。
355北角 :2016/07/18(月)11:44:03 ID:Oa4
思考回路的な意識が高度な反射や連鎖反応的なものであることはわかるんだけど、
俺がずっと知りたいのは意識を感じている、受け取っている存在そのものが何なのか、
ってことなんです。
意識と定義されるものが発生したとして、
それを感じている、味わっている自我、もしくは個々の自分でも我個人でもないであろうその主体なんどす。
356北角 :2016/07/18(月)11:46:17 ID:Oa4
鏡なくして自分を見れないように、
自我そのものを我々の主観を通しては認識し得ないのだろうなぁ、と。
357334 :2016/07/18(月)18:16:58 ID:49x
>>355
ここは仮定になりますが、
意識や無意識は、複素平面上の無限にあるオイラーサークル
で構成される関数ではないかと思うのです。

この関数は、ある入力に対してある出力を行います。
当然、一見不合理な出力をする関数もあれば、合理的な出力を
行う関数もあるのだと思います。

この関数は無数にあり、先に示した"0"の中で統合されていると
考えています。これを実現するのがリーマン球面で示す北極点
ではないかと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E7%90%83%E9%9D%A2

この0点が意識、無意識の器である魂(不滅)であり、より原始的
な関数が無意識、高度に複雑化した関数が意識だと考えられる
のではないでしょうか。

意識がさらに高度化し無意識領域がどんどん意識化されていく
極限において、意識は完全に覚醒した状態の意識状態となると
思います。この状態では常に合理的な出力が可能な最適化された
関数のみで構成され、主観が客観に置き換わった状態ではないか
と思います。

そして、この状態は魂によって早い遅いはあるにせよ、ある
1つの知性体だけが実現するものではなく、全ての魂が最終的
にこの状態に遷移(=進化)するのであり、全魂がこの状態に
なったときに、宇宙の1つのライフサイクルを終える(=ビッグ
クランチ)のだと思います(その後、またビッグバンを伴って
全ての魂が最も原始的な無意識状態として宇宙が誕生する)

というのも、先の複素平面で構成される情報システムは全体
として0であるため、この0の情報システムが他に存在すること
を制限するものが無い以上、無数に存在可能であり、それぞれ
は独立した系(=自由意志)をなしており、無数の魂が存在する
ことを許容すると考えられるからです。
最終状態では全て同じ意識状態(全ての系の関数系が最も最適な
状態にあるため、必然的に同じになる)になると思われます。

独立した系と上述しましたが、その他魂からなる波動の干渉
が時空上にホログラムとしての共通世界(我々が普段観測する
物質世界)を構成することから、間接的に他の魂との相互作用
があると考えられます(=フィードバックループ)。
358名無しさん@おーぷん :2016/07/18(月)19:16:11 ID:5zn
ああ、愉しい
いいぞもっとやれー(懇願)
359北角 :2016/07/19(火)01:04:55 ID:q5t
回答ありがとうございます。
いつもの如く特に理系の内容は妄想程度にしか
想像できませんが、
書いて下さった内容が私が知りたかったことをしっかりと
突き止めてくださっているようで感激です。
何か、きっとそんな感じなんだろうなと納得させてもらいましたm(_ _)m
宇宙?空間が発生した産物としての意識や魂というより、
その発生そのものに関与しているということが、
意識とエネルギー 熱 物質的要素を分かつのでなく、
同定義 同分類のくくりとして存在しているということが
私の疑問をクリアにしてくれる概念でした。
魂要素が唯一、でなく、不確定に一つであったり
混じり合ったり干渉し合いつつ
あくまで最終的にもしくは最初的に共通しているということも
私のブレていた考えに大きな導きを与えてくれました。
細分化された人それぞれであったり
形態の異なる昆虫や
細胞
有機物無機物
それぞれが距離的にと言えるような位置で魂として離れ、
しかし根本を一にするということに理解できました。

もうその答えも書いていただいているのかもしれませんが、
魂とは何なのか、ということには興味がつきません。
再度読ませていただいたり、引き続き考えてみたいと思います。
360北角 :2016/07/22(金)23:50:17 ID:KI5
昔NHKの科学番組で外人の博士がしゃべっていたのをふと思い出しました。
宇宙がある意味同じ空間に、同位置的に無数に別次元として存在し、
基本的に干渉し合うことなくそれぞれ活動している。

ふと、魂が収束しビッグクランチを迎えるとの話を読んでいるときに思ったのですが、
仮に人間一個人を一単位とした場合に、
意識や魂が広がり?全てと同化し取り込み、
それが究極の生の理解なのか悟りなのか
はたまた死なのかはわかりませんが、
統合もしくは全てへの広がりの状態に達した時、
それは魂としての究極の状態となり、
そこで定義されていた宇宙なり次元というものも
終わりなのか次の状態に向かうのか、変化を迎えるのではないか、と。
この場合、ある一個人がそうなったということならば、
他者にとっては変わらない世界が限定的には続いており、その世界は影響を受けないと考えられるのですが。
他方で、一個人にとっては世界が変容しているのですから、
その個人と他者は融合であったり収束を迎えているとすれば、
その個人の宇宙においては、個人が他者の世界に影響を与えうるのではないか、という疑問が沸きました。
個人が究極的に死なりを迎える程の極端な状態にならない場合でも、
例えばある特定な考えや意識の状態を発生させたり、
もしくはその様な状態になった時に、
少なからずとも何かしらの影響をその個人にとっての
他者に与えうるのでは、ということです。
361北角 :2016/08/04(木)11:55:07 ID:pS9
休みだけど暑くて外に出る気が竹刀
362北角 :2016/08/19(金)00:49:51 ID:6QD
(c_c)
363名無しさん@おーぷん :2016/08/26(金)16:59:40 ID:ecd
全体食とかいいかも?
364名無しさん@おーぷん :2016/08/27(土)06:45:00 ID:2mL
人類補完計画か
365北角 :2016/09/12(月)22:50:51 ID:xkB
じんるいほかんけいかく?
366北角 :2016/09/30(金)00:07:35 ID:akJ
(@_@)
367名無しさん@おーぷん :2016/10/13(木)20:25:45 ID:OYS
そして誰もいなくなった。

1さんがあまりにも不誠実なのでみんな呆れていなくなった。
368名無しさん@おーぷん :2016/10/13(木)20:26:33 ID:hoP
http://youtu.be/ZIhEdpiu9e8
369北角 :2016/10/14(金)00:41:50 ID:GIU
シュールな野球の貼り付け
370北角 :2016/10/14(金)00:54:31 ID:GIU
現代の日本人は理詰めのシステムで構築されたケイザイというものの為に、生身の自らを奴隷と化してしまっている。
日本に経済という言葉が産まれた段階では経世済民として人間を豊かに、幸せにするための概念だったはずなのに。
実体はないのに生身の我々が支配されてしまっている。
俺は何も深く考えずただ楽に生きたいだけだから愚痴を言っているだけだけれども。
371名無しさん@おーぷん :2016/10/14(金)11:51:11 ID:ZgA
俺、最近は人間社会のこと と 自然のこと が同じに感じられますよ
頭んなかで思考がふるいにかけているだけかもしれません
これは自然、これは人間、…なにしろ俺らは自然じゃあないからな(自慢)ってね
蟻の巣の複雑さと、電信柱に違いがあるや否や?
372北角 :2016/10/17(月)22:38:58 ID:dTv
違いがあるとしたら、知能から派生したループ的な文明というシステムじゃないかな。
人間以外の生命が過酷な状況で生き抜く必要があるのは明らかなんであって、より容易に生きる為に知能なりを使えるはずの人間が、自身の作り出したシステムによって優先項目を見失い得る事がある、という意味で。
人間、でありことさら今現代の日本社会について、ということの発言として捉えてもらえると。
373北角 :2016/11/03(木)18:40:29 ID:S91
ʕ⁎̯͡⁎ʔさすがにもう終了かな。
1さん色々ありがとうございました。面白かったです。
どうぞご達者で。
3741◆6KctQgwHqc :2016/11/24(木)00:34:10 ID:hwZ
私生活での大きな変化があったので書き込むのが遅れてしまいました。
ごめんなさい。
>>346
俺は数学的ではなく、体験の中でイメージとして「知った」ので、
頭の中で理解して(いると自分が感じて)いる概念は、とても単純なものでした。
質量を持つ物質を動かす力(そこに止まろうとする力)は、別の軸に分散されてしまうので、
仮にそれを「次元」と表現するなら、別の次元へ分散された力と、質量の総和が「エネルギー」です。

俺のイメージでは、エネルギーから物質を生成するとしたら、一部が質量として空間を形成し、
これは物質が物質になる前の状態が、物質の周囲に広がっている状態であり、
これは別の次元へと広がった物質が、空間を形成していると思えるものです。

仮に「時間」という存在しない軸を想定した場合、すべては時間軸、
言い換えるなら4次元を限界速度で移動しています。
質量がない光子は、この限界速度で移動できますが、質量があると4次元の移動速度は、
3次元方向へと逃げてしまいます。

すると、「時間」と表現される軸方向へと移動は遅くなり、
そこから放出された力はXYZ軸へと広がります。

エネルギーの総和と、物質と質量は同じであり、これらは時間とも同じもの、
これが俺の感じたイメージを、出来るだけ簡略化して文字に書き出したものです。

質量は空間を生み出しているように思えましたが、空間そのものを広げたり縮めたりすることはできず、
これは「半物質」の広がりでしかありません。

では、空間とは何かと言えば、時間軸への1次元方向への広がりであり、
それは、空間上で時間軸への移動速度を消費する質量のように、
別の次元から放出されたエネルギーが生み出しているものである、
このように思えました。

しかし、これは奇妙なことです。
なぜなら、「時間」から放出された力がXYZ軸へ放出されているのなら、
空間を形成するXYZ軸を生み出す3次元分の力が、どこからか供給されているということになるからです。

ここからは、このような感じで、自分の体験から得た(と俺が思っている)情報を書き込んでいきたいと思います。
375名無しさん@おーぷん :2016/11/24(木)00:47:31 ID:JBZ
>>374
ぜひ頼む 楽しみにしとります
3761◆6KctQgwHqc :2016/11/24(木)21:58:48 ID:hwZ
空間と時間は同じもの、俺はかつてこのように書きました。
そして、時間というものは存在しないとも書き、物質と空間は同じものとも書きました。

物質として「そこにあるモノ」と、物質がない「そこに広がっているモノ」、
これを結びつけているものは、俺たちが時間として見ている1次元、
この次元が生み出している曖昧さ、言い換えれば確率であると感じています。

この確率とは、>>374で書いた「時間軸が持つエネルギー」と似ていますが、
あえて言葉にするとしたら
「時間軸のように、3次元では認識できない1次元のエネルギー」
というニュアンスになります。
ここでは利便上「確率軸」と表現します。

曖昧な確率として物質は、例えるなら波紋のように空間へ広がり、
「実在」と「非実在」の重ね合った状態で質量の領域を構成し、このエネルギーが時空を形成している、
つまり、重力とは単一の場が生み出すものではなく、物質を構成する多様な素粒子たちが織りなす、
「集合的な場」であるというのが俺の感想です。

空間は「実在」と「非実在」が溶けあったスープのようなもので、
ここの存在確率は不安定に「非実在」であり、そこに揺らぎとして存在しています。
しかし、確率軸が持つエネルギーが放出され3次元に現れると、それは「実在」となり、
3次元に広がっていた波紋の状態である「非実在」から、3次元軸における局所性を得て「実在」に転じます。

人の意志や観測結果によって、確率が変化するというのは、個人的な言葉で言い換えることが許されるなら、
確率軸のエネルギーが高い場所に対して確率は引き寄せられ、確率軸が持つエネルギーが3次元へと放出されるだけ、
このように考えています。

確率軸はエネルギーを放出すると、3次元では存在に、
時間軸はエネルギーを放出すると、3次元では物質に、
3次元ではXYZ軸は物理的な移動のため、局所的な状態というイメージです。

俺たちは「時間の箱庭(牢獄)」にいるのではなく、「空間の楽園(牢獄)」にいて、
遠くに離れていれば、それが手の届かないものであるのだから、因果性を定義することは困難だと感じてしまいます。

けれども、確率軸も時間軸も、おそらく「空間」「物質」「時間」「確率」が織りなす波の一部であり、
同時にすべて同じエネルギーであり、そして、これらはすべて見かけの境界である、
これが、俺が体験の中で「知った」こととなります。
3771◆6KctQgwHqc :2016/11/24(木)22:01:15 ID:hwZ
俺は体験の中で「死後の世界」とも形容できかねない場所を目撃しています。
おそらく、それは俺が見た幻視であって、実際には「死後の世界」はないのかも知れません。
しかし、ここから書く出来事は、非科学的なものを信じない自分にあって、
確かに自身が体験した出来事であり、ここからは、2つの体験を書きこませていただければと思います。

1つ目は、題して「猫の遠隔作用」です。
俺は猫を飼っているのですが、その猫が家を脱走してしまったことがありました。
その猫は隣家の空家から救出したのですが、その際に極めて不可解な体験をしました。

俺が猫の名前を呼んでいると、玄関先に黒く緑色の目を爛々と輝かせた、
おそらく猫であろう影がありました。
その影は踵を返すと、玄関マットを蹴って壁に向かって走り出し、
動いた玄関マットと共に、壁の前にあった蹴りスリッパ置きが壁に激突しました。
(俺には、スリッパ置きが数十センチほど浮き上がったように見えました)

これは一見すると奇妙ですが、考えてみると玄関マットによってスリッパ置きが転倒しただけ、
玄関マットを動かした力場がどこから生じたのかは説明しづらいですが、
もしかしたら、玄関マットが動く要素が元々あり、偶然に複数の力が強い力となる方向へ働いた、
決してこのように説明ができないわけでもありません。

2つ目は、題して「浮遊する懐中電灯」です。
夜、自室で仕事をしてトイレに立った際、ドアを開くと視界全体が白や灰色の光につつまれ、
その中心に光源であろう球体のようなものを見ました。

懐中電灯を眼前に近づけて点灯した時のような感覚、
しばらく視界が奪われ、その眩しくない光を取り払おうと右往左往していると、
唐突に視界が戻りました。
目の前には母がカーテンの隙間から庭先を覗いており、一体何をしているのかと聞くと、
「懐中電灯のような明かりが空を飛んでいた」と奇妙なことを言うのです。

しかし、俺が見た光源もまた懐中電灯のようであり、その先にはカーテンの隙間がありました。
整理して都合よく状況をつぎはぎにすると、母が懐中電灯のような光を見て、
覗いている横から、その懐中電灯のような光が俺を照らし出した、ということになります。

これは一見すると本当に懐中電灯のような光が俺を照らしたように思えてしまいますが、
その光源と思しき場所には銀色の釘山がありました。
俺はその時にスマートフォンを持っており、LEDライトが付いています。

何らかの誤操作でLEDライトが点灯し、釘に光が都合の良い角度で反射、
それが自分の目に丁度良い角度で入り視界を奪ったとすれば、
白くあまり明るくない光は説明できるように思います。
3781◆6KctQgwHqc :2016/11/24(木)22:02:44 ID:hwZ
これらの2つの体験において、それぞれには確かに不可解な事実が残ります。
俺が見た黒い猫の影、母が見た空飛ぶ懐中電灯のような光。
これらは「幻視」「母が見た幻覚」として置いておくとして、

2つの体験に共通するものは、
「非常に考えづらいが、様々な確率的な要素が重なり合い、不可解な体験を作り出している可能性」
というものです。

この宇宙にある限り、物理法則や様々な現象、まだ未発見の何らかの出来事によって、
すべての事象は生じています。
仮にオバケが実在すると仮定した場合も物理法則に逆らうことはできず、その存在が電荷を持たない場合、
何らかの別の力で物理的な力場を生み出し、電荷のあるものに干渉しなくてはなりません。

自身の奇妙な体験を考えると、これらの現象はあたかも「確率」を操作した人ならざる者が、
俺たち肉体を持つ者に干渉しようとした痕跡のように思え、
少々気味の悪い気持ちでもあります。

しかし、風が吹けば桶屋が儲かるという喩えのように、事象因果が結びつかない様々な境界に対しても、
すべての出来事は、あたかも無数の歯車のように噛み合い、せめぎ合っているのなら、
不本意ながら、俺の知ったことの一つである「空間や距離は見せかけである」という考え方と似ているように思えます。
379北角 :2016/12/04(日)10:11:25 ID:BJQ
今日ようやく発見!
こっちにこんなに書き込んでいたとは!

もう文章を目で追うことしかほぼできない内容だけど、、T_T知識と理解力がほしい、、

エネルギー、、、思考回路というか、「考えたこと」も電気的エネルギーに絡みうるとしたら、その考えた内容、ニュアンスって周囲に反映されるのかな、、

それにしても、俺たちが生きていると思しきこの世界の不思議さ、意味わからなさ 笑
380北角 :2017/01/29(日)00:23:52 ID:1hi
♨️
381名無しさん@おーぷん :2017/02/06(月)23:37:26 ID:hBe
いまこれみてるやついる?
382名無しさん@おーぷん :2017/02/13(月)17:51:17 ID:gIe
いるよー
383北角 :2017/02/13(月)23:47:41 ID:9DV
半月ぶり見たよ
384名無しさん@おーぷん :2017/02/14(火)00:36:22 ID:EFY
見ています
3851◆6KctQgwHqc :2017/02/17(金)20:21:06 ID:dTC
ここからは、ちょっと書き方を変えていきたいと思います。
考え方も少し変えて「病気のことも気にしないで書くけど、空気を読んで書く」というスタンスにして、ありのままを書く方針に変更します。
(コロコロ変わってしまってごめんなさい)

今までも何度か書いていることですが、私は基本的にスピリチュアルを信じません。
信じていないスピリチュアルを体験する、これは不条理なことですが、さらに不条理なことは「信じていないのに、分かったと感じている」という点です。
この不条理に抗いたい私は、これをイメージのままに世界の構造的なあらましとして表現しようと試みましたが、難解な内容となってしまいました。

なぜ難解になってしまうのかと言えば、答えは単純で「直球を投げるより、変化球を投げる方が難しい」の一言です。
書けば書くほど、自分が伝えたい内容から遠ざかって行く本末転倒な事態になっていました。

スピリチュアルを信じている方々を批判するつもりはありませんが、やはり私はこの感覚を迎合することはできません。
しかし、伝えたい内容に辿り着くには、表現が難しいのですが「スピリチュアルっぽい書き方」と言えば良いのか、つまり非反証性的な書き方をしなくてはなりません。
3861◆6KctQgwHqc :2017/02/17(金)20:22:37 ID:dTC
■スピリチュアルとは何か

◆1.はじめに
私は基本的に、生命活動を終えれば人間の意識は消失し、霊魂も死後の世界もないと思っています。
このように文字にすると何とも悲しい生き方をしているなと自分でも思いますが、これが私の考え方です。

しかし、統合失調症を罹患した際に体験した事柄は、私の考え方と真っ向から対峙するものでした。
12の構造、1つの始まりの複数性、宇宙との一体感、自己の内側と宇宙の外側等々。
これらはどう否定しようにもスピリチュアルの他の何物でもないでしょう。

望んでもいないのに「神秘体験」とも形容できる体験をするとは何とも不条理な話ですが、してしまったものは仕方がありません。
体験を通して考えた「スピリチュアル」について、ここに書かせていただきたいと思います。
3871◆6KctQgwHqc :2017/02/17(金)20:22:52 ID:dTC
◆2.スピリチュアルは助けてくれない
出だしからスピリチュアルを信じている方々が、顔は笑っているけど目は笑っていない様なことになる表現になってしまいました、ごめんなさい。
しかし、「スピリチュアル」は、積極的には人を救ってくれないことは確かです。
神秘体験をすると「人生が変わった」「生きやすくなった」という方もいらっしゃいますが、私の感想は「まあ、そこそこ」です。
統合失調症になり、自分の終了を垣間見るような体験によって、大抵の事に動じなくなったとも言えるかも知れませんが……

スピリチュアルと表現するより、
「自分より高位の(ように感じられる)存在との一体感を体験した(ように感じた)経験(と当時の自分の脳認知によって記憶した体験内容)」
と言い換えた方がシックリ来るものがありますが、多分、私以外はまったくシックリ来ないと思うので、ここでは利便上「スピリチュアル」という言葉を使用したいと思います。

スピリチュアルは一言で言うなら「捉え方」です。
例えば、「なんで自分は生きているんだろう」と考えたことは誰にも一度はあるはずですが、スピリチュアルはこの考え方に対する答えを様々に用意してくれます。
けれども、今ここにある苦しみをたちまち取り除いてはくれません。
心の落ち込みを回復させてくれませんし、仕事の多忙さを和らげてもくれません。
高位の存在との接触により超人的な能力を身に付けさせてもくれませんし、生き易くする手法も教えてくれません。
未来も教えてくれませんし、人類の精神的な進化も促しません。

けれども、スピリチュアルな体験は「捉え方」を一変させるかも知れません(私は「まあ、そこそこ」でしたが……)。
これは体験に因るものではなく、それによって得たもの、失ったもの、これに起因した病変からの回復、そうした様々な要素が重ね合さり、捉え方が変わります。
「当たり前が実は最高の幸せだった」と感じることや、「今までの当たり前が実は大きな損失だった」と分かること、これは大変な学びとして、私の中に蓄えられました。

体験者はそのことを語りたがります。
私の場合は当初は「統合失調症の恐ろしさと(健常者・罹患者双方の)誤解の払拭」を目的として、その後は「何だか面白そう」な事柄として、自身の体験を書かせていただきました。
体験者によっては、体験内容を霊的なものとして、宇宙人として、あるいは異世界や輪廻転生、神の世界の実在として説くかも知れません。
しかし、スピリチュアルは必ずしも「体験」が重要なのではなく、体験者がどのように捉え、それをどのように伝えたかによって、それを受け取る側の捉え方を変化させるのです。

体験者は各々のステージ上で捉えた結果を語るのであり、それが誰かを積極的に救うことがないのです。
占いや現代科学では説明できない事象等も同様で、受け取る側は「事実」という捉え方としてスピリチュアルを受け取るのであって、結果として「どうするか」を丸投げされているとも表現できるでしょう。
3881◆6KctQgwHqc :2017/02/17(金)20:23:03 ID:dTC
◆3.ステージ
私は良く物事の発生した状況に応じて「ステージ」という言葉を用います。
これを、「自分たちは演者であって、本質は異なる」と深読みしていただくことがありますが、もっと単純に「舞台の檀上」という意味です。
例えば仕事上で「株式会社○○さんへ商品を売り込みたい」と思っている営業担当者がいたとして、商品のデメリットをメリットに変える提案をする場合、これは「営業表現としての」ステージです。
しかし、本質的に商品のデメリットは変わらず、その商品の機能として内在したままです。
けれども、顧客は商品を用いた場合、営業担当者の言葉の通りに利用し、これをメリットと捉えるでしょう。

ステージとは、伝わる場所と捉える場所です。
インターネットの普及により、世界中のニュースを簡単に手に入れることができるようになり、私たちは多くの情報を得るようになりました。
実はニュースや記事も、言い方によってはスピリチュアルに通じるものがあり、「どうすれば良いのか」を論じず、受け手に丸投げしています。
これは決して悪いことではなく、受け手はニュースや記事の内容を各々で捉えることは、このステージの役割です。

ニュースや記事、広義ではブログの記事も含みますが、これが持つ役割は「伝えること(与えること)」であり、そこに意味や価値を見出すのは受け手です。
意味や価値を予め用意することはできませんが、発信側で良く検証され、意味と価値が既に与えられたものであれば、受け手にも発信者の意図が伝わり、意味と価値を共有することができます。
そこに隠された意図があったり、自分の感情の赴くままに書き記すばかりであれば、受け手は反発してしまうでしょう。

発信者(体験者)は、何がどのように伝わって欲しいのか、受け手にどのように捉えて欲しいのか。
受け手は、発信者(体験者)に何を求め、どのように捉えるのか。
これらが取り交わされる場や環境、空間や状態、これらを1つの言葉にまとめて表現したものが「ステージ」です。

このステージの上に広がった多様性の海は、しばしば議論として姿を現します。
3891◆6KctQgwHqc :2017/02/17(金)20:23:15 ID:dTC
◆4.多様性の海
1つのステージの上で取り交わされる事柄の結果、受け手が多数の場合は、その捉え方は様々です。
受け手は個々にそれまでの環境や現在の環境、知識や特技、生まれ持った性格や認知機能等により、捉え方に応じて、多彩な解釈を発信者から得た情報に与えます。
極端な例として、"DOM"という言葉への捉え方で考えます。

システム開発者はDOMをDocument Object Modelと捉え、文書の構造解析手法として連想します。
ガンダムが好きな人はDOMを「ドム」として捉え、モビルスーツの一種と連想するでしょう。
キリスト教に詳しい人はDomとして捉え、修道士の名前として連想します。
航空業界に身を置く人はDomesticと捉え、国内線として連想します。

これは本当に極端な例え話ですが、ただ一つの言葉だけでも捉え方によって連想される解釈は様々であり、それにより与えられる意味も異なります。
コンピューターを信じない人がいたとして、コンピューターを信じる人がインターネットやプログラミング言語について語っても、それは妄想にしか聞こえません。
コンピューターは、その実在を明らかにすることで、コンピューターを信じない人の認識を変えることができますが、体験談や考え方、あるいは死後や誕生前の出来事を語る場合は、その事実を確かめる術はなく、反証することができないため、そこに議論が生じます。
往々にして、こうした非反証性的な事柄に対する議論は「有か無か」という捉え方の違いにおいてのみ語られ、個々の考え方に基づく主張が取り交わされるものになります。

これらの個々の捉え方によって様々な意見が混在したことで、各々の事実が混ざり合ったスープのような状態を、私は「多様性の海」と呼んでいます。
しかし、大抵はこうした多様性の海は「何かの不足」によって生じるものです。

仮に霊が実在したとして、多様性の海から脱するために欠くものは霊体を構成する未発見の物質や媒体です。
電磁気力や強い力、弱い力や重力とも相互作用せず、しかし何らかの力場を生じさせるエネルギーを持つ未発見の物質や媒体があり、仮に何らかの素粒子により構成されるなら「第5の力」以上を想定せねばならず、隠された変数系が宇宙を満たしていることになります。

物質として生きる私たちは、この宇宙における物質というステージでしか物事を捉えることしかできません。
霊の実在を実証するに必要なものは、今はまだ欠いています。
けれども、将来に脳機能のすべてが説明され、そこに「心の重さ」とも言うべきものが不足している結果が導き出されたなら、心の所在探しが始まるでしょう。

その時、あるいはスピリチュアルと科学の融合があるかも知れず、地球人類が感じている知的進化の閉塞感は晴れ上がり、新しい方向へと進むのかも知れません。
それこそ、スピリチュアルで言う「アセンション」に類似するもの、とも考えることができます。
今はまだ欠くものがあることを楽しみ、あまり没頭し過ぎない程度に不思議な世界を探求することは、多様性の海との上手な付き合い方と考えます。
3901◆6KctQgwHqc :2017/02/17(金)20:28:23 ID:dTC
◆5.スピリチュアルとは何か
スピリチュアルは人を積極的に助けてはくれず、各々のステージで多様性の海を生み、それを楽しみながら探求することと、私は書きました。
では、そもそもスピリチュアルとは何なのか、この疑問自体が多様性の海に沈んでいるとも言えますが、私の体験から感想を書かせていただければと思います。

スピリチュアルとは、普通とは異なるものです。
こんなことを書くと「アイタタタ、自分が特別な存在ってことか」と感じられる方もいると思いますが、ちょっと変わった体験をしたことと、その結果である「体験以前の自分なら決して考えなかったこと」は異なります。
普通とは対外的な比較ではなく、対内的でかつ時系列的な比較です。

良くスピリチュアル体験を語られる方は「魂や精神的な成長」と言ったニュアンスで体験の感想を述べられていますが、私の場合は「知った」ことで「まあ、そういう考え方もあるかもね」と言うのが実直な感想です。
最もシックリ来る言い方は、「スピリチュアルは人を助けてはくれないが、捉え方の手助けをしてくれる道具になり得る」で、イライラムカムカしないで一日を平穏に過ごせる気持ちになれるツールと言う感覚でしょうか。
私は根底的には「自分の体験は統合失調症による幻視、幻聴、夢幻様状態、誇大妄想、被害妄想、陽性症状、陰性症状の複合技でTKO」という考えがあるので複雑な心境ですが、体験や病気かなければ今の生活も、そして結婚もなかったと思えば何とも因果な話です。

けれども、やっぱりイライラムカムカはしてしまいますし、ちょっとお酒を飲み過ぎて二日酔いなんてこともあるわけですから、スピリチュアルに私が与える意味は、もっと気軽で緩い「便利帳」のようなもの。
そして、私という発信者(体験者)にとって、受け手に伝わって欲しい事柄は「読み物として面白いもの」となります。

しかし、これは自分でも分からないのですが、なぜか私は自身の体験を誰かに聞いて欲しいと考えています。
虚栄心の成せるものか、あるいは人から注目されたいのか、それこそ解釈は様々ですが、こればかりは自分の中でも理解が及ばないもの。
これはジョークですが、これこそ「スピリチュアル」と呼ぶべきものなのかも知れません。
3911◆6KctQgwHqc :2017/02/19(日)00:21:40 ID:ECq
■引き寄せの法則を考える

不思議な話BBSさんでスレッドを立てた頃に「引き寄せの法則」というものを知りました。
今も結局良く分かっていないのですが、どういうことなのか自分なりに考えてみました。

私は引き寄せの法則に、オブジェクト指向に近いものを感じていて、もっと泥臭く言えば「趣旨と目的を意識することの大切さ」なのではないかと考えています。
一人で部屋にこもって誰とも接点を持たずに「自分は成功できる」と思い続けているだけでは何も起こりません。

趣旨を持ち、目的を意識し、目標をマイルストーンとして掲げ、そのための手段と手法を道具とし、無理なく人より努力をし、確実に実行する。
これは人間だからできる「知能を持った生命の特権」のようなものだと思っていて、これが実現できた時は、まさに眼前の霧が晴れ渡り「できたー!」と叫びたくなる達成感は他に例えようがないものです。

モノづくりをされている方は、非常に困難に思えた事柄が、あるアイデアや手法によって一気に手の届く場所に見えて来る感覚を分かっていただけると思いますが、そうした努力やアイデアの積み重ねが自分を構成する色数を増やしてくれるのかな、と個人的には思っています。
これは、ごく当たり前のことなのですが、日々を生きることに精一杯の時にはしばしば忘れがちになり、確かに「引き寄せの法則」というポジティブな言葉で意識していれば習慣づけられるかも知れませんね。

私は今、2つのビジネスを考えていますが、「道具」が見つかっていなかったり、「努力」が不足していたりと足踏みをしています。
こうした時に「引き寄せの法則」とは表現しなくとも「お前は何をしたい?」と自問することは大切なのかも知れません。

結論として、「引き寄せの法則」は実践するだけでは積極的に助けてはくれませんが、自分の行動原理に対する便利帳としては有用と考えました。
3921◆6KctQgwHqc :2017/02/19(日)00:22:02 ID:ECq
■統合失調症の現在

「統合失調症」と聞くと、少なからず人は不安げな表情を浮かべます。
確かに30年ほど前では、この病気は不治の病のような扱いで、効果的な薬もなく、経過も決して良好ではありませんでした。
無治療であれば人格荒廃に至る場合もある恐ろしい脳の病気であることは事実ですが、現在の精神医学では投薬治療により社会復帰も可能と考えられています。
私の場合は急性期の早い段階で治療を開始できたため、比較的短期間で寛解状態に至りましたが、この体験から早期発見、早期治療の大原則がこの病気にも当てはまることを痛感しています。

ところで、私が飲んでいる薬は「オランザピン」という名前です。
とりあえず「あんだって?」と志村けんみたいになってしまう薬の名前ですが、これを毎日朝に2.5mg飲んでいますが、これを聞くと「薬漬け」というイメージが先走ってしまいます。

実は、統合失調症とは非常に再発(正確には再燃)し易い病気であり、薬を飲んでいなければ確実に再発してしまうのです。
脳内の神経伝達物質の量(正確には受容体への拮抗作用)をコントロールしていなければ、少しずつ症状が出始めて再び急性期に突入してしまうわけです。
ちょっと過激な表現をすれば「脳機能が異常動作し始めて、やがて狂気が現れる」と言えるかも知れません。

そのため薬によって神経伝達物質をコントロールすることは大切で、これは糖尿病や痛風と同じように一生薬を飲まなくてはいけません。
これを健常な方が見れば「一生薬漬け」と思えることは無理もないことで、結果として何やら怪しげな情報がインターネットには溢れているように感じます。

薬を飲んでいるから運転免許証の更新ができない、いつ再発するか分からないから一生鉄格子の中に閉じ込めておく、等々です。
確かに急性期に暴力性が出現した場合は隔離病棟への入院も一策ですが、措置入院(行政命令)や医療保護入院(病院と家族間の意思)は、ホイソレと行われることは少なくなりました。
(私の場合は、精神病より栄養失調で入院しそうになりましたが……)

治療抵抗性統合失調症があることも事実ですが、多くの罹患者は寛解または一部症状が残遺しつつも社会復帰を果たし、病前と変わらない生活を送ることができるようになりました。
このためには、自分に合う薬と巡り合うことが第一で、私の場合はエビリファイ(アリピプラゾール)、ジプレキサ(オランザピン)、ルーラン(ペロスピロン)を試し、最も有意に作用したジプレキサが常備薬となっています。
どうでも良いのですが、なぜ抗精神病薬には舌を噛むような名前が付いているのでしょうか、ちょっと不思議ですね。

多剤処方については、確かに過剰処方があることは事実ですが、複数の薬の組み合わせが罹患者にマッチすることはあり得る話で、必ずしも多剤処方=害悪とは言えない状況もあるように思えます。

発症して5年が経ち、現在は認知機能障害もほぼ消失し、非常に軽微な記憶障害を残すのみとなっています。
古い言い方としての「非定型精神病」である可能性もありながら、比較的稀な幻視も含めて柔軟に対応してくださった主治医には感謝しています。

「当たり前」こそが最も大切な宝物であると再認識できたことが、この病気を罹患して得た最大の教訓です。
393北角 :2017/02/19(日)18:01:23 ID:vrw
お久しぶりです^_^
相変わらずお忙しいのでしょうがお元気そうでなにより^_^
394名無しさん@おーぷん :2017/02/22(水)23:27:03 ID:Ibl
スピリチュアリティが何かを問うには、まずスピリチュアリティでは無いものを定義しないとわからないのではないだろうか。
3951◆6KctQgwHqc :2017/02/25(土)00:18:03 ID:TYn
>>393
元気ですが仕事が結構ディープかつ大爆発です。
>>394
私も同感ですが、そうなると重力はなく、ちょっとマニアックですがダークマターもない、
そんな現代物理学にケンカを売るような妄言を書かなくてはならないので、
非常に悩んでいるのです、なんて愚痴を言ってしまいます。
396名無しさん@おーぷん :2017/02/25(土)07:08:59 ID:lkm
>>395
詳細は忘れたが外国で、手で建物の壁を叩くとスッと壁の中に手が入ってしまう人がいて
物理現象を無視した、奇跡みたいなものだが、これを直接見に行った人から話を聞いたことがある
本当に手が手首まで壁に入って、手を抜いても穴も無い
仕掛けもない
その人はスピリチュアル系の人だから、へえ、こんなこともあるんだなーと見ていたらしいのだが、
現地の案内人が言うには、外国から来てこれを見て驚かなかったのはあなたが二人目です、と
一人目も日本人で量子物理学者の人でした、その人はこの奇跡を見て静かに一言こう言いました
「有り得ます」

量子と量子が互いにスポンとはまりこむ、確率があるらしい(笑)
スピリチュアルと量子物理学にも境目があるのか無いのか、ほとんど信念の差ではないかと感じることが多いですよ
397名無しさん@おーぷん :2017/03/01(水)21:38:21 ID:AfB
>>395
最近話題になっていたエントロピック重力理論というのでは重力もダークマターもないということになっていました。
まだまだ仮説のようですが。
3981◆6KctQgwHqc :2017/03/01(水)22:10:46 ID:S5t
>>396
確かに量子力学の確率としてゼロではないと思いますが、
巨視的な非決定性チューリングマシンのような振る舞いをする量子的確率の出現には疑問です。
確かに古典的物理学を無視する現象ですが、決して確率はゼロではありません。
これを考えると、人間原理的ですが、人の意思が量子効果に作用するという考え方は素敵な仮定原理ですね。
しかし、人の意思が先にあるのか、後にあるのかは興味深い解釈と思います。

>>397
エントロピック重力理論は良く分かりませんが、
俺は単純に2次元の影が4次元の光源(のようなもの)によって3次元に落ちていると感じています。
俺はこの世界を説明することに、複雑な想定は必要ないと思います。
確かに未発見の変数を用いないエントロピック重力理論は魅力的ですが、
第一関門をパスしたに過ぎず、これからの動向が気になりますね。

こんなことを書くと非常にスピリチュアリズムですが、
俺はこの世界は異なる次元の影で、その影を落としている実体も、
また影と感じる体験をしました。
399北角 :2017/03/06(月)19:23:11 ID:lRr
おお〜、何だかまた理系の頭の良さそうな人があらわれてる!笑
僕にはとうの昔に理解できなくなってますがワクワクはするんでどんどん進んでいくことを期待します 笑
400名無しさん@おーぷん :2017/03/06(月)22:01:10 ID:5l4
>>398
397です。
他の次元の影ともなるとなかなかイメージするのが大変ですが、とても興味深いです。
1さんのおはなしは、たとえ現代物理学にケンカを売っている妄言であっても、示唆に富んでいるうえ読んでいて単純に面白いと感じます。
できればあまり悩まずに続きを書いていただけたらと思います。
言葉にして伝える側の苦労を考えないようで申し訳ないのですが、楽しみにしております。
4011◆6KctQgwHqc :2017/03/09(木)23:26:50 ID:Hax
>>400
俺の説明が適切でなく分かりづらくて申し訳ないです。
次元は別に難しいものではなくて、例えば素粒子の振る舞いは、見る次元ステージによって異なると考えています。
高い次元の移動軸方向は決定されていないので(いや、決定されているが、無数に想定次元は存在できるので)、その不確定さが確定する可能性を定義することは難しいと思います。
結果、この高い次元の軸移動は曖昧に見えてしまう、しかし、その次元構造体(とも言うべき6次元上への投影)は、すべての次元構造同士で結びつき、美しい12の構造として折り畳まれている、というのが俺の感じたままの表現となります。

次元は何らかの位相(角度みたいなもの)と言うより、ステージのようなものであり、実際には1次元や2次元と具体的に示される領域はなく、すべてが均等に次元に割り当てられ安定しているように俺には思えました。

すんません、なんか言葉にすると難しいですね。
体験するととても簡単なことなのですが・・・
402397 :2017/03/13(月)23:23:22 ID:Vxb
>>401
さっそく詳しい説明ありがとうございます。
体験していない私には確かにむずかしくはありますが、それは仕方ないことだと思います。
これまで様々な表現で説明されてきたことを読み返して1さんが理解したことをイメージするのは私の楽しみの一つです。
いつか12の構造を理解したいですね。
403北角 :2017/06/03(土)09:41:03 ID:urL
人、ありとあらゆる生命の意思、考えている内容が

いわゆる脳内のニューロンがなんたらで電気的な形で認識され物理的な外界と繋がっているという考えを持っていますが、
考え=電気を土台とした配列?パターン?的なものとして存在している、とすれば、
全ての物質って電気的な、エネルギーの集り、塊で成り立っていると考えると、それは思惟の一種として捉えることに可能性は見出せないかと考えています。
ありとあらゆるもの、今現在わかりやすく生命と定義されているもの以外でも、
例えば石に意思があるんじゃないか的な。ラピュタ的な世界的な?笑
詳しくは全くないですが、ネイティブアメリカンの人々の思想もそんなだったような。
日本でも八百万の神々が色んなものに宿ってるよみたいな。
その概念を推し進めるとすれば、例えば熱エネルギーが物質を伝って極端には燃焼したり、
軽く熱を持つ程度でも、もしくはそこに音の波長として作用させたりでもなんでも、物質としての個体にアクションを仕掛けたとして、
そこにリアクションが発生しているとすれば、人間同士が脳内発の意思疎通をお互いしていることが相互に高度な反射をし合っていることと同義とされた時に、
考えや概念が移行し合っていることと、
エネルギーが物質相互に移行し合ったりしていることは、実は抱括されているのでは、と考えました。
404北角 :2017/06/13(火)12:38:19 ID:VId
脳は、主語と時間と否定を認識できないらしいですが、
ある意味、概念における主語も時間も否定も実在しないので、
その様な認識をしている、ということが正しいのでしょうね。
4051◆6KctQgwHqc :2017/07/03(月)20:33:35 ID:STw
>>403
俺きはニューロンと呼ばれる脳細胞の結合は外界とは隔絶されていると考えますが、
あらゆる物質がエネルギー(電気的)であるという考え方には同感です。
石に意思があるのかは難しい問題ですが、出会うすべてに縁と言うか因果性があり、
それらが結びつきを持ちうるとは思っています。

俺の脳への理解は、自身の体験から物事を象徴として捉える機械という認識です。
おそらく、否定は高度な脳活動の結果であって機能としては備わっていないのでしょう。
人間の思考は起源は反射かも知れませんが、
統合失調症罹患時の体験は、脳機能が制限された時、
その脳機能とは切り離されたように思考する自分を感じました。

あくまで脳は自分の中で閉じていて、開いた脳というものはなく、
同様に物質やモノもすべて閉じていて、物理的に目に見える形で何かを交換することは
ミクロの世界以外では無いのかなと思っています。
4061◆6KctQgwHqc :2017/07/03(月)20:36:55 ID:STw
時間がかかってしまいましたが、小難しい話をしていた「確率」について、
書き起こせるまで整理できたので、書かせていただければと思います。

宇宙との一体化をする体験の中で、俺は(おそらく間違っている)様々な知識を得る体験をしました。
その中に、宇宙が生まれた後、様々なモノが「引き裂かれた」瞬間の様子を目撃したように思えたことがありました。
この体験を題するなら「引き裂かれた世界」。
ここから書く内容は、統合失調症罹患者の戯言ですが、興味がある方はお付き合いいただければと思います。

宇宙の誕生直後の世界に、まず光子が生まれ、次に水面が生まれました。
この水面の中に生まれたすべての粒子は、正粒子と反粒子の2つの状態に引き裂かれ、この水面は膜のように反粒子を隠しました。
水面の中にあるすべての粒子は、抵抗のような力により質量を持ち、光子は正と反には引き裂かれず、質量を持てなかったようです。
この水面に映る粒子の姿を俺たちは見ています。
以前に俺は掲示板のスレッドで「世界はホログラムのようなもの」と書きましたが、この水面に映った影がこれに該当します。
(別に世界が作り物だとか、仮想現実と言う意味ではなく、単純に「2次元が3次元に投影されたもの」という意味です)
結局は平面に映った影しか俺たちは見ることが出来ず、どれほど頑張っても実体には辿り着けないのかも知れません。
4071◆6KctQgwHqc :2017/07/03(月)20:39:04 ID:STw
素粒子の性質は水面からの深度(高度)のようなもの、振動数とも言えるもので、深度が高いほど質量は大きくなります。
実体は水面の外側にあるのですから、そこでの振る舞いは平面に映ると奇妙奇天烈に見えるでしょう。
例えば、「水面=2次元の平面、振動数である実体=4次元」とした場合、平面は4次元目の方向に対する振動を映し出せないので、1つの状態しか見ることが出来ません。
この2次元に映し出された影は3次元にホログラムのように展開され、振動数としての実体か持つ性質は「確率」という名で一括りにされてしまいます。
実際には確率は見せかけで、4次元目の方向に対する振動が「確率」として現れているだけで、ここに多世界解釈や波の収束は介在させる必要はありません。

量子の重ね合わせも、実際に持っている状態が水面に映し出されていることで見えなくなっているだけで、実体はその状態を4次元以上で保存されているだけです。
平面に映った影をいくら凝視しても、そこに映らない実体そのものの動きは見ることは出来ず、水面に一度映してしまうと影しか見えなくなってしまう振動数。
引き裂かれる以前の宇宙でなら、高次元の振る舞いを観測出来たのかも知れません。

統合失調症の症状が治まってみると、仮に水面(ヒッグス場)が正と反物質を分かつとしても、ニュートリノのようにこれに因らず質量を得ているボソンであっても、正と反の性質が同一で無くてはなりません。
反ニュートリノが観測されている事実から、正と反の性質が同一で無く、この考え方の反証となります。
ついでに言うと、質量ゼロのグルーオンや、ヒッグス粒子は「水面」のフォースキャリアですから、これらも正と反物質が同一であるということになりますが・・・と、何だか俺の頭はすでにぽやぽやのぷーですので、この辺で・・・
408名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)21:05:01 ID:UNh
なんか書き込めなくなっちゃいました。
続きはblogで……
409名無しさん@おーぷん :2017/07/03(月)21:11:59 ID:rjk
支援(になるんかな?)
4101◆6KctQgwHqc :2017/07/03(月)21:19:25 ID:UNh
やっぱり書き込めないっす。なんでだ。
blogはこちら……
ttp://o12.seesaa.net
411名無しさん@おーぷん :2017/07/08(土)08:16:55 ID:WLl
あうー
412北角 :2017/07/10(月)23:59:35 ID:Dvv
何だか書き込みがおかしいのでしょうか、、
1さん返信ありがとうございましたm(_ _)m
確かに脳内の電気回路から派生された概念がその内容を直接物理現象まで飛躍させるのは無理がありましたね、、
物質がエネルギー的
エネルギーの存在には空間と時間の概念を要する
運動とエネルギーの派生は同義ともいえる、
そこに考えというもの、意思のつけいるスペースは、
やはり難しいでしょうね、、
推測も根拠がないですが、理系バリバリの方でもおそらく1さんの書かれる内容を理解される方は
稀だと思いますので、
文系ですらない僕にはとても同じ土俵に立つのはほぼ遠く幼稚なままで悔しいところです 笑
木曜スペシャルオカルトレベルです。 笑
心臓移植で記憶伝染うんぬんは以前もかまっていただいた記憶がありますが、
ふと、子孫への記憶的なものの連鎖もあり得るのでは、と
意識の在り処が脳内だけに留まらない理論から
妄想しました。
アメーバの様にわかりやすい分裂ではないですが、
有性生殖だろうと何だろうと、基本的にカラダの一部を使って
子孫分裂をしているから、
なのか、記憶や意思が別の次元レベルで語られるものであり、
一個体の存在が引き継がれた先に残っていくのか、
後者であればカラダの一部を引き継がずとも
意思の伝染も図れるのかな、と。
文章すらまとめられませんm(_ _)m
413北角 :2017/07/11(火)00:00:38 ID:n8k
1さんの書かれた内容を
テイストだけでも理解してみたいものです、、
414北角 :2017/07/11(火)23:20:57 ID:n8k
以前少し話題にもなりましたが、
脳内での意識や事象の認知が、リアルタイム、
現在進行形でなく、
分かりやすく例えるとながーい走馬灯のように、
映画を観ているかのように、
決まった未来の定点から
過去のいわゆる人生の経験を認識していっているとすれば、
既視感というものも、脳の勘違いや違和感を引き起こした誤作動的なものという捉え方のみでなく、
あ、このシチュエーション見たことある、としたものが、
決して、あ、このシチュエーション見るだろうな、
ではなくあくまで過去形で認識されているということに注目して、
あたかも走馬灯を反芻中にページを一瞬先めくりしまったかのごとく、
順番が入れ替わって認識してしまったという設定が考えられるのではないかというオカルトこじつけを、
天外さんと茂木さんの対談本を読みながら考えました。
415とある元患者の妄想 :2018/02/02(金)01:13:07 ID:58z
まず、誰もが持っている「自我」が、人体内の指揮命令系統に於いて最上位の存在では無い事を証明する。
1、自我は心臓を止められない
2、自我は意識的・無意識的に呼吸をすることが出来る。しかし寝ている間も何者かによって呼吸は行われている
3、所謂「火事場の馬鹿力」は平時には「自我」の自由意志では発揮する事ができない
4、自我は一度「忘れた」記憶を思い出すことができる。記憶が消去されていたのであれば思い出すことも無いので、その記憶は一時自我からアクセス出来なくなっただけである。
  つまり自我の記憶に対するアクセス権は他の何物かにコントロールされている。
5、自我は自分自身について理解が不十分(能力上の得手不得手、目的、願望等)な場合がある。

次に「自我」が純粋に物理的な存在である事を証明する。
1、自己同一性障害の人物は、時に人格が分裂したり、自己認識が不安定になる場合がある
2、自己同一性障害は投薬で症状に変化が起きる。だから自己同一性障害は化学で説明できる物理現象の一種である。
3、自己同一性障害はうつ病、ADHDとの併発が多く見られる。うつ病、ADHD共に投薬でで症状に変化が起きる。だから鬱のADHDも化学で説明できる物理現象の一種である。

次に人体内に於ける「自我」の上位の存在について推測する。
能力は以下の通り
・「火事場の馬鹿力」を発揮できる
・自我からは不随意である心臓の鼓動、腸のぜんどう運動等ををコントロールできる
・自我からは「忘れた」と認識されている、自我からはアクセス不能になった記憶にアクセスできる
・自分自身の能力上の得手不得手を理解している
・自分自身の目的、願望を持っている主体
・生命に危機が迫った時、その他緊急の際には「自我」を押しのけて筋肉運動をコントロールする場合がある。
 (緊急時に勝手に体が動いた等の体験談、精神病に於ける心身喪失等)
総括すると、自我ではコントロールできない領域もコントロールしているのが「自我」の上位存在である。

一方での「自我」の人体内に於ける役割は、「自我」の上位存在から相対的に推測すると、
「自我」の上位存在が、日常の雑務の煩わしさをアウトソーシングする為に、低機能な条件判断・ルーチンを持たせた雑務処理装置となる。

「自我」の上位存在についての世界の認識
・西洋では神、つまり自分の体の中ではなく外にあるものだという認識。そしてその神の権威を個人や団体が示し権力を持っている
・アジアでは複数の宗教でここに書いた事柄と似た概念が存在する
・ハイヤーセルフという単語をここで書いた事柄と似た定義で使われる場合があるが、その一方でハイヤーセルフを守護霊、ガイド、精霊等と定義している場合もある。
 後者らの定義は単語の意味からすると誤用の可能性がある
・フロイト、ユング等が提唱した深層心理、無意識とここに書いた事柄は似た概念である
・世界各地には通過儀礼(バンジージャンプ、その他危険や恐怖や苦痛を伴うもの)が多数存在している。
 これらは全て「自我」の上位の存在を当人に知らしめる機会を与える、或いは「自我」の上位の存在の力を引き出させる為に存在している可能性がある
・瞑想者の一部は「自我」の上位の存在にアクセスする事を目的としている
・宗教的修行、苦行は「自我」の上位の存在にアクセスする事を目的としている場合もある
4161◆6KctQgwHqc :2018/06/02(土)21:30:37 ID:yGb
最近書き込めもしなかったけど、書き込めるようになったかな?
もし書けたら、今まで書かなかったことを書いていきます。
417名無しさん@おーぷん :2018/06/02(土)22:57:59 ID:e62
座布団正座待機
4181◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)20:58:11 ID:Uxu
俺はスピリチュアルを信じません。
この世界は物理的であり、ミクロの世界で人間の感情の高まりが干渉する場面が仮にあっても、マクロの世界にこの結果が確率以外で現れることはありません。
霊や予知、悟りや見性体験、これを一括りにして「スピリチュアル」と論ずることに反対です。

ここからは、なぜ俺が「スピリチュアルを信じない」のか書かせていただき、真のスピリチュアルとは何かを考えたいと思います。

俺はあることを白状しなくてはなりません。
それは統合失調症になった後、予知をしてしまうようになったという事実です。
ただ、残念ながら「隕石が○月○日に落ちて来る!」とか「△月△日に地震が来る!」と言うものではありません。
目を閉じていると、静止画と予知となるシンボルが現れ、それは数秒で消えてしまいます。
そして、その予知の内容は身近なものであり、それは象徴的な形として現れます。
4191◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)20:58:45 ID:Uxu
俺は体験から予知には2つの種類があると考えています。
1.既に起きているが、自分が知らない事象の予知
2.未発生の事象の予知

俺の場合、1.は数やイメージ、関連するシンボルとして予知を体験しています。
例えば家族の病巣の数、これを俺は「実家の玄関先で3回の閃光と、3匹の逃げるネズミ」として予知しています。

2.は関係する色や形、関連する場所として予知を体験しています。
ベランダの柵の向こう側に黒いシワシワの布のようなものに顔が付いている、禍々しく感じるものを見た時のことです。
その後、妻はベランダで黒いシワシワのズボンの中に入っていたハチに刺されてしまいました。

「1.」は微弱に感知している事象を、夢の一種として見せているものかも知れません。
しかし、「2.」は未だに発生していない出来事を見せています。
未来とは過去同士の組み合わせであり、それがどのように「未来」として現れるのかは、発生しなくては分かりません。
もしかしたら、脳は宇宙シミュレーターのような機能があり、これで予知しているのかも知れませんが、その原理は説明することが出来ません。
4201◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)21:00:12 ID:Uxu
また、俺は自分の体験が悟りや見性体験とは思っていませんが・・・
もし俺の体験を「悟り」に類するものだと仮定すると、実はこうした一連の出来事は「考え方の変化」でしかありません。
考え方の変化で「生きること」が楽になれば、それは素晴らしいことです。
ただ、そうした「考え方の変化」によってスーパーパワーが身に付くとか、上位の存在が助けてくれることもありません。
そもそも悟りとか見性体験と呼べるものはなく、「気づく」だけなのだと感じています。

念動力や透視力も、本当に出来る人からすれば、その事象を整理して解釈できるはずです。

何でもかんでも「スピリチュアル」と一括りにしてしまうと、「本当の不思議」を見失ってしまいます。
予知で言えば「無意識による感知」と「真の予知」のように。
悟りや見性体験で言えば「気づき」と「思考法」のように。
スピリチュアルとそうでないものに区別することが出来るように思います。
4211◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)21:03:53 ID:Uxu
霊は、俺は霊を信じませんが、何度か見たことがあります。
霊も、真実を分析し分類すれば、必ず正しい認識を得ることが出来るのだと思います。

この世界は物質的であり、霊やスピリチュアルは無くても困りません。
しかし、俺は見えない世界を否定するのではなく、正しく分類しない限り、その本質は見えてこないのだと考えています。

俺は霊に対する解釈について、車のエンジンを例に説明することがあります。
歯車やピストンのような部品が組み合わさり、これが動くことでエンジンと言う「機能」は作られています。
エンジンが壊れれば、その機能は永遠に失われます。
人間の意識もエンジンと同じような「機能」であり、それ自体は霊的ではなく物質的なものと言えます。

エンジンが壊れた後、物質的な「エンジンだった物」は残りますが、霊的とも形容できる「エンジンと呼ばれた機能」はどこに行ったのか。
霊とは人の心に残るものであり、人があって初めて存在出来る、これが霊に対する答えです。
俺は人の心とはネットワークのようにつながっていると考えています。
個としては不完全で、群体として一つの生命である人類は、このネットワークの中に霊を宿しているのかも知れません。
4221◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)21:07:23 ID:Uxu
俺は「スピリチュアル」として一括りにされた「解決を諦めてしまっている事象の集合」を信じません。
予知が出来ようと、悟っていようと、霊が見えようと、必ず整理すれば「原因」を物質的に理解することが出来るはずです。

真のスピリチュアルとは現段階では説明出来ない事柄、解明への課題と俺は考えます。
それを解明した先にはあるいは「神のチェス盤」を見るような体験があるのかも知れません。
スピリチュアルを科学とは別物として捉え、霊性こそが根源としてしまっては、誰にも始まりが定義出来なくなってしまいます。

つまり、スピリチュアルを語る時は、より科学的に理論的な整理が求められ、実体験を重ねる等によって慎重に情報を集める必要があるのです。
なぜなら、往々にしてスピリチュアルは誤解されがちで、または利用されがちであり、主観的であるために第三者が直接確認することが出来ません。
語りたい事象からは、不要な想定は出来るだけ削ぎ落とし、もつれないように配慮しなくては、
スピリチュアルはいつまで経っても現在の「よく分からないけどすごそうな何か」の域を脱することは出来ないでしょう。
4231◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)21:19:56 ID:Uxu
俺はこの世界は「境界の情報」だと考えています。
すべては2次元の情報でしかなく、真の実体を掴もうにもミクロの最小単位において、物質は局所的ではありません。
有るのか無いのかハッキリしない状態、これが3次元に投影された2次元と言うホログラムのようなものならば、最小単位は空間の最小単位と言うことになります。
つまり、コンピューターに例えるなら俺たちはディスプレイに映るJPEG画像を見ているようなものです。
画像を拡大していくとドットが現れていく、このドットが空間の最小単位であり、物質を構成する最小単位と言えるでしょう。

境界の情報によって構成される宇宙では、結局のところ実在とは言わば幻のようなものなのでしょう。
そもそもが「触れる」というものは電磁気力によって生み出されているだけです。
そして、物質とはギュウギュウに詰まっているように見えても、実際には原子核と電子の間はスカスカで、俺たちが想像するものとはかけ離れています。

情報とは、観測結果に伴い出現するのではなく、出現確率の上昇を場が検知しているだけなのかも知れません。
つまり「場」としての非局所的な「膜のようなもの」が情報を始めとして、時空すらも生み出しているように思えるのです。
こうして考えると、宇宙に対する俺たちの認識は、ごく限られた環境で語られる非常に曖昧な認識なのです。
4241◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)21:23:09 ID:Uxu
では、この「宇宙が存在する」こと、それを許している「時間」とは何なのでしょうか。
時間について俺の知ったこととは、少々エキセントリックなものでしたが、思い切って書いてしまおうと思います(このスレは既にsageスレですしね)。

時間の始まりについて、俺は以前に何とかして「知った」ことを書こうと思いました。
しかし、何度考えても「反物質が正物質に転換された」などと言うことを、俺は書くことが出来ませんでした。
そもそも反物質とは数学的に時間に逆行する物質であり、電荷が逆の反粒子によって構成されています。
これが正物質へ変換されるなどと言うことがあるのか甚だ疑問ですが、非常に低い可能性としてそれが起こったのでしょう。

この現象は1点で始まったのではなく、複数の点で始まり、次々に宇宙の卵たちが生まれ合体して行きます。
この時点で時間は発生しておらず、ただ宇宙が生まれる下準備が進みました。
この様子のイメージは、熱したフライパンの上に水滴を垂らして、合体や蒸発を繰り返していく様と似ています。

やがて粒子は量子はもつれ合いを起こし時空を形成し、次々に空間を生み出して行きます。
量子のペアたちは非局所的な確率として広がり続け、熱い火の玉のような状態になりました。
ここから徐々に宇宙は冷えながら時空の状態を変化させて行き、今も完全な時空となるため変化し続けています。
4251◆6KctQgwHqc :2018/06/04(月)21:26:05 ID:Uxu
量子のもつれ合いが空間を生み出し、空間内のエネルギーの密度によって光子の形状が決定されました。
この形状の変化によって光子の速度は不変となってのかも知れません。
ただ、もし光子の形状で速度が変化するなら、光子の速度は変化する可能性があると言うことになりますが・・・

そして、時空は今も変化しており、いずれは今よりも冷たい状態へ変化して行きます。
この時には今の宇宙は晴れては見えず、真空期待値によって高温な宇宙として観測されるでしょう。
次の時空が「真の時空」であるのかは分かりませんが、確実に言えることは俺たちはその宇宙を見ることは決して出来ないと言うことです。

この状態に宇宙が変化することは、ある意味では宇宙の終わりの一つかも知れません。
次の状態の宇宙で知的生命体が生まれたなら、その前の状態の宇宙に俺たちがいたことを想像すらしないでしょう。
4261◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:26:07 ID:bGk
ところで自身の体験は、こうした「この世界の在り方」のようなものの他に、
生きることが楽になる考え方へつながるアイデアが含まれていました。
ここからは、これについて書かせて頂けばと思います。
なんか宗教っぽくなってしまいそうで、ちょっとアレなんですが・・・

体験によって俺は「心の鏡」と言う考え方を知りました。
心の鏡とは俺たちにとって「この世界のすべて」とも言えるものです。
俺たちはこの鏡に映った鏡像でしか、外界を見ることが出来ないのです。
この「心の鏡」が歪んでしまうと鏡像も歪み、正しく外界を知ることが出来なくなります。

鏡の中には「記憶」として脳内にバラバラに保存されている「象徴」と、
この象徴と外界の記憶を照らし合わせる「記憶の型」が仕込まれています。
俺たちは外界の情報を、象徴と記憶の型によって再現された「心の鏡」で見ています。
4271◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:27:15 ID:bGk
言い換えるなら俺たちが見ている外界とは、脳内で再現された出来事です。
この鏡の中にある「記憶の型」が障害されれば、外界は正しく脳で再現されないでしょう。
もし象徴が欠落していたなら、同じように外界は正しく再現されません。

つまり、この鏡像と言う「影」を俺たちは見ているに過ぎないのです。
あなたがムカッとするのも、イライラするのも、悲しくなるのも、楽しく感じるのも、
すべては鏡像として自分の中で作り上げた世界の中で、自分がそう感じているに過ぎないのです。

イライラしたらムカムカするのは、自分の思い通りにことが進まなかった場合や、
自分の期待した結果とならなかった場合に生まれる感情です。
悲しみは、基本的にイライラムカムカと同じ原理ですが、それに自分が対応する術がない場合、
あるいは、自分ではどうしようもない状況に際して生まれる感情です。
4281◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:27:52 ID:bGk
これらのイライラ・ムカムカ・悲しみの根源にあるものは「恐怖」と言えます。
自分とは違うもの、自分とは異なるものに対し、排他的に作用する恐怖とは、
自分を保護するネガティブな力です。

一方、喜びや楽しさは、自分の期待する結果が得られた場合や、
自分の思い通りにことが進んだ場合に生まれる感情です。

これらの感情の根源にあるものは「受容」と言えます。
自分と違っても、異なっていたとしても、協調的に作用する受容は、
自分を保護するポジティブな力です。

恐怖も受容も両者ともに「自分を保護する」ことが目的です。
両者は無くてはならないものであり、どちらが欠けても正常な精神活動は行えません。
4291◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:28:28 ID:bGk
あなたは誰かに悪口を言われたとします。
あなたはその悪口を聞いて怒ったり悲しんだりするでしょう。
けれども、あなたの感じたネガティブな感情は一体誰が生じさせたのでしょうか。

自分の心を和ぐのも乱すのも、結局は自分自身です。
外界があなたの心を直接操作することは決してありません。
あなたの感じているすべての感情は、あなた自身が生み出し、あなた自身が感じているのです。

しかし、「自分の心は自分でしか乱せない」と言うことが分かっても、
外界から押し寄せる情報は、まるであなたの心に直接作用するように、心を乱してくることがあります。
なぜ、このようなことが起きてしまうのでしょうか。

俺はそれには、「プライドと自尊心」が関わっていると考えています。
4301◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:30:14 ID:bGk
俺の考えているプライドとは、自分を大切にしないネガティブなものです。
一方の自尊心とは、自分を大切にするポジティブなものと言えます。

プライドは自身の肉体的な損傷を望むことがあります。
なぜなら、プライドとは恐怖によって自分を守ろうとするからです。
恐怖や悲しみの代替として、あるいは誰かに振り返ってもらうため、自分が自分である証明のために、
プライドは自分を大切にしない道を選びます。

自尊心は自身を大切にすることで、他者も大切にしようとします。
なぜなら、自尊心とは受容によって自分を守ろうとするからです。
自尊心は「あなたは何がしたいのか」と問いかけ、自分の本当の声に従うように促します。
自分の本当の声は誰かに意地悪をしたり、誰かを傷つけようとは決して言わないでしょう。

実はプライドと自尊心は同じ「自己愛」です。
けれども、自己愛とはネガティブの中にあると容易に傷つく脆弱なものになってしまいます。
傷つきたくないと言う恐怖がプライドと言う「自分を大切にしない、傷つきやすい自己愛」を生み出します。
つまり、自己愛が「盾」として動作しているのです。
4311◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:32:51 ID:bGk
ポジティブの中にある自己愛は「自分を大切にする」ことと、
「自分の真の声に耳を傾ける」ことが同一であることを知っています。
また、自己愛とは盾では無く「鏡」であることも知っています。

つまり、自分の行為が、相手にもポジティブな感情を生み出すことを知っているのですから、
他者の「心の鏡」に映る鏡像に自分の鏡像を近づける術を知っていると言えるでしょう。

実は俺は日本人に必要なものとは「自尊心」だと考えています。
自尊心とは「自分の真の声に従い、心の奴隷をやめ、心の主人になる」ことへの勇気を持つことです。
心の奴隷であり続ける限り、自分を尊大だと信じたいと思い、誰かと自分を比較し、
弱者を貶める感情は生まれ続けてしまいます。

そして、「傷つきたくない」というネガティブな感情を行動原理としてしまうと、
寛容性を欠いた鏡で外界を見て、相手にも同じ姿を見せてしまいます。

心の主人になれたなら、率先して「協調」の道を選べるでしょう。
(俺なんかは全然心の主人になれていないんですが)
この「協調の選択」は、ネガティブから見ると「相手に負けた」と見えてしまいます。
けれども、ポジティブは勝敗よりも「自分の心を導く」ことが大切だと知っているので、
そんな小さなことは気にしないのです。
4321◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:33:47 ID:bGk
自尊心とプライドを勘違いしていると、誰かを敵にしてネガティブな感情を送り続けていないと、
内なる恐怖に押しつぶされてしまいます。

プライドにすら無関心だと、誰かにかける迷惑にも無関心になり、それが普通になってしまいます。
恐怖から目を背け、内なる課題を誰かの課題にして逃げてしまいます。

自尊心が強すぎると、ポジティブな行動に、さらにポジティブさを過剰に求めてしまいます。
過ぎた自尊心は「自分の心」を置き去りにしてしまいます。

自尊心を持っていると、内なる声に従って心を導き、他者を大切にしたいと思います。
傷つくことが無くなり、イライラやムカムカも著しく減るでしょう。
誰かにヒドイことを言われても「怒りは人の心を動かせない」ことを知っているので、
相手に「それは、自分に○○して欲しいと言うこと?」と尋ねることが出来ます。

あるいは、そうしたヒドイことを言われても、それが自分たちの本質でないことを知っているのですから、
別に動じる必要もなく、必要なら「やり過ぎじゃない?」と抗議すれば良いだけです。
4331◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:35:14 ID:bGk
俺は日本人は自尊心を持つことで、さらに大きく進歩することが可能と考えています。
「島国根性」などと言う言葉がありますが、これは恐怖によって生み出されるものです。
「島国だけど受容するように頑張るよ!」となれば、日本人がポジティブになったと世界中がざわつくでしょう。

受容とは博愛的なものではなく、基本的な考え方です。
気に入らない人もいるでしょうし、フィーリングが合わないこともあるでしょう。
すべからく「受容する」必要は決してなく、聖人君子のように振る舞う必要もありません。

自尊心を持つと、物事の見方が大きく変わります。
苦手な仕事があるなら「この仕事を分解して整理すれば、自分の得意なものになるかも知れない」と思えます。
苦手な相手がいるなら「ちゃんと距離を保って、相手にも自分の心の領域に立ち入ってもらわないようにしよう」と考えることが出来ます。

これらを実現するためには、「自分がどうなりたいか」と言う目的を明瞭にして、具体的な行動計画を立てて行きます。
紙に自分の「こうなりたい」と言うストーリーを書くことも良いでしょう。
俺たち人間は変化を恐れますが、日頃から「こうなりたい!」をハッキリさせておくと、
良い変化に柔軟に対応が出来るのです。
4341◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:36:33 ID:bGk
けれども、人間は生きている限り必ず喜びだけでなく悲しみや苦しみを感じます。
こうした感情の集合を一つのグループとして「幸せ」「不幸」と呼びますが、
幸せも不幸も喜びも悲しみも、すべては同じものなのだと思います。
幸せは、必ずしも喜びや楽しさだけで形作られていません。
同じように不幸も、決して悲しみや苦しみだけで形作られてはいないのです。

幸せの対義語は不幸ではなく「幸せも不幸も何も無い状態」です。
悲しみがあれば泣いて良いのです。
喜びがあったなら笑って良いのです。
ただ、その行為が「あなたの本当にしたいことなのか」が大切です。
言い方を変えれば「自分のしたいことだけをする」とも表現出来るものです。

「内なる声」とは誰かを傷つけたり、苦しみを与えようとはしません。
同じように喜びを生み出したり、楽しくなるようなことも言いません。

受け取った自分自身が、その声から想像した出来事や未来を着想し、
ワクワクしたり、ドキドキしたりするのです。
4351◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:39:19 ID:bGk
これが、俺が一連の体験と、統合失調症からの回復と、その後に考え方こと、
これらの中で「生きることをもっと楽にしたい」と思って思考した結果、
得ることが出来た現在の答えです。

生きることが楽になると言うことは、心に余裕が生まれると言うこと。
「個の社会」とありつつある中で、もし周囲に耳を傾けられたなら、
例えば道で肩が擦れ合った時や、ちょっと靴がぶつかり合った時などに、
権利の主張と言う盾の行使ではなく、双方が自尊心によって歩み合えたら素晴らしいことと思います。

一言でまとめるなら、
「真の内なる声を聞き分けられるなら、自分のしたいことだけが出来る」
となります。
なんか自己啓発セミナーみたいになってしまいましたが・・・
4361◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:41:23 ID:bGk
俺は死後の世界を信じません。
脳が生み出す精神活動と呼ばれる機能としての意識、これは脳が停止すれば
失われると考えています。
けれども、自身の体験は「死の向こう側」の存在を肯定しているように思えるものでした。
ここからは、死後の世界とも表現できるものについて、書かせて頂ければと思います。

これより書く内容は、体験によって「知った」こととなります。
それは、俺の宗教観や考え方、想像とはまったく異なるものですし、
ちょっとガッカリするものかも知れません。
4371◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:45:32 ID:bGk
俺は体験の際、「死」について次のように知る体験をしました。
「肉体とは成長のためにあり、死は内なる命を有に戻すためにある」
死後の世界では「個」は成長することが出来ません。

知識を得たり、学ぶことは出来ますが、肉体を持っていた時のように、
考え方を大きく変えたり、心を入れ替えるようなことが出来ないのです。
最初に訪れる場所は病院のような所で、ここで死者たちは新たな世界について学びます。

自分の心が誰にでも開かれてしまうこと、ここからは考え方を変えられないこと、
肉体が無いので苦痛は一切無くなること、飲食は一切必要なくなること。

誰しもが戸惑いますが、どうしても馴染めない人々がいます。
あるいは、さらに自分を高めたいと願う人々がいます。
そうした死者は「自分のしたいこと(役割)」を決めるプログラムに参加して、
再び肉体を得て転生します。

動物が人間に、あるいは人間が動物になることはありません。
これは「パワーアップ」のためのプロセスなので、それぞれの種で価値観が全く異なるからです。
4381◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:47:46 ID:bGk
転生を望まなかった死者は病院で知識を身に付けると、
死者が観察する限りに広がる世界を旅することになります。
自分と同じ性質を持つ死者、霊たちが暮らす場所を探すためです。

霊は自分と同じ性質を持つ霊たちが暮らす場所に辿り着くと、
そこに家を建て、普通に生活をします。
ちゃんと娯楽もあり、過去に居酒屋が好きだった霊であれば、
ガード下のような店舗が立ち並ぶ場所に行くことが出来ます。
(お酒を飲んでも酔わないですが)

ギャンブルが好きだった人は、競馬場や競輪場もあります。
ただ、お金を手に入れても何の役にも立たないのですが。

美術館、劇場、ゲームセンター、沢山の娯楽がありますが、
これらの娯楽はすべて霊たちが、自ら作り出した機械や道具によって生み出しています。
4391◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:49:20 ID:bGk
夢のような何でもで出来る機械を生み出せるわけではありません。
仕組みがあり、理論的であり、物理的に動くものを霊たちは念ずることで生み出せます。
過去に物理学者だった霊たちは、さらに研究を進め、「死後の世界」を知ろうとしています。

実は死後の世界は、俺たちが生きる世界とあまり変わりません。
変わるものは「理論的」と表現できるものが、生きている間は物質であったのに対し、
死後の世界では「世界そのもの」と共に動作するという点です。

「世界そのもの」を説明する言語は「数学」であり、世界を知ろうとする学問は「物理学」です。
これらを誰もが学べますが、個としての成長のない世界で、喜びを持って学べる人はごく一部です。
その一部の人々とは、生前に数学が好きであったり、物理学が好きだった人です。

同じように建物の設計者、音楽家、作詞家、プログラマー、野球選手、コメディアン、
色々なことを得意とする人々が、それぞれの個性を活かして仕事をしています。
何もかもが「念ずる」だけで生まれる世界では、対価を求める人はいません。
4401◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:51:13 ID:bGk
生きている間は得意とするものが無かった人は、様々なコンテンツを組み合わせて、
あるいは様々な作品を楽しむことで「創作」に参加しています。
著作権を主張するような人はいません、コンテンツが成長することは魂のつながり合いであり、
それは自分の霊的な成長を助けてくれるからです。

こうした生活の中で、自分が未熟だと感じた霊は、肉体を得ることを望みます。
世界に馴染めず苦しんでいる霊には、より成長した霊たちが苦しみの原因を説明し、
必要なら再び肉体を持つことを勧めます。

こうして、一部の霊たちは再び肉体を得て、一部の霊たちは霊的に成長していくことになるのです。
霊的に成長するとやがて何も求めることは無くなり、個は必要がなくなって行きます。
同じ性質の霊たちと共に、より大きな霊へと融合し、必要なら若い霊たちを導き、
さらに巨大な霊へと融合して行きます。

最終的に霊たちは宇宙そのものと融合し、霊と言う境界を失います。
ただ、これらの出来事は「物質世界があって初めて成り立つサイクル」です。
霊はそれぞれの生物のネットワーク内にあり、生物が絶滅すれば
霊の供給は途絶えサイクルは消滅してしまいます。
4411◆6KctQgwHqc :2018/06/07(木)18:56:54 ID:bGk
この霊的な世界の次にも、別の世界があります。
生のネットワークの中に「霊」があり、霊のネットワークの中に「有」があり、
有のネットワークの中に「成」があり、成のネットワークの中に「生」があるのです。

このサイクルを分かりやすく書くなら「ゴムの膜を押し上げるブロック」と表現出来るでしょう。
ブロックは別の世界の3次元(現世界では奥行としての1次元)、ゴムの膜は2次元(情報)、
このゴム膜を照らしている光源(確率・時間)が1次元です。

すなわち、生・霊・有・成の世界は実は同一であり、これは情報に過ぎないものです。
世界はホログラムのようなものであり、4つの性質としての世界と12の構造がすべて干渉し合い、
この宇宙そのものを生み出しているのです。

このプロセスについて、言い方を選ばずに言えば、それぞれの世界が「確率」と呼ばれる軸を奪い合い、
それ故に巨大な対流が留まることなく生じ続けているとも言えるかも知れません。
4421◆6KctQgwHqc :2018/06/08(金)18:44:42 ID:sWy
12の構造と俺が呼ぶ、宇宙の外側で見た構造体について考えたことがありました。
この構造体は普遍的に宇宙のすべてを構成しているものに思え、
仮に地球以外の惑星においては、この「12」はただの変数値なのかも知れない、
俺にはこのように思えました。

この構造体は正と反、是と非に分かれ、さらに有と無、物と事に分かれ、
これによって生・霊・有・成が生み出されている状態です。
この「生」や「霊」と言う定義は、別の言葉であっても構いません。
生は現であっても、霊は天であっても、ただこれらは「有る」ものです。

俺は以前に「エンジンの例え」として人間の意識が「機能」であると書きました。
意識は脳が生み出す機能的なものであり、これを生み出している装置が壊れれば、機能も失われる。
これは、ごく当たり前のことであり、また合理的な考え方です。
4431◆6KctQgwHqc :2018/06/08(金)18:45:51 ID:sWy
けれども、俺はこの合理的な解に対し強い違和感を感じていたことを白状しなくてはなりません。
確かに人間の意識とは脳の活動が生み出す「機能」であることは間違いありません。
現に脳が障害されれば機能たる意識や認知も障害されることは、俺自身も体験しています。

しかし、「機能とは一体どこに記録されている情報なのか」と、当時の俺は考えていました。
物質としてのエンジンや脳、この動作によって生み出される機能、
これは複数の部品が集合することで発生しています。

では、部品1つ1つの動作を決めているものは何か。
エンジンは人為的な構造物であり、人間の脳は自然発生しましたが、そこには意思が宿っています。

宇宙に仮に意識を有した者がいなければ、すべての物質は宇宙の法則に従って挙動するでしょう。
けれども、エンジンや人間の脳によって生み出された「機能」は、果たして宇宙にとってどのような存在なのか、
もしかしたら、イレギュラーな存在なのではないか、このように思いました。
4441◆6KctQgwHqc :2018/06/08(金)18:46:42 ID:sWy
エンジンも脳も、その機能は宇宙の法則を利用して動作しています。
しかし、例えば人間がいない宇宙では、真っすぐ進むはずの隕石があるとします。
これを人間の力によって軌道を変更された場合、決定論的であった宇宙の挙動が変化したことになります。

宇宙にとってこの「人間が軌道を変えた隕石」とはイレギュラーであるのか、そうではないのか。
この隕石が持っていた「宇宙の法則に沿った動作」に対し、変更を加えた「人間の干渉」という情報、
これは、一体どこに保存されているのか。

などと言うことを考えていたら病気になったわけですが・・・

俺はこの宇宙のすべての物質は2次元情報であり、このホログラム状の情報群を記録する媒体があると考えています。
では、この宇宙が情報に基づきホログラムを再生する「コンピューター」なのか、
この宇宙には直接情報が保存されており、情報の内に在るが故にそれを物質と見ているのか、
どちらであるのか、それを知りたいと思っています。
4451◆6KctQgwHqc :2018/06/08(金)18:47:53 ID:sWy
もし宇宙がホログラム再生装置であるなら、宇宙のすべてはただのインターフェース、
いわばゲームのドット絵や三角関数を用いて描かれるポリゴンと、何ら変わらないことになります。
そこには真実はなく、別に場所、真なる宇宙にこそ実体があるわけです。

もし宇宙に直接情報が保存され、その情報が俺たちも形作っているとしたなら、
その情報を記録している媒体が存在していることになります。
媒体はあらゆる情報を保存しますが、これがログ的に動作するのかまでは分かりません。

しかし、時空が情報を持つとしたら、各時空の点は1つ1つの点の情報をすべて記録していなくてはなりません。
それは「前は0だった」とか「前は1だった」のようなログ的な情報の他に、
自分の周囲がどっちを向いているのか、周囲の状態はどうなっているのか、そうした情報も持つ必要があります。

果たして、この膨大な情報を素粒子が持ち得るのか、または時空構造が情報を持つのか、
実はこれらの情報は「物質の宇宙」の外側に保存されており、故に情報は破壊されないのか、
俺はこの保存される情報は、いわば1次元配列のように保存されているように思えます。
(プログラムの知識がある場合、ポインターのようなイメージです)
4461◆6KctQgwHqc :2018/06/08(金)18:50:00 ID:sWy
この情報の保存場所は1次元方向としての時間がなく、すべての時間の全情報が保存されているのかも知れません。
しかし、すべての時間と言うことは、この宇宙は決定論的な世界であり、人間の意思はイレギュラーではない、
と言うことになります。

すべての時間ではなく、すべての過去と因果的に可能な限りの未来の全情報とした場合、
情報の消去と言うトンデモ動作を想定しなくてはなりません。

俺は情報は元から保存されているが、すべての時間だけでなく、すべての世界線の情報も保存されており、
すべては連動していて、レールは無数にあっても、どのレールを通るのかは決められていない、
いわば「過剰な決定論」と「選択的な自動意思」の連動と考えています。

このレールに高さのようなものがあり、確率の変化はあくまで「レール」の上においては決定していて、
ただ俺たちが「すごい!人間の意思が確率を変化させている!」と思っているだけかも知れません。
ちなみにレールはあくまで世界線ですから、そのレールに乗った瞬間に別の世界線とは切り離されるため、
情報として保存するのは現在とログだけで済むことになります。
4471◆6KctQgwHqc :2018/06/08(金)18:51:07 ID:sWy
すなわち、過去・現在・ちょっと先の未来の情報が保存されているとしたら、
その最適解を人間の脳がシミュレートして予知したり、既に起きている出来事を予測することは
決して不可能ではないと言えるでしょう。

俺が病中に考えた「機能」と言う情報は、結局はプログラムのソースコードのようなもの。
体験では「機能って情報は、ちゃんと別の次元に保存されているんだよ」と語っているものの、
俺の感覚では、やっぱり霊なんてものは無く、霊界なんてものもない、という答えに行き着いてしまうのですが・・・

でも、まあ、死後は真っ暗なんてのも寂しいですし、霊と思しきものも何度か見ているので、
ご都合主義的であっても「機能」は記録されているのかも知れないです。されてないと思うけど。

もし霊界があるならタイムマシンと同じで「すまん、霊界あったわ」と某博士が車椅子に乗って出て来てくれそうですが、
誰も戻って来てない所を見ると、あの世はよほど住みやすく、みんなサプラライズ大好きなのでしょう。
448名無しさん@おーぷん :2018/06/12(火)09:23:40 ID:4gi
>>442
ローマで発掘される12面体は宇宙を示したもののようだ
http://labaq.com/archives/51639814.html

ちなみに脳は11次構造(11次元ではない)らしい
http://karapaia.com/archives/52258715.html
449名無しさん@おーぷん :2018/06/12(火)10:44:43 ID:sTo
この世で1次元と2次元を見た人はいるのかな?
おれは見たことない
450名無しさん@おーぷん :2018/06/13(水)06:18:51 ID:3Q0
面白いなあ
聞きたいことは多々あれど、多忙につきまた後日
4511◆6KctQgwHqc :2018/06/13(水)21:28:15 ID:elM
>>449
おそらく、俺たちは、どの次元の構造体も見れないと思います。
時間が静止すれば時間的に隔絶された構造体は見れると思いますが、
宇宙の中にいる限り見ることは不可能です。

俺たちは時間の停止を想像することがあります。
時間を止められたら、自分の好きな場所へ行き、自分の好きなことをすると誰もが想像したことがあるでしょう。
言い換えると、この状態は「連続性のない時間のスナップショットでは、時間は経過出来ない」と言うことが出来ます。

これは、「1つの断片的時間内では、時間は存在出来ない」と言う意味でもあります。
時間とは連続してこそ「時間」であって、連続していなければ存在出来ないものと言えるでしょう。
つまり、時間などと言うものは見せかけなのです。
4521◆6KctQgwHqc :2018/06/13(水)21:29:03 ID:elM
俺は以前に「時間とは確率であり、確率とは高い次元の物理的移動軸」と書きました。
時間とは「レール」の例え話で説明出来ます。
俺たちは1つの時間ではなく、複数の時間に同時に存在しています。
つまり俺たちの「現在」とは、「ちょっと先の未来」によって構成されていると言えます。
「今」は無く、宇宙に確定した段階でそれは過去として保存されます。

このレールの上にはトロッコがあり、前方をライトで照らしています。
ただし、著しく遠方にあるものは照らし出すことが出来ません。
俺たちはトロッコがレールの上を走るがまま、ちょっと時間をオーバーランしているのです。

レールが進む先は「事実」、レールの高低は「確率」、レールは「世界線」と言えるものです。
このレールの上を走る「トロッコ」は、実は手漕ぎでもモーターが付いているわけでもありません。
実はトロッコは動いていないのです。

動いているのはレールであってトロッコは止まっています。
エントロピーの増大によって生じる宇宙の様々な現象として時間は存在するように見え、
『偽の時空』の中で安定し、平均化(乱雑化)しようとするエントロピーは、時間の矢を「一方向」だと錯覚させます。

実はトロッコが走ってしまうと、一方向にしか進めません。
一方、トロッコではなくレールが動いていると言うことは、実は周囲の風景こそが動いていることになります。
となると、周囲の風景に矛盾が無ければトロッコは常に「前に進んでいる」と錯覚出来ます。
4531◆6KctQgwHqc :2018/06/13(水)21:29:47 ID:elM
トロッコの上から見た宇宙の時間が止まっていたなら、宇宙は晴れ渡っては見えないでしょう。
もし、それを無視出来ても、構造体を構成する次元に時間が無ければ奥行きを持てません。
この時、宇宙は2次元に情報を保存した姿、つまりポリゴンで言う所のテクスチャと同じ状態になります。

構造体とは、その次元だけでなく、全ての次元の構造体のすべてが混ざり合っています。
時間を失うと1次元分しぼみ、時間を与えられると1次元分膨らむものだからこそ、宇宙に保存される情報は2次元なのかも知れません。
4541◆6KctQgwHqc :2018/06/14(木)12:27:59 ID:sk1
>>448
宇宙の形については考えたことがあります。
多分「宇宙は12面体」という話は、宇宙背景マイクロ波が60度より広角度では消失することへの説明なのだと思います。
俺だったら、正12面体の面同士を回転させて結び付けた形として宇宙を描くかも知れません。

これが「12の構造」であり、ポアンカレ球だと俺は考えているのですが、
そうなるとわざわざ3次元多様体にする必要はないんですよね。
どうせ、3次元多様体と3次元球面は同じ、保存される情報は同じなのですから。
宇宙の形は問わない、でも12の構造だぞ、で済む話なのではないか、
などと妄想しています。
455名無しさん@おーぷん :2018/06/15(金)14:31:09 ID:uYc
凄そうなスレを見つけてしまった。。  
456名無しさん@おーぷん :2018/06/15(金)18:48:17 ID:uYc
>>437異性との性交渉や、食事を通した享楽はない 物質を通して
こそ可能だったことは一切できない という方向性ですか?
酒を飲んでも酔わないというのも興味深いです 僕はそういう神秘体験
をしたことがないので、是非お聞きしたいのですが。
4571◆6KctQgwHqc :2018/06/16(土)22:43:10 ID:N41
>>456
肉体を持っていると言うことは、脳を持っていることと同義です。
脳が発生させていた機能や肉体に必要な行為はすべて必要なくなると俺は感じました。
458名無しさん@おーぷん :2018/06/16(土)23:54:25 ID:jWm
俺は昔、幽体離脱のようなものを体験したことがあって
寝てるときにいつの間にか居間でくつろいでる両親を天井の隅から
観察してたんだよね、そのときの感覚は45年経った今でも覚えてるけど
ただ部屋の中をじっと見てるだけで思考もなく両親が仲いいなーとか思うでもなく
ただひたすら見てると言うか観察してるだけだった
思考でもなく心でもない部分で「有る」という感覚しかなかった

わかりにくくてすいません
459名無しさん@おーぷん :2018/06/17(日)00:31:15 ID:NYG
>>457返信ありがとうございます。そうなんですか。 自分は脳の神経細胞が宇宙にそっくりという
ニュースを見て、ひょっとしたら死後はなんでもできるんじゃないかと思っていましたw 
http://www5e.biglobe.ne.jp/~spbook/sp-introduction1/sp-introduction1-2_02.htm

↑のURL先にも書いてあるのですが、病院のようなところに行くという下りはスピ系の話にもよくでます。やっぱり事実なのかなぁ。
460名無しさん@おーぷん :2018/06/17(日)00:32:06 ID:NYG
でも肉体がないから、そうする必要性がないってことか。
そかそか( *´艸`)
461名無しさん@おーぷん :2018/06/17(日)16:17:33 ID:NYG
あぁ 上のレスはもうスルーで大丈夫です 返信ありがとうございます
4621◆6KctQgwHqc :2018/06/18(月)10:48:42 ID:E1K
>>458
俺も幼少の頃に幽体離脱に類似の経験があり、ただ観察しているだけの機械的な印象でした。
個人的には幽体離脱は入力された情報から脳が再現した映像なのではないかと考えています。
この「脳が再現する情景」とは、あるいは予知や透視とも関連しているかも知れず、興味深いものと思います。

>>459-461
インターネットや脳細胞、銀河間のネットワークは接続アルゴリズムが最適化され似ているのだと思います。
おそらく、「人間の脳は11次元」とは、脳のネットワークをデータ構造として捉えた時の次数なのでしょう。
(と言うことは、グラフ理論で脳構造を見たと言うことなんでしょうか。詳しく記載が無く分かりませんが)

「病院」と表現した場所は、実際には「案内所」や「説明所」と表現することが適切かも知れません。
しかし、病院以外に例えられる場所がないので、利便上「病院」と呼んでいます。
463452 :2018/06/18(月)11:05:24 ID:a7k
>>462
ありがとうございます
付け加えさせていただくなら幽体離脱のような体験のあと目が覚めて
トイレに行く途中、居間を見たら天井の隅から見たときと同じ情景を見たので
自分の霊体が肉体から離れたのかなとしばらくは思っていたんです
なるほど、自分にインプットされた情報を10秒前なのか20秒前なのかわからないけど
体験する前に予知的に見たんだと言われれば
そうかなと思えます
464名無しさん@おーぷん :2018/06/18(月)11:16:34 ID:a7k
予知に関しては根拠の有無に関わらずあるんだろうなというスタンスです
これから起こることがぱっと閃く事があるんですけど
根拠もなく起こるべくして起こると当たり前のように確信して
閃いた事が実際起こると起こって当然じゃないかくらいの感覚なんです
で、危うい感覚なんですけどこのスレを見る2,3日前から腹の底から
「知りたい」という欲求が沸き起こってるんです
465名無しさん@おーぷん :2018/06/18(月)12:06:46 ID:qOm
物質世界(3次元)が2次元と4次元の影響を受けた確定情報でしかないってことは
ある種、全てが結果的残骸である。人生を能動的に進めているつもりだけど、実は
既にある程度先のレールが確定して、そこを沿ってるだけというイメージでしょうか。
レス頂ければ幸いです。
4661◆6KctQgwHqc :2018/06/18(月)13:16:55 ID:E1K
>>463-464
あなたの体験したエピソードが予知的だったのかは分かりませんが、
俺は予知については体験していますが懐疑的です。
メカニズムは確実に脳にあると思いますが、だからこそ科学的に解明出来る事象と思います。

ところで、様々なことに好奇心が勝る時は、私は体験から危険の兆候かも知れません。
踏み込み過ぎてしまうなら、自身がリスクに晒されている可能性を危惧してください。

>>465
人生をレールに例えるなら、その存在が確定しているのはヘッドライトに照らされている範囲です。
その先には、レール同士のもつれによって空間のようなものが作られていて、
「因果的に無理がない」レール候補たちが、そこには無数に存在しているイメージです。
467名無しさん@おーぷん :2018/06/18(月)13:36:04 ID:LOi
光が粒子と波の両方の性質を持つ、とか粒子のスピンが飛び飛びの値を取るとかの物理現象の説明として、
四次元かそれ以上の次元の物理現象が、三次元平面に投影されているという説は合理的だと思う
468名無しさん@おーぷん :2018/06/18(月)13:47:18 ID:qOm
レスありがとうございます。なるほど・・・。
4691◆6KctQgwHqc :2018/06/18(月)16:16:14 ID:E1K
電子の場合、その軌道(球対称の境界条件)上で端数が打ち消し合って整数としての波長を持ちますが、
俺は非連続体としての時間と言う性質と、「4次元の光源」が「物質」を生み出しているように思っています。
とすると、波動の収縮(が起こるように見える現象)は、この世界の確定、
つまりエントロピーの増大の結果、などと言うトンデモなことを書かなくてはならないのですが・・・
4701◆6KctQgwHqc :2018/06/18(月)16:33:14 ID:E1K
>>467
レス番つけ忘れました。
内容は>>469です。

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