- -pv
スレッドの閲覧状況:
現在、- がスレを見ています。
これまでに合計 - 表示されました。
※PC・スマホの表示回数をカウントしてます。
※24時間表示がないスレのPVはリセットされます。

君も小林秀雄になれる

1林秀雄:2016/09/28(水)03:06:47 ID:u64()
鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄』なる本を読んだ。つまらなくはないが,
結構売れているほどには面白くもないし説得力もない。
これなら俺の方がましなものが書けるぜ・・・というわけで,これから
徹底した小林秀雄批判をして行こうと思う。乞う御期待。
58BOCONON :2016/11/23(水)04:26:12 ID:yF9()
そりゃ,いきなり「世の中に簡単に片付く問題などありはしない」のだ,などと怒ったように深刻
そうに言われたら,たいがいの人間は,怖気づきはしないまでも「何だなんだ?」とは思うに決まっ
ている。それはベートーヴェン『運命』が「ジャジャジャジャ~ン」などといきなりオーケストラ
の重苦しい音を響かせれば,誰だって「何だ,どうしたんだ?」と云った気持ちになるのと同断で
ある。
だが,聴き手や読み手にまで深刻な顔をすることを強いるかのような芸術のたぐいなんてものがそん
なに上質かつ(小林のよく使う言葉で言えば) “高級” なものか,というのには,僕は持たざるを得
ないのだ。
59BOCONON :2016/11/23(水)04:27:56 ID:yF9()
↑「疑問を」というのが抜けてた。
60BOCONON :2016/11/27(日)22:29:58 ID:zcG()
あるいは僕は小林の文章を読んでいると,中学生の時の学校内弁論大会の時,最後に同中学の
先輩の高校生女子(弁論部)が教員たちに呼ばれて来ていて,言わばお手本のように演説とい
うかスピーチをしたのを思い出す。
これがむやみと深刻な顔をして,荘重に始まって次第々々に力強く一席ブッたものだから,呑気
な田舎の中学生だった僕はそんな事には慣れていなかったから,びっくらしてしまって彼女が何
を話しているのかもわからないうちに終わってしまったのだった。
61BOCONON :2016/11/29(火)19:12:45 ID:xDA()
まあ,およそ人を笑わすのは才能がないと出来ないが,深刻そうにくだらない事を書いたり言ったり
するのはさして難しくはない。

  文学についてなら,僕も少しは言うことはある。人生を棒に振ったのだから。
  思い出すこともできないほど幼いうちから,どうやら僕は文学にも音楽にも魅入られていた。
  二十歳にもならないうちにその毒はすっかりまわり,僕はいつも酩酊して歩いていた。僕の
  人生はいつもその後をしぶしぶ歩いてついてきただけだ。
  今やそれが毒なのか薬なのかもわからぬ有様だが,どっちみちそれがなければ生きられない
  のだから同じ事だ。酔生夢死の人生・・・。
  だが何の不足があろう? 僕は自分以外の人間になりたいとは思わぬ。

・・・なんて調子で,僕の至極つまらぬ人生もこの程度にはもっともらしく飾って言おうと思えば
言えるのである。正直小林の文章もこの程度のものにしか見えないのだ,僕には。
62BOCONON :2016/12/01(木)10:42:16 ID:VSq()
3.

何だか同じような話が続いて,自分でも飽きてきたな。あんまり小林のことをひつこく攻撃して
いると,誰かに「そんなに小林のことが気になるのか? もしかしてオマエ本当は小林秀雄のこと好
きなんじゃねえのw」なんて言われそうでもあるし。
だがそんなわけのもんでもない。僕はただ文章を書くのが好きだから書いているだけで,対象はなんで
もいいのである。実際この掲示板でも「着る」「聴く」「読む」等々あちこちに書き散らしているし。
そうでなけりゃ,誰が最早絶滅しかけている “文芸評論家” なんか取り上げるもんかい。あるいは文学
でなくとも,およそどこでも必要とされなくなっている “批評家” や “評論家” なんざ。
更科修一郎氏ではないが「批評家なんてやっても食えないだけ」だもの、思えば鹿島茂だの呉智英だの,今
ごろになって小林秀雄批判だ吉本隆明批判だなんて,間抜けな話もあったもんだ。お前らプロの書き手が
しっかりしていりゃあ,ボクがこんな文章など書く必要もなかったのに。
63BOCONON :2016/12/01(木)10:58:39 ID:VSq()
・・・もしかしたら,小林も吉本も(あるいは大江健三郎も蓮實重彦も)もう出版業界にとって
「いらない人」になりつつあるから批判本も出るようになったのか? 実際今は「村上春樹批判はし
ちゃいけない。そんなことを大っぴらにやっていると大手出版社や新聞社には書かせてもらえなく
なる」と云った調子のようだし。
もしそうならますます情けなくもマヌケな話もあったもんだ。だって君らが死ねば,次は君ら自身の
番だぜ?

・・・ってまあ,これと言って大した著書もない小物を批判する物好きもいないか。僕もいやだな,そ
んなの馬鹿々々しくって。
64BOCONON :2016/12/01(木)11:11:20 ID:VSq()
そうだ,小林秀雄の手口について 3.であった。今まで述べたことと同じようなものだが
以下の文章を,コメント欄も含めて読んでいただきたい。
(別にこんな意見にボクが賛成というわけではない。ただ参考にはなるかも知れないってだけ。)
       ↓
http://www.tachibana-akira.com/2012/07/4551

橘玲の仕事を「知的貧困ビジネス」というのは誰が言ったのか知らないが,なかなか上手いもんだ。
思わず笑ってしまった。
そんな事はとも角,小沢一郎がそんなにエラそうな人間かはどうも疑わしくて,なんだか昔の探偵ファ
イルの “BOSS” とか,奇妙にアメリカびいきな人間にはヒステリックに小沢攻撃をする人間が時々いる
って事の方が僕には興味深いが,今はその話ではない。
65BOCONON :2016/12/05(月)18:52:00 ID:jPl()
だいたい小沢一郎が一体何がどう「偉そう」なのか,事実上橘は何も書いていないのだからあんまり話
にはならない。だがまあ言いたいことはわかる。小沢一郎などよりロナルド・レーガン元大統領のよう
な人のことだろう。TV討論で,ジミー・カーターが政策論争を挑んでも「やあ,君はまたその話かい!」
なんて調子で正面から相手にせず「いいからアメリカの舵取りは私にまかせておきたまえよ」と云った態
度で押し切った,あのやり方である。
66BOCONON :2016/12/05(月)19:04:48 ID:jPl()
あるいはヒトラーの大衆操作のやり方である。「民衆は女である。論理ではなく勘感情で動く」だから
感情に訴えれば勝ちなのだという,身も蓋もなくも正しい方法。言いかえれば「キッパリと自信満々に
語れば,言っていることは大した内容ではなくとも人はついてくる」ということ。オバマの「チェインジ。
イエス,ウィーキャン!」なんてのも,文字にするとバカみたいな言い種であるが,音声言語中心主義の
国では,なんだって人をその気にさせればOKみたいなものなのだ。
小林秀雄も,手口その3.は,文章でこれをやったことにある。どうせ日本の近代文学なんぞ読むのは基本
的に学生だけみたいなもので,文学青年なんてものは大方もてない文弱の徒であるから,小林のようなオド
カシ方は存外効果的なのである。
67BOCONON :2016/12/05(月)19:15:47 ID:jPl()
そして,おおよそ僕のような優柔不断な人間なぞより,男はバカでも頑固でキッパリしている方が
モテるものだ。小林は少なくとも池田晶子には「私は小林秀雄には惚れぬいているのだ」と言って
もらえたのだから,持って瞑すべしである。
僕個人としては,長谷川泰子みたいなキ〇ガイじみた女(小林とはどうも共依存関係にあったようだが
そのことについては後で触れることもあろう)や池田晶子みた様な「私は死ぬことが怖いと思わない」だの
「私は自分が正しいことを知っている」だのと平気で言うようなイっちゃってる女とはあまりお近づきには
なりたくはないが。
68BOCONON :2016/12/05(月)19:29:04 ID:jPl()
「小林秀雄をヒトラーと同列に並べるとはひどいじゃないか」と言う人もいるかも知れないが
ナニ似たようなものだ。疑うものは小林秀雄が全集から削った,ヒトラーの天才ぶりに感嘆して
いる小林の文章でも探して読んだらよろしい。
そして僕のこの文章でも「哲学をやっているわけでもあるまいに,小林の言っていることは抽象論
ばかりで具体的な話が何もないのだから,つまりは何も言っていないのと同じ,意味不明である」と
いうことを縷々指摘してきたのだから,反論したければどうか「小林の文章は意味不明なんかじゃな
い」ということを論証していただきたいものである。
まあ,そんな事は不可能に決まっているが。
69BOCONON :2016/12/06(火)21:15:41 ID:1Kn()
>>67

「以て瞑すべし」だった。
70BOCONON :2016/12/13(火)17:14:35 ID:TQx()
『様々なる意匠』の次に進もう。

> 私は,ここで問題を提出したり解決したり仕様とは思わぬ。

特に結論出す気もないとは「何だそりゃ?」と言うよりほかあるまい。「論文て何だかわかって
んのかね?」だ。
そもそも話がつながっていない。最初に大上段に構えて言葉の持つ魔力について語っておいて,
つまり「自分は言葉,ひいては文学について,重要な事は考え尽くしたのであるぞ」と言ってい
るかのように始めておきながら,さて次に「問題を提出する気も解決する気もない」では一体何
のために大仰な文言を書きつけたのやらわからない。無茶苦茶である。
71BOCONON :2016/12/13(火)17:32:24 ID:TQx()
しかし,小林はそういう事はどうでもいいのだろう。冒頭からここまで,突然大声で
深刻そうにものを言いだしそのまま突き進むような態度で人の気を呑んでおけば,後
は話がつながっていようといまいとかまいやしない。読者が毒気を抜かれてぼんやりし
ているうちに話を持って行きたい方向に持っていってしまえばいいのだ」というやり口
である。
まことに故倉橋由美子が「この人の文章って香具師の向上みたい」と言っていた通りで
あるな。
72BOCONON :2016/12/13(火)17:53:14 ID:TQx()
> 私には常に舞台より楽屋の方が面白い。
> 「搦め手から」,これが私には最も人性論的法則に適った軍略に思えるのだ。

やれやれ,真正面から勝手に意味不明なことを断言しまくっておきながら,本題に入るとこれだ。
例によって具体的な話が何もないんだから,ここを読んだだけでは何をどうしたいのやらまったく
不分明である。
確かなのは小林が「各流派・各〇〇主義者の文芸批評家などの作品・文章なんぞは真正面から論じる
必要なし。むしろあいつらがあんなものこんなものを書きたがる,その魂胆を見抜いてやろう」と思
っているらしいことだけである。
また随分と所謂「上から目線」の,人を見下したような偉そうな言い種もあったもんだ。やな「人性論」
だこと。
73BOCONON :2016/12/13(火)17:54:52 ID:TQx()
>>71
間違えた,“口上”。
74BOCONON :2016/12/15(木)09:24:11 ID:tyl()
> 詩人にとっては詩を創る事が希いであり,小説家にとっては小説を創る事が希いである。
> では,文芸批評家にとっては文芸批評を書く事が希いであるか?
> 恐らくこの事実は多くの逆説を孕んでいる。

「では,その私の考える “逆説” とは何か?」と話はふつう進む筈であるが,小林はこの後また
急に話題を変えてしまう。
まあしかし,文学好きが昂じて詩を書き始めたり,中には小説を書いてみようとする人間は珍しく
もないが,確かに始めっから「俺は将来ぜひとも批評家になりたい」なんて言うような唐変木は普通
あまりいない。
75BOCONON :2016/12/15(木)09:39:26 ID:tyl()
「音楽を習っている者は,普通は第一にソリスト=独奏者になりたがるものだ。それが無理なら
オーケストラの楽員になろうとする。それも駄目となると指揮者になろうとする。よくよく駄目
な奴は音楽評論家になろうとする」・・・とはよく言われる話である。
76BOCONON :2016/12/15(木)09:40:17 ID:tyl()
文学だって同じことだ。実際たとえば平野謙や臼井吉見,あるいは小林の親友河上徹太郎のよう
に,生前は有名であっても,批評家なんてものはたいがい「死ねばそれまで」ではある。小林は
どうやらそれでは大いに不満であったらしく,この後ではどうするかという話が続く・・・ように僕
には見えるが,小林の書き方は相変わらず素直でないからよくわからぬ。
まあ,取り敢えずもうちょっと先まで読んでみようか。
77BOCONON :2016/12/20(火)13:22:59 ID:9uG()
> 「自分の嗜好に従って人を評するのは容易なことだ」と,人は言う。
> 然し,尺度に従って人を評する事も等し苦もない業である。
> 常に生き生きとした嗜好を有し,常に溌剌たる尺度を持つという事だけが容易ではないのである。

> 生き生きとした嗜好なくして,如何にして溌剌たる嗜好を持ち得よう。

これは御尤もな話ではあるが,そんな事は当たり前である。別に好きでもない作品を勝手な尺度でも
って分析/理解したつもりになったとて,そんなものが批評と言うほどのものになんぞなるわけもない
・・・と今の若い読者だって思うだろう。
しかし,そういう人にもここで注意してもらいたいのは,好みでものの良し悪しを言ってもしょうがな
いからと言って誰も「だから私は自分の尺度で作品を批評する」などとは言っていない,ということだ。
78BOCONON :2016/12/20(火)13:30:30 ID:9uG()
小林はまるでそういう事をしたがる人たちが当時確かに存在し,彼らに向けて反論しているかの
ような物言いをしている。別段最近流行りの批評理論/文学理論を振り回す人たちがいた筈もない
のに。

これは今の読者には解説しないとわからないだろうから書いておくと,小林はマルクス主義および
マルクス主義的批評を念頭に置いて書いているのだ。
79BOCONON :2016/12/20(火)13:40:53 ID:9uG()
小林は彼らに対する批判として(当たり前なことを敢えて)述べているのである。こうした
事情は,今の若い人たちには見えにくくなっているだろうと思われる。だが「自分の勝手な
尺度によって作品に評価を下す人たち」はだから,実は当時ちゃんと存在したのだ。
何しろこの『改造』の懸賞論文で一位を取ったのが宮本顕治が芥川龍之介を論じた『敗北の文
学』だったりした時代なのである。
80BOCONON :2016/12/20(火)13:49:12 ID:9uG()
こうしたマルクス主義の影響力の絶大なること,今では想像を絶するようなものである。
と言っても,割と最近まで(橘玲の “進化論” のように)「マルクス主義は「社会の成り立ち
から動き,人間の精神のあり方に至るまで,“下部構造が上部構造を規定する” という考え方に
よって何でもうまく説明出来てしまう一番カッコいい理論」なんて公言する人たちはいた(故遠藤
誠弁護士とか漫画家の青木裕二氏とか)。
81BOCONON :2016/12/20(火)14:02:05 ID:9uG()
そこまで正直にストレートに言う人は少ないにしろ,実際のところ20世紀日本に於いては,
左翼であることが「意識の高い知識人であることの資格証明」みたいなものではあったのだ。

僕自身もいろいろあまり愉快でない思いをしたことはある。例えばバロック音楽のテレマン『タ
ーフェル・ムジーク』など聴いていると,聞きもせんのに「僕はそういうブルジョワのための
音楽聴くなんて,罪悪感感じちゃって出来ないなあ」などと言ってくる奴がいたりしたのだ。
大きなお世話もいいところである。だがビートルズの音楽さえ「ブルジョワの退廃の産物」など
と言って切って捨てたつもりの「悧巧さうな事を言ひたがる馬鹿」は別に珍しくもなかったので
ある。
82BOCONON :2016/12/20(火)14:21:46 ID:9uG()
>>80
間違えた。「青木雄二」。
83BOCONON :2016/12/21(水)06:33:38 ID:apv()
こんな話はいくらでもあるようなものだ。

林達夫の文庫本を読んでいたら「その頃私にとっては人民中国が希望の星だった」と
云った意味のことをはっきり書いていたので「正直な人だな...」といささか驚いた
ことがあった。林達夫が大学人としてはあまり出世しなかったのはそういう人だった
からじゃないのかしらん。
84BOCONON :2016/12/21(水)06:46:45 ID:apv()
その林達夫が逸早く評価した庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』というのも,いかにもな作品である。
何しろ主人公が,高校生のくせに枕頭の書が『毛語録』だというのだからすごい。・・・いや,別に凄くは
ないのかも知れないが,僕にはなんだかそんな設定はまったく現実味がなく,なんだか異国の話のように
聞こえたのだ。僕自身は進学校の生徒とは言え,田舎の貧乏家庭の息子,ノンポリ学生と言うか理由もな
く政治的な事をバカにしていたから。
85BOCONON :2016/12/21(水)06:53:03 ID:apv()
実際はどうだったのだろう? 本当に当時日比谷高校にはそんな左翼丸出しな高校生なんてものが
当たり前のように存在したのだろうか。いづれ小説の設定としておかしくはない程度には現実味の
ある話だったのだろうけれど。

ちなみに庄司薫はその後中村紘子との結婚が話題になる頃には小説も何も書かなくなっていて,一体
どうやって暮らしているのだろうと僕は思ったものだ。後で聞いた話では,バブル時代に不動産投資
で儲けて売り抜け,今は悠々自適だそうな。妙に要領のいい人だこと。
86BOCONON :2016/12/21(水)07:12:02 ID:apv()
北杜夫の回想によれば,『青年茂吉 ―「赤光」「あらたま」時代 』を書いた時には,岩波書店の
編集者に「北さんはバリバリのブルジョワだからなあ!」などと面と向かって言われたとか。
岩波は “T・K生” なる韓国在住の人物をでっち上げて『韓国からの通信』なる朴正熙批判本を新書
で出したりしていたが,後でそれがバレても特に謝罪もなし。今だったら大問題になるだろう。朝日
新聞だけじゃないのである。コイツらのおかげで日本人は「社会主義国以外の独裁者=悪」と自動的
に考えるようになってしまった。それを自分では意識していないから余計にたちが悪い。リビアがア
フリカ一の福祉国家でカダフィが偉大な指導者であることすら知らないし知ろうともしない阿呆で溢
れかえっている始末だ。まったくやれやれだぜ。
87BOCONON :2016/12/21(水)07:22:18 ID:apv()
・・・あ,すいません。取り乱しました。

まあ,そんなアンバイであるから,磯田光一だったかが『様々なる意匠』など読んで
「ああ,マルクス主義に対抗できる批評のあり方がここにあった!」と云った意味の
感慨を持ったのも,まあ気持ちとしては分かるというものだ。
僕としては小林秀雄の行き方もマルクス主義的尺度も願い下げだが。そして僕のこの文
章をここまで読んだ若い人たちがいたらたぶん「なんで小林秀雄ってこんな程度の事を言
うのにこんなに力みかえってんの?」と思うだろうが。(思わないようじゃ困るのだが。)
88BOCONON :2016/12/22(木)10:59:27 ID:Z4E()
ついでに書いておけば,小林は「人間は可能なものしか真に望まぬものである」といふ事を
言うのに先づ「守銭奴は金を蓄める,だから彼は金を欲しがるのである」等と書いているが
これはつまり「人間は最初は好きなものだからそれを集め(コレクションし)始めたもので
あっても,続けているうちに集めること自体が目的になってしまうものだ」ということが言
いたいのだろう。
89BOCONON :2016/12/22(木)11:07:34 ID:Z4E()
それは正しい,というより小林に言われるまでもないよくある話だ。例えば時々TVの
ニュースなどで下着泥棒が盗んだ下着が床に並べられているのを見ると,なんだかもう
びっくりするほど大量にあったりするように。
僕も似た経験があるのでわかるが(集めたのは下着ではないので為念)そんなことは
「生き生きした嗜好なくして生き生きした尺度なし」なんて話にはつながらない。例と
して不適当である。
90BOCONON :2016/12/27(火)18:25:42 ID:Zab
> だが,論理家等の忘れがちな事実はその先にある。
(中略)
> 吾々は批評の方法を如何に精密に論理附けても差し支えない。
> だが,批評の方法を如何に精密に点検されようが,その批評が人を動かすか
> 動かさないという問題とは何んの関係もないという事である。

話の継ぎ方がヘンであるな。「その先にある」のではない。「生き生きした嗜好なくして生き
生きした尺度もないという事は,言いかえれば批評の方法を如何に精密なものにしようと・・・」
と続くのでなければおかしい。だって言っていることは同じようなものだもの。
91BOCONON :2016/12/27(火)18:44:22 ID:Zab
> 例えば,人は恋文の修辞学を検討する事によって己れの恋愛の実現を期するかも知れない,
> 然し斯くして実現した恋愛を恋文研究の成果と信ずるなら彼は馬鹿である。
> 或は,彼は何か別の事を実現してしまったに相違ない。

安心したまえ,そんな馬鹿はいない。そもそも “こうすればモテる” だの “正しい女の口説き方” だのいう
ような類の本を読んでモテるようになろう,などと本気で考えるような馬鹿がどこにいるというのだ?
・・・尤もああいう本もまるっきり役に立たないわけでもないがな。「女から見たら,男の普段着なんてユニクロ
でもなんでも清潔感があればOK。ふつうが一番」なんてな。

ビジネス本のたぐいも,松下幸之助の本一生懸命読んだおかげで rich & famous になった男というのもあん
まり聞いたことがないね。だが D.カーネギーの本なんてのも,人生論としては悪くはない気がする。
92BOCONON :2016/12/27(火)18:52:44 ID:Zab
まあしかし,こんな誰でもわかっていることをまるで気の利いた事を言っているかのように
書いているようじゃ,小林秀雄というのも少しどうかしておるな。それともこりゃ冗談のつ
もりなのか? だとしたら随分持って回った冗談だこと。
93BOCONON :2016/12/27(火)19:03:04 ID:Zab
少しは真面目な感想も書いておこう。

最近は文学理論/批評理論なんてものも小林の時代から見れば随分と精密にはなってきているようだし
その手の本は僕も何冊か読んだりした。で,批評理論というのもそう馬鹿にしたもんではない気がして
はいる。だが困ったことに,その手の本は下手に文学作品など読むよりよほど難しかったりする。
テリー・イーグルトン『文学とは何か』なんて本は,確か20代の時にも読んで面白かった記憶があるのだ
けれど,先日読み返したら何を言っているのやらまるでわからなくて困惑した。
94BOCONON :2016/12/27(火)19:10:26 ID:Zab
まあ,わかる筈がないのである。たとえば “構造主義批評” なんてものについて語るなら,まず
構造主義とは何ぞ,という話から始めなければなるまいし,実際そうしている。しかし,構造主義
とは何か,なんて入門書一冊読んでもわかるとは限らないのだ。僕は大体知っているからまだしも
だが,そんな読者がそんなにいるとも思えない。だからT.イーグルトンの本みたいに数ページ説明
されただけじゃ,ふつう構造主義とは何かなんてわからない。その上,この本では構造主義批評の具
体例も挙げていないのだ。これで何をわかれというのだ?
95BOCONON :2016/12/27(火)19:19:23 ID:Zab
ましてポスト構造主義,脱構築批評の話にでもなったらもうお手上げである。
“ディコンストラクション” について言えば,僕などは今さらやっとジョナサン・カラーの
本が何とか最後まで読めた(勿論理解するところまでは行っていない)という体たらくである。

蓮實重彦『小説から遠く離れて』というのは,一種構造主義批評的な本のように見える。本当は
違うのかも知れないが,マァこれは面白かったからいいや。しかしこの本に限らず,シロウトに
読めるような本でも,批評理論に基づいて書かれた本というのは,たいがい評価の定まった名作
なんてものは取り上げようとしない。
96BOCONON :2016/12/27(火)19:26:36 ID:Zab
従って,最近の批評理論によって名作とされてきた作品に対する新たな見方が発見された,という
ような話も聞かないのがなんだかつまらないところである。『吉里吉里人』だの『裏声で歌へ君が代』
なんて小説には僕には関心がない。先日メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』を批評理論で読み
解く,なんて新書本を見かけたが,なんでそんな誰も読まないような小説なんて取り上げるんだか,不
可解である。
97BOCONON :2016/12/27(火)19:39:20 ID:Zab
ロラン・バルトなんてのも昔は随分流行ったようであるが,うーむ。『S/Z ―バルザック「サラ
ジーヌ」の構造分析』なんて本を今でも読む人がいるのかどうかは知らないが,なんでよほどの
フランス文学好きでもなきゃ知らないような作品を取り上げるんだかな。
どうも僕には「コイツら,自分の方法が当て嵌めやすい作品を選んでいるだけじゃねえの?」とい
う疑問を持たざるを得ないのであった。
98BOCONON :2017/01/02(月)11:07:45 ID:dYP
まあ,そんなことは,どうでもいいんですけどねっ(ト顔の前で手を上下に振る)。

ところで,これはユーモアのつもりなのか?
             ↓  
> 或は,彼は何か別の事を実現してしまったに相違ない。

まあ,冗談としても別に面白くはないがな。
でも「どうすればモテるか」とか「どうすれば成功した人間になれるか」なんてことも,真剣に
考えて試行錯誤するなら無駄でもあるまい。音楽やお笑いのパターンを自分なりに研究して,そ
の結果ひとかどのミュージシャンになったチチ松村や,お笑い界の大物になった島田紳助のよう
な例もあるし。
99BOCONON :2017/01/02(月)11:08:54 ID:dYP
或いは学生時代に図書館に通って投資理論に関する本を読みつくしたという “オマハの賢人” ウォ
ーレン・バフェットの例もあることだし。

少なくとも小林秀雄の本など読み漁ってエピゴーネンとなってしまい,何が何やらわからない事ば
かり口走るような人たちよりはまだ生産的というもんである。
100BOCONON :2017/01/03(火)13:35:21 ID:yS5
ところで,芸術批評などは僕はやっていないが,書評のようなものは以下に少しづつ
書いているから「見たい奴は勝手に見たらいいだろう」。
“生き生きとした嗜好と尺度” が読み取れるか否かは知らんが。
              ↓
http://toro.open2ch.net/test/read.cgi/books/1410317926/l10
101BOCONON :2017/01/03(火)13:38:18 ID:yS5
むしろここでの書評では僕は「どんな分野であれ,理論的にあり得ることを予見できないならば
それは学問ではない」とか「いつも事が起こった後から何でもその理由が説明出来てしまうよう
な理論は,理論というようなものではなく,“神様がそう決めた” とかいうのと同じである」と云
った常識に立ってものを言い「だから橘玲や宮台真司の本などくだらぬ」などと言っていたりする。
僕は「他人の作品をダシにして自分の夢を語りたい」などとは別に思わないから。
102BOCONON :2017/01/03(火)13:52:01 ID:yS5
次に進もう。

> 嘗て主観批評或いは印象批評の弊害という事が色々と論じられたことがあった。

これ以下印象批評について書いている部分は,正直僕には誰の何の話をしているのやら
当時の事情を知らぬからよくわからぬ。もしかしてこれもマルクス主義の文学観に対す
る当てこすりなのかしらん?
103BOCONON :2017/01/03(火)13:53:53 ID:yS5
何にせよ僕としては(或いは多くの読者も)印象批評の何が悪いのやらわからない。印象
批評であろうとなかろうと,基本的に批評するには出来るだけ客観的に作品を理解した上
での事でなければ,そんなものは批評なんぞにはなりようがないではないか? なぜ「印象批
評で何が悪い?」と言わないのかどうも不分明である。
104BOCONON :2017/01/04(水)03:56:14 ID:i6z
小林は結局その問題には何も答えを出さない。

> 兎も角私には印象批評という文学史家の一術語が何を語るか全く明瞭でないが
> 次の事実は大変明瞭だ。
> 所謂印象批評のお手本,例えばボオドレエルの文芸批評を前にして,舟が波に
> 繊鋭な解析と溌剌たる感受性の運動に,私が浚われて了うということである。

「印象批評でたくさんじゃないか」と思うんならそう言えば良いだけの話である。唐突にボード
レールの批評の話などされても困るのだ。普通そんなものを読む奴なんてそんなにいる筈がない
んだから。
鹿島茂なぞもフランス文学の教授のくせにこの点については何も語っていない。多分ボードレール
の詩はとも角,批評など読んじゃいないのだろう。
105BOCONON :2017/01/05(木)16:56:27 ID:7nW
僕も勿論読んではいない。ちくま学芸文庫からボードレールの批評の本が出てはいるが,多分
読んでもわからないだろうし,読めばわかるとしても「僕の言いたいことがわからない? なら
ボードレールの批評を読みなよ。そうすりゃわかるだろうから」なんてふざけた “論文/批評/評
論” なんてものがあってたまるものか。
106BOCONON :2017/01/05(木)16:58:06 ID:7nW
そもそも「生き生きとした嗜好と尺度」と何かそれ以上のものによってボードレールが批評を書いていて,
それがいいのだとすれば,それが出来るなら別にボードレールじゃなくったって良い話である。
こんなところでそんな名前を持ち出すより自分でちゃんと説明したら良かろう。そうでなけりゃ,こ
んなものは単に権威づけにしかなりはせぬ。
107BOCONON :2017/01/17(火)04:09:30 ID:OAH
さて,迂闊にもここまで書いてきて気がついたのだが,僕はもはや文学なんぞには大して関心が持て
なくなっているのであった。もう既に1% 対 99% の戦いが始まっているのだ,この時代は。
小林秀雄も言った通りである。

  僕には戦争に対する文学者の覚悟という様な特別な覚悟を考える事が出来ない。銃をとらねばなら
  ぬ時が来たら、喜んで国の為に死ぬであろう。

但し,僕は国の為になんぞは死ぬつもりはない。なぜなら今は国なんてものはそれ自体が敵になりつつ
ある時代だから。

新着レスの表示 | ここまで読んだ

名前: mail:





君も小林秀雄になれる
CRITEO