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君も小林秀雄になれる

1林秀雄:2016/09/28(水)03:06:47 ID:u64()
鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄』なる本を読んだ。つまらなくはないが,
結構売れているほどには面白くもないし説得力もない。
これなら俺の方がましなものが書けるぜ・・・というわけで,これから
徹底した小林秀雄批判をして行こうと思う。乞う御期待。
2林秀雄 :2016/09/28(水)03:19:37 ID:u64()
鹿島茂の『ドーダの近代史』というのが面白そうなので,いつか読もうと思っていた。
でも大体この人の本は跳びついて買って読むほど面白くはないので,文庫本になったら
・・・と思っていたが,いっかなならない。『ドーダの人、小林秀雄』を読んだらその理由
がわかった。「東海林さだおから借りたキーワード "ドーダ” で何もかも説明し尽くして
やろう」なんてのは,明らかにただの思いつきとしか思えないのであった。
3林秀雄 :2016/09/28(水)03:30:40 ID:u64()
それじゃ文庫本にするほどのものにはならんわな。
"ドーダ!” やグラウチョ・マルクス(古いなぁw)のジョークなど持ちだして来ても,鹿島の
田舎の文学青年趣味的ナマクラ刀じゃ小林秀雄も斬れるわけがない。たまにいいところを突いて
いるなと思うことはあっても,だ。
どうにももどかしい。ここはひとつ,乃公出でずんば・・・で,鹿島先生の本も参照しつつ小林秀雄の
正体に迫っていくことにする。
4逆手:ぎゃくて :2016/09/28(水)19:28:18 ID:u64()
最初に結論めいた事を書いてしまえば,私は小林秀雄がすぐれた批評家だとは少しも思わない。
だって「小林のおかげで新たに理解・評価されるようになった重要な作品」なんてものがどこに
あるのだ?
あるいは逆に「有名な割に本当は実につまらない作品だ」とされるようになったものは?(サマ
セット・モームの小説とか,どうなんだい?)
ランボーの翻訳,と言うより,鹿島も言う通り『地獄の季節』を創作した,なんてことが自慢に
なるのか?
こんな人間が日本の批評の確立者だって? 正宗白鳥の方がまだましだろ。
5独擅場:どくせんじょう :2016/09/29(木)15:16:16 ID:Wbx()
あ,すいません。取り乱しました。

小林秀雄の鑑識眼については,岡本太郎がすごく面白いエピソードを書いている。古い本に載っていた
もので,もうあまり手に入らないから,詳細は忘れたけれど,これくらい小林の批評家としてのつまら
なさを明白に物語る話はない。
6独擅場:どくせんじょう :2016/09/29(木)15:23:34 ID:Wbx()
小林が骨董に凝っていた頃,岡本太郎が小林の家に遊びに行った時の話。

当然のように小林はその時持っていた骨董をいろいろと出してきて見せた。そんなものを見せられても
岡本太郎は骨董なんぞには一向に関心もなかったから,至極適当に感想を述べた。「これはいいものだね。
でも僕はこれよりそっちの方のが,この部分の出来とか,もっといいと思うな」と云った調子で。
7独擅場:どくせんじょう :2016/09/29(木)15:37:25 ID:Wbx()
ところがその岡本の適当な評価が実に的確に骨董の価値を言い当てていたので,小林は驚きつつも
すっかり上機嫌になってしまったのだとか。
でも岡本太郎は「君は見る目があるねえw」なんて言われても別段嬉しくもなく,むしろ「この人は
なぜこんな程度のものをそんなに有難がっているのだろう?」と,寧ろ小林のことを気の毒な人のよ
うに思ったという。
8独擅場:どくせんじょう :2016/09/29(木)15:52:24 ID:Wbx()
このエピソードは案外知られていないようで,引用する人もあまりいない。けれど私なども「そもそも
この頃まだ若かっただろうに骨董なんぞに凝って,偽物を日本刀で叩き斬っただのなんだの,どうもやる
事が何だかなあ。中島誠之助も言うように基本的に後ろ向きな骨董とかそういうものの世界には僕は入っ
て行きたくはないな」と思う。
9独擅場:どくせんじょう :2016/09/29(木)15:54:08 ID:Wbx()
むろん単なる道楽ならそれはそれで黙って愛好してりゃ済む話だし,ひとの趣味にけちをつける理由などない。
だが問題なのは,僕には「小林秀雄は生涯結局このエピソードに象徴されるようなことばっかりやっていたに
過ぎないのじゃないのかね」という疑念がぬぐえない,ということにある。
10一段落:いちだんらく :2016/10/01(土)21:00:04 ID:rIO()
しかしまあ,ちょっと結論を急ぎ過ぎた。
話の順序として『様々なる意匠』からとり上げよう。タイトルからわかる通り,これは「意匠は
様々でも文学/芸術の目指すところは同じでなければならない」ということを述べたものである。
それは鹿島茂もわかっているらしい。鹿島の『様々なる意匠」からの引用。

若し,卓れたプロレタリヤ作者の作品にあるプロレタリヤの観念学が,人を動かすとすれば,それは
あらゆる卓れた作品が有する観念学と同様に,作者と絶対関係に於てあるからだ。作者の血液をもつて
染色されてゐるからだ。
11一段落:いちだんらく :2016/10/01(土)21:11:44 ID:rIO()
これについて鹿島は,

テクストの要旨は,マルクス主義文学などと大言壮語するが,たとえマルクス主義文学であろうと
作品に人間がしっかりと描かれていなければどんなものでもダメなのであり,マルクス主義観念学
があるからいいということはないという常識的な主張を生硬な言葉使いで述べたものにすぎない。

と書く。その通りである。私も引用文をここに書き込んでいるうち「なんでこんな当たり前のこと
を持ってまわった言い方で言ってやがんだ?」とつくづく思った。
12稟議書:ひんぎしょ :2016/10/03(月)11:25:25 ID:WHm()
小林に好意的に見るならば,彼はここで一種のイデア説を語っているととれなくもない。

 芸術家が追い求めているものはつまり “美のイデア” であってそれ以外ではない。いや,それ以外で
 あるべきではない。「~主義」だの「~派」だの言うようなものは,それこそ衣装のようなものだ。孔
 子様も繰り返しおっしゃった通り,人は見えた通りのものである。それゆえその見かけ/衣装も美のイデ
 アを追求する者のそれであれば何だって良いのである。

・・と云ったふうに。
13両刃の剣:もろはのけん :2016/10/03(月)11:34:10 ID:WHm()
実際俺の友人の哲学徒もそう受け取っていた。
だがそれは残念ながら買いかぶりというもんである。中島義道も言うように(『哲学の教科書』)
小林には哲学のセンスなどまるでない。それはトーマス・マンやドストエフスキイには哲学的感覚
がない,というのと同断だ。与えられた枠のなかでいくら深く鋭く見えるようなことを言ってもそ
んな事は哲学者の知ったことではない。
14両刃の剣:もろはのけん :2016/10/03(月)11:35:00 ID:WHm()
↑間違えた,「もろはのつるぎ」。
15Jose van Damme:ジョゼ・ヴァン・ダム :2016/10/04(火)20:00:47 ID:bhn()
さて,結論らしきものがその程度であるならば,そんなものは「論文」というほどのものになるわけは
はない。2,3行で終わってしまう。なのに一体何をごちゃごちゃ書いているのかと言えば――

 吾々にとって幸福な事か不幸な事か知らないが、世に一つとして簡単に片付く問題はない。

やれやれ最初っからこれだ。 むろん「問題というのはどんな問題かと言えば...」などと云った説明は
何もしていない。だが箴言や哲学的議論でもないのに一つも具体性のない話など,何も言っていないのと
同じである。
それとも池田晶子みた様に「私は自分が正しいのを知っている」「わかる人にはわかる」とでも言うつも
りか? 「その通りです。私にはよくわります」なんて言うような大馬鹿野郎は名乗り出て何がわかったの
か言ってみせるがいい。
16Wagner:ヴァークナ :2016/10/05(水)04:00:16 ID:rQB()
そもそも批評の役割とは何か? それは「良い批評のない世界には良い作品もない」或いは「良い
批評なくして作品の質の向上もなし」と云ったところにある。僕は小林にそれが出来ているとは
ちっとも思わない。ピカソを論じた文章など,ピカソの作品同様実につまらない。
17Wagner:ヴァークナ :2016/10/05(水)04:08:10 ID:rQB()
だが、それとて具体的に名前や作品を挙げて書いている分だけましだ。「この作家のこの作品のこ
こが良い/悪い」と云った話をしたがらない批評家なんて形容矛盾というものである。文芸時評『ア
シルと亀の子』書いたじゃねえかよ,なんて言ってもダメだ。当時も今も誰も理解していない本など
存在意義はない。
『様々なる意匠』にしても,例えばマルクス主義作家のどの作品のことを言っているとも
わからないんじゃ話にはならない。具体的に名指しで批評してみせろや。
18Wagner:ヴァークナ :2016/10/05(水)04:25:11 ID:rQB()
まるで骨董いじりのように,おおよそ既に評価の定まった古典的作品についてその価値を追認
するかのような文章しか書こうとしない。
漱石や鴎外など,うっかりした事を書くと世の反発をくらいそうな作家は避けて通り,近代文学
では三島も大江もほぼ無視して,どうでもいいような作家しか論じようとしない腰抜け。
そのくせ寿司屋なんかで後輩作家をいびって泣かせて悦に入っているような馬鹿野郎が日本随一
の批評家だなんて,まったく冗談じゃない。
19Dvorzak:ドゥヴォジャーク :2016/10/08(土)12:11:50 ID:Mnf()
とは言うものの,そう言っただけで『様々なる意匠]なんて,小林の文章のうちでもとりわけ
意味不明なシロモノがなぜそれなりの説得力/影響力を持ったのか,そもそもなんで『改造』の
懸賞論文第二席なんてものに選ばれたのか,について言わなければ,僕は「小林秀雄という日本
近代文学の病 or 問題」について何を言ったことにもならない。まずその結論を書こう。
それは第一にマルクス主義(的文学)に公然/昂然と反旗を翻したことである。
20Dvorzak:ドゥヴォジャーク :2016/10/08(土)19:15:56 ID:Mnf()
この,マルクス主義に対抗できる立場を確保する,なんてことは,今の若い人たちには「なんで
そんなもの気にすんの?」と云ったようなものだろう。オレもそう思う。
それでも割と最近まで「マルクスの理論は社会の成り立ち,動きから果ては宗教・芸術など精神の
あり方まで明快に説明できる一番カッコいい理論」なんて本気で言っている人たちがたくさんいた
ことは知っている。
21Dvorzak:ドゥヴォジャーク :2016/10/08(土)19:25:49 ID:Mnf()
昔は,僕が好きでバロック音楽(テレマン,C.P.E.バッハとか)聴いていると,「ボクならそういうブル
ジョワに奉仕するための音楽聴くのには罪悪感感じちゃうなあ」などと聞きもせんのに言ってくる左巻き
な奴がいたりした。
庄司薫『赤ずきんちゃn気をつけて』など読むと,どうみても山の手の裕福な家の子らしき主人公が『毛語
録』を枕頭の書にしていたりして「エリート高校生・大学生はマルクス主義かぶれなのが当然」と云った書
きぶりで,田舎の高校生だった僕はなんだかどこかよその国の話を聞かされているような気がしたものだ。
22Dvorzak:ドゥヴォジャーク :2016/10/08(土)19:30:48 ID:Mnf()
だから,良くは知らないまでも,この『ドーダの人』にも「左翼的な考え方に馴染めなかった若き日の
磯田光一が小林の文章を読んで “マルクス主義に対抗できる批評のあり方があったんだ!” と大いに勇気
づけられた」という話にも「そりゃそういう人も少なからずいたのだろうな」と想像がつくのだ。
23Millet:ミエ :2016/10/10(月)01:12:25 ID:CLL()
ついでに言っておけば,小林秀雄の『無常といふ事』も,奥深いことを言っているように見えて
結局これもマルクス主義に対するあてこすりに過ぎない。「過去から未来に向って飴の様に延びた
時間という蒼ざめた思想(僕にはそれは現代に於ける最大の妄想と思われるが)」うんぬんなどと嫌
味な言い方をしてみたところで,時間が過去から未来へ流れるというのはいつの時代だって当たり
前な考え方であり,感じ方である。元来時間は循環するものだと考えていたインド人でもあれば別だが。
24Millet:ミエ :2016/10/10(月)01:26:09 ID:CLL()
その事と「歴史は二度とくり返さない」というのは別段両立しない考え方ではないこと
言うまでもないことである(小林は「亡き子を偲ぶ母親の気持ち」なんてことを何度も
水戸黄門の印籠か何かみたいに持ち出すが,赤の他人の子が親に先だったからどうした
というのだ?)。
25Millet:ミエ :2016/10/10(月)01:30:21 ID:CLL()
要するに小林は「マルクス主義的に “歴史の必然” によって人類は救済される方に向かって
いるのだ,なんてことを持ち出したって,今ここだけの,一度きりの僕らの人生の苦しみ悲し
みはどうしてくれるのだ? それは誤魔化しに過ぎないではないか」と至極ありきたりな批判
をしているのに過ぎないのである。
26Millet:ミエ :2016/10/10(月)01:36:27 ID:CLL()
ついだから「貧乏で馬鹿の方が死後天国に行けるのだから幸せなのだ」なんて言ってるキリスト
教もゴマカシに過ぎない,と批判したらどうだ?
いつもきっぱりものを言っているように見せかけて,その実持って回った言い方で当たり前の,或
いはありきたりな話ばかりしてゐる。即ちどこからも苦情の出ないような言い方ばかりしやがって
まったく因循姑息なヤロウだ。
27名無しさん@おーぷん :2016/10/17(月)07:09:34 ID:tL4
ところで,小林秀雄と言えば,池田晶子が彼の熱狂的なファンで「小林秀雄に惚れぬいている」
なんて言っているような有様である。「あの用務員みたいな風体で下手な噺家みた様な喋り方を
する男のどこがそんなにいいのかね?」と思うが,それはたとえば小林が文化勲章を受けた時の
話を池田自身が書いている。
28Melboln:メルバン :2016/10/17(月)07:20:16 ID:tL4
あんまり正確には覚えていないが,小林が文化勲章受けた後で寿司屋かなんかに入ったら,そこに
文壇関係者がいて,小林をからかったらしい。何と言ったのかは書いてないが,まあ「小林先生も御
立派になられて...しかし,反権力的で “人生斫断家” のランボー翻訳するような物書きが文化勲章
って ...w」か何か言われたのだろう。そりゃ言うわな。でも池田によれば小林は「馬鹿野郎,お前
らとは覚悟が違う」と啖呵を切ったそうで,それで改めて惚れ直したのだそうな。
29Meiboln:メルバン :2016/10/17(月)07:29:57 ID:tL4
なんでそんな事がカッコいいと思ってしまうのか。まあ,一般に女と云うものは,賢くても
(オレみたいに)優柔不断な男より,少々莫迦でも頑固な男に弱いもんではあるし,池田の
小林贔屓にはそれもあるに違いない。
だが,この話は小林秀雄の文章の本質に関わる問題を浮き上がらせてもいる。即ち小林秀雄
というのは生涯「俺はお前らとは覚悟が違うんだぞ」と言い続け,人を圧倒し続けただけ,と
も言えるからである。
30BOCONON :2016/10/26(水)13:45:54 ID:VCQ()
さて,以上のような結論ばっかり書いていても説得力もない。これから『様々なる意匠』を
手始めに小林のやりくちを暴いて行こうと思うが,その前に今まで書いてきた小林に関する
エピソードがただの与太話と思われては困るので,出典を挙げておこう。

>6以下の話は岡本太郎のどの本に書いてあったのかもボクは忘れていたのだけれど,奇特な人
がUPしてくれていたので,詳しいことを知りたい人は下記サイトでどうぞ。
            ↓
http://flipf.blogspot.jp/2011/10/no.html
31BOCONON :2016/10/26(水)22:27:25 ID:VCQ()
どうもちゃんと書き込めないな,ここ。どうしたんだ?
32BOCONON :2016/10/26(水)22:41:54 ID:VCQ()
エート,それで池田晶子の書いていた事については,どこで読んだのか忘れてしまった。
まあ実証精神がなくてねちっこい議論が出来ず(永井均との対談を見よ),下手なアフォリズム集
的なものしか書けなかった者どうし気が合いそうに思ったのだろう。

池田と言えばしかし,小林が全集に入れなかったベルクソン論をよむためにわざわざ慶應の図書館に
行ったそうだが,ベルクソンみたいなオカルトじみた哲学者についてまるで哲学的なところがなくて
オカルト好きな小林が何と言っていようが,そんなことは知っても仕方があるまい(池田自身もこれま
たオカルト丸出しな『ユング自伝』など読んで「心理学がこういうものならもっとはやく読めば良かった」
なんて間抜けな感想を述べているくらいだから,まあ似つかわしくはあるが)。
33BOCONON :2016/10/26(水)22:54:12 ID:VCQ()
そんな手間をかけるくらいなら,池田はむしろ例えば第一回,第二回と小林の全集は何度も
出ているのだから,それを事細かに比較検討した方が有益であったろう。小林が戦争中に書
いたもの(事実上のヒトラー礼賛文とか)の自分に都合の悪いところを削って知らぬ顔をする
ような人間だというのがわかる。寺田透曰く「小林秀雄が「男らしい、言訳けをしないひと」で
あるといふ世評は、すくなくともその作品の中に認めることはできない」ということがわかる筈
だ。
34BOCONON :2016/10/27(木)14:58:34 ID:UOM()
それでも飽くまで「或る著者を理解するためには、彼自ら読んで欲しいと希ったものだけを読めば
足りると信じているのです」と言えるのか? ハイデガーを理解するのに,彼が死後発表することを
条件に受けたインタビューなども読む必要もないのか? 彼がナチスにどう加担したか話したことな
どどうでも良いのか?
35BOCONON :2016/10/27(木)15:09:30 ID:UOM()
ボクは日本が戦争したこと自体は別に悪いことだとは思わない。戦争は国際紛争を解決する
ための一種の外交政策に過ぎない。馬鹿げた戦争ではあっても,戦争をする権利は国際法で
どこの国にも認められているのだし。
だが,戦争中書いた文章をなかったことにして,『ヒトラアと悪魔』なんて文章を書いてし
れっと「自分は始めからヒトラーの正体は分かっていたのだ」というような顔をする,とい
うのは少しひど過ぎやしないか?
36BOCONON :2016/10/29(土)13:15:26 ID:zCk()
・・・しかしまあ,池田晶子なんぞどーでもいいのである。この女も小林秀雄の同類らしく,故安原
顕に向かって「わたしは自分が正しいことを知っている」などと言い放ったそうであるが,永井均と
対談した時には,永井が「プラトンの善のイデアがどうとか,そんなことはニーチェが “真理とは,人
がそれなしでは生きていけない嘘である” と言っている,その見本みた様なものだ」と言うのに対して
「私,それは誤読だと思う」だの「プラトンは通俗道徳など超えた “単に自分の魂にとって善きもの” が
あると言っただけ」「悪いことは魂に悪いことだ,とわかるのは直観によるとしか言えない」などと繰り
返すばかりであった。
37BOCONON :2016/10/29(土)13:32:44 ID:zCk()
むろん,もちろんこんな言いぐさは良く言っても神がかり,悪く言えば単なるナンセンスである。
どうも世の中にはこの手の大した意味もないことを根拠に「自分は偉い」と信じて疑わない人種
がいるらしい。

僕は思うのだが,なぜ永井のように「お前=王様は裸である」とはっきり小林に対して言った人間
がいないのだろう? 「お前の言っていることはちゃんと説明しなきゃ何も言ったことにならない。
単に無意味である。たとえばこの文章でこんなふうに書いているのは一体どういう意味なんだ?」と
はっきり聞く人間が。或いは,たとえばフランスの知識人に小林の本など読ませた上で小林に質疑
応答でもさせれば良かったのだ。 “It's a nonsense.” とでも言われてお終いに決まっているの
だからるに決まっているのだから(こういうことを注意深く避けて生きて行くのが小林の小汚さである)。
38BOCONON :2016/11/03(木)21:57:22 ID:5RV()
あ,すいません,取り乱しました。
39BOCONON :2016/11/03(木)22:19:46 ID:5RV()
さて,誰もやらないうちに当人はもう死んでしまったのだから,仕方がない,ボクが一人でやろう。
先づ『様々なる意匠』から。

  吾々にとって幸福な事か不幸な事かは知らないが,世に一つとして簡単に片付く問題はない。

誰にでもどうにでも出来る問題を片付けられないなら,それはただの阿呆であるから,ここは無論
「serious または important =重大な問題はどんな問題だって簡単に片付きはしないのだ」と言
うのでなければ意味をなさない。だがそう言ってしまえばそれはそれで「簡単には片付かないような
問題のことを重大な問題というのだよ,この馬鹿」と言われるに決まっている。
40BOCONON :2016/11/03(木)22:24:27 ID:5RV()
従ってここはどうしてもある程度は具体的に言わなきゃならない。だが言っていない。
一体これで何を分かれというのだ?
これだけ読んで「うーん,その通りだよなあ,何も問題なんて簡単に片づきゃしないよ
なあ!」などと言うような唐変木がどこにいるというのだ?「ここにちゃんといるぞ」と
言うのなら,名乗り出て説明してみせてくれ。そうすればボクもこんなアホらしい文章な
ぞ書かなくて済む。
41BOCONON :2016/11/09(水)02:02:50 ID:Hyb()
あるいは小林はこれに続けて書いていることを「簡単に片付く問題なぞない」と言っている
のかも知れない。

  遠い昔、人間が意識と共に与えられた言葉という吾々の思索の唯一の武器は、依然として
  昔ながらの魔術を止めない。劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなく、崇高を指嗾し
  ない如何なる劣悪な言葉もない。而も、もし言葉がその人心幻惑の魔術を捨てたら恐らく
  影に過ぎまい。

・・・これで「ああ,小林は言葉をめぐる問題,文学の話をしているのか!」で済めば良いのだが
相変わらずまるで具体性のない話だから,それはそう読む人もいるだろう,と云った程度の話にしか
なりはせぬ。
42BOCONON :2016/11/09(水)22:16:27 ID:Hyb()
> 劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなく

これは一体どんな言葉の事を言っているのやら一向にわからぬ。もちろん崇高にして馬鹿げた言葉や
無内容な言葉はある。例えば演説の言葉である。
オバマは演説がうまいという定評があるらしいが,彼の演説,文字に起こしたものを読むと別段大した
ことは何も言っていない。“Yes,we can!” なんて力強く断言することにどれほどの意味があろう?
ヒトラーの演説はもっと崇高だけれど,内容空疎でしかも独逸聴衆を劣悪なる道へ導くものではあった。
あるいはマルクスにしても,善意とありったけの知性を込めて力強くものを言っているが,それは「暴力
でもって人に善意を押しつける」即ちファシズムにしか行きつかなかった。
しかし小林はたぶんそんな事が言いたいのではあるまい。これまた具体性も実証性もまるでない言い方な
ので,僕は再び「小林の言うことはよくわかる」と言える者は名乗り出てくれ,とでも言うしかない。
43BOCONON :2016/11/10(木)07:28:15 ID:vuc()
> 崇高を指嗾しない如何なる劣悪な言葉もない

僕にはすぐに福音書が頭に浮かぶ。公平に見ても(呉智英も言うように)イエスというのは
半基地外の人間にしか思われない。だってそうではないか? オウムや統一教会じゃあるまい
し(吉本隆明も言うように)金持ちの青年に「おれについてくるなら全財産を処分してから来い」
なんてまともな人間が言うか? まったく冗談じゃねえよ,というものだ。
「貧乏で単細胞な人間の方が幸せなのだ。死ねば天国に行けるから」なんて言われて「ああ助かっ
た!」なんていう人間がいたら,それはあんまり正気の沙汰ではあるまい? そんなアホらしい言葉
に縋って生きなければならなかった時代なら仕方がないとしても,G.W.ブッシュのような,どちら
かと言えば人を救うべき立場の人間がキリスト教原理主義に救われた,だと?
これではニーチェが怒るのも致し方ないというものだ。
44BOCONON :2016/11/12(土)11:07:17 ID:ZZS()
まあ,別にキリスト教批判がしたいわけでもないからそれは措くとして,ちょっと考えてみただけでも
以上のようなことはすぐに思い浮かぶ。確かに昔から言うように「荘厳と滑稽は紙一重」ではある。ある
いは「崇高と悲惨は紙一重」と言ってもよかろう。
しかし問題は,そもそも小林は結局何が言いたくてこんなある意味当たり前と言っても良い程度のことを
(少なからず芝居がかった言い方で)書きつけたのか,ということである。
45BOCONON :2016/11/14(月)21:20:00 ID:LYL()
無論それ以前に僕の解釈は「そうも考えられないこともない」と云った程度のものに過ぎない。
しかし「いやそれは間違っている」と言われても仕方のないものでもない。そもそも分かるように
書いていないのだから,悪いのは小林であって,読者ではない。そうではないか?
46BOCONON :2016/11/14(月)21:20:14 ID:LYL()
そうするとしかし,問題にするべきは「なぜ意味不明な文章であるにも関わらず,多くの人を引き
つけるられるのか」ということになる。僕も小林の文章のそういう力を認めるに吝かではないのだ。
だいいち,そういうものがなかったら,こんな懸賞論文(?)に “次席” と,それなりに高い評価
をつけた審査の人たち(誰だかよく知らんが)はただの馬鹿というもんである。
47BOCONON :2016/11/15(火)20:03:17 ID:jz0()
それについては僕は三つほど理由を考えている。

1.
丸谷才一が『様々なる意匠』について言っているように,小林の文章はおよそ「論理と
レトリックによって着実にものを言ふといふ,散文本来の機能はここにはない」「特殊
な文章」であることは疑いをいれない。
では一体何か? なにしろ散文でないなら,考えられるのはこれは一種の散文詩である,
ということだ。
48BOCONON :2016/11/16(水)19:24:16 ID:iAC()
いや,韻文とも散文ともつかない言語で書かれておるな。試しに分かち書きをしてみよう。

  吾々にとって幸福なことか不幸な事かは知らないが,
  世に一つとして簡単に片付く問題はない。
  遠い昔,人間が意識と共に与えられた
  言葉という吾々の思索の唯一の武器は,
  依然として昔乍らの魔術を止めない。
49BOCONON :2016/11/16(水)19:37:18 ID:iAC()
  劣悪を指嗾しない如何なる崇高な言葉もなく,
  崇高を指嗾しない如何なる劣悪な言葉もない。

きりがないので一旦これでやめるが(漢字が多過ぎるとは言え)本当に詩のようであるな。
第一この方がずっと読みやすいぞ。・・・と言うより,小林は自分でも詩のように書くつも
りで書いたんじゃないのかね。フランス詩の影響かどうかは知らないが,まったくの翻訳口
調なのが小林の若さ/気負い丸出しで少なからずコッケイである。
50BOCONON :2016/11/16(水)19:44:31 ID:iAC()
こんなふうに書き方を変えたところで相変わらず意味不明だけど,そんな事はかまいやしない。
朔太郎の詩だって大方意味は不明と言っても間違いじゃないし,小林の好きなランボーにしても――

  おお季節よ,おお城よ!
  誰か心に傷のなき?

なんて詩句も神秘的にして意味不明ではあるが,ナニ詩だもの,とに角人を魅きつける力があれば良い
のである。小林の文章は「そうとでも考えなきゃつき合いきれるか,こんなもの」と思うようなものでも
あるが。
51BOCONON :2016/11/18(金)08:41:21 ID:anr()
今思いついたのだが,『様々なる意匠』冒頭の一行はもしかして,D.トランプと同じく「人生も
社会も “問題がすっかり片付いて,あとは毎日のんびり過ごせば良い” なんて日が来ることは基
本的に,ない。いつだって何とかやりくりして行かねば,なんとかしのいで行かねばならない事の
連続なのだ」というような事が言いたいのか?
もしそうなら大したものだ・・・と言うより,そうでもなきゃ「まだ三十歳にもならないガキが何をした
り顔してやがんだ,ケッ」とでも言うしかあるまい?
まあ,そんなふうに好意的に解釈出来ないこともないが,そんならそう書けばいいのである。
52BOCONON :2016/11/18(金)08:50:53 ID:anr()
実際のところは「凝縮した表現」であるとしても,そりゃいくらなんでも凝縮し過ぎだろ,と
云ったところである。だから小林は基本的に短いものしか書けないのだ。「散文詩」と云った
言い方をしようとすまいと,上記のように分かち書きしてみただけでも,こんな調子で延々百
頁も二百頁も書いたとしたら,良く言っても御託宣,悪く言えば(五味康祐『西方の音』を小林
が評した言葉を借りれば)「気違ひの寝言」とでも言うしかなくなる。
53BOCONON :2016/11/18(金)09:01:05 ID:anr()
「何を言うか,小林は長いものだって書いているぞ。『ドストエフスキイの生活』とか
『本居宣長』とか ...」などと言い出す奴もいるかも知れないが,そんなもの持ち出
されても困るのである。
『ドストエフスキイの生活』は,読んだ時高校生だった僕は「なんで小林はドストイェーフ
スキーの生活のこんな細かい部分まで知ってるんだろ?」と思ったものだが,後でこれが実は
E.H.カー『ドストエフスキー』の丸パクリだと知ってあきれた。
54BOCONON :2016/11/18(金)09:25:31 ID:anr()
こんな,今なら著作権法違反で裁判沙汰になること間違いなしの本を書くような輩が,しれっと
「おれのドストエフスキー伝なんて世界に通用するようなものにしようと思っているよ」とは一体
どの口が言うか。

『本居宣長』は僕は読んでいない。小林は姓名判断に凝った母親に「 “秀雄” というのは良くない名前
だから改名なさいな」と言われて「おふくろを喜ばすために改名したかったが」などと平然と書く男だ
もの,どうせ人生の最後には「オカルトでも何でも信じて本人が幸福なら良いじゃないか」と云ったずる
ずるべったりな現状肯定にしか行き着かないに決まっているのだ。
55BOCONON :2016/11/18(金)09:32:35 ID:anr()
まったく男のバアサンみたいな奴だな・・・なに? 読んでから言え? やなこった。

  敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花

こんな中学生が作ったような歌を人前に出すような悲惨にして滑稽な男の話なんぞ聞きたがる奴は
感受性がどうかしているのである。
56BOCONON :2016/11/23(水)04:07:58 ID:yF9()
2.

もう一つ考えた小林の文章の力というのは「これは言わばベートーヴェンの交響曲,それも
『運命』のようなものではないか」ということである。
実のところ,『第九』や『田園』を別にすれば,僕は長いことベートーヴェンの音楽が好きに
なれないでいた。仰々しく押しつけがましく思えたのだ。(本音ではそう思っている人は多いら
しい。タモリ先輩がそう言ってた。玉木宏樹というヴァイオリニスト&作曲家も同意見らしい。)
57BOCONON :2016/11/23(水)04:12:43 ID:yF9()
そんな事はとも角,今では僕も『運命』の良さはわかるようにはなった。けれども好きかと言われ
れば,そんなに好きとは言えない。「堂々として立派だとしても,それだけで楽しくも美しくもな
い音楽って何か違うんじゃないのか? 何か王様の戴冠式用とか,儀式用の音楽みたいなものを我慢
して聴けと言われても疲れるからそれは断る」と云った塩梅で。

読者は「一体何の話をしているのだ?」と思うだろうが,いきなり人をおどかすような始まり方をする,
それもたぶん意識的にやっているという点では『運命』も『様々なる意匠』も似たようなものだと僕は思
っているのだ。
58BOCONON :2016/11/23(水)04:26:12 ID:yF9()
そりゃ,いきなり「世の中に簡単に片付く問題などありはしない」のだ,などと怒ったように深刻
そうに言われたら,たいがいの人間は,怖気づきはしないまでも「何だなんだ?」とは思うに決まっ
ている。それはベートーヴェン『運命』が「ジャジャジャジャ~ン」などといきなりオーケストラ
の重苦しい音を響かせれば,誰だって「何だ,どうしたんだ?」と云った気持ちになるのと同断で
ある。
だが,聴き手や読み手にまで深刻な顔をすることを強いるかのような芸術のたぐいなんてものがそん
なに上質かつ(小林のよく使う言葉で言えば) “高級” なものか,というのには,僕は持たざるを得
ないのだ。
59BOCONON :2016/11/23(水)04:27:56 ID:yF9()
↑「疑問を」というのが抜けてた。
60BOCONON :2016/11/27(日)22:29:58 ID:zcG()
あるいは僕は小林の文章を読んでいると,中学生の時の学校内弁論大会の時,最後に同中学の
先輩の高校生女子(弁論部)が教員たちに呼ばれて来ていて,言わばお手本のように演説とい
うかスピーチをしたのを思い出す。
これがむやみと深刻な顔をして,荘重に始まって次第々々に力強く一席ブッたものだから,呑気
な田舎の中学生だった僕はそんな事には慣れていなかったから,びっくらしてしまって彼女が何
を話しているのかもわからないうちに終わってしまったのだった。
61BOCONON :2016/11/29(火)19:12:45 ID:xDA()
まあ,およそ人を笑わすのは才能がないと出来ないが,深刻そうにくだらない事を書いたり言ったり
するのはさして難しくはない。

  文学についてなら,僕も少しは言うことはある。人生を棒に振ったのだから。
  思い出すこともできないほど幼いうちから,どうやら僕は文学にも音楽にも魅入られていた。
  二十歳にもならないうちにその毒はすっかりまわり,僕はいつも酩酊して歩いていた。僕の
  人生はいつもその後をしぶしぶ歩いてついてきただけだ。
  今やそれが毒なのか薬なのかもわからぬ有様だが,どっちみちそれがなければ生きられない
  のだから同じ事だ。酔生夢死の人生・・・。
  だが何の不足があろう? 僕は自分以外の人間になりたいとは思わぬ。

・・・なんて調子で,僕の至極つまらぬ人生もこの程度にはもっともらしく飾って言おうと思えば
言えるのである。正直小林の文章もこの程度のものにしか見えないのだ,僕には。
62BOCONON :2016/12/01(木)10:42:16 ID:VSq()
3.

何だか同じような話が続いて,自分でも飽きてきたな。あんまり小林のことをひつこく攻撃して
いると,誰かに「そんなに小林のことが気になるのか? もしかしてオマエ本当は小林秀雄のこと好
きなんじゃねえのw」なんて言われそうでもあるし。
だがそんなわけのもんでもない。僕はただ文章を書くのが好きだから書いているだけで,対象はなんで
もいいのである。実際この掲示板でも「着る」「聴く」「読む」等々あちこちに書き散らしているし。
そうでなけりゃ,誰が最早絶滅しかけている “文芸評論家” なんか取り上げるもんかい。あるいは文学
でなくとも,およそどこでも必要とされなくなっている “批評家” や “評論家” なんざ。
更科修一郎氏ではないが「批評家なんてやっても食えないだけ」だもの、思えば鹿島茂だの呉智英だの,今
ごろになって小林秀雄批判だ吉本隆明批判だなんて,間抜けな話もあったもんだ。お前らプロの書き手が
しっかりしていりゃあ,ボクがこんな文章など書く必要もなかったのに。
63BOCONON :2016/12/01(木)10:58:39 ID:VSq()
・・・もしかしたら,小林も吉本も(あるいは大江健三郎も蓮實重彦も)もう出版業界にとって
「いらない人」になりつつあるから批判本も出るようになったのか? 実際今は「村上春樹批判はし
ちゃいけない。そんなことを大っぴらにやっていると大手出版社や新聞社には書かせてもらえなく
なる」と云った調子のようだし。
もしそうならますます情けなくもマヌケな話もあったもんだ。だって君らが死ねば,次は君ら自身の
番だぜ?

・・・ってまあ,これと言って大した著書もない小物を批判する物好きもいないか。僕もいやだな,そ
んなの馬鹿々々しくって。
64BOCONON :2016/12/01(木)11:11:20 ID:VSq()
そうだ,小林秀雄の手口について 3.であった。今まで述べたことと同じようなものだが
以下の文章を,コメント欄も含めて読んでいただきたい。
(別にこんな意見にボクが賛成というわけではない。ただ参考にはなるかも知れないってだけ。)
       ↓
http://www.tachibana-akira.com/2012/07/4551

橘玲の仕事を「知的貧困ビジネス」というのは誰が言ったのか知らないが,なかなか上手いもんだ。
思わず笑ってしまった。
そんな事はとも角,小沢一郎がそんなにエラそうな人間かはどうも疑わしくて,なんだか昔の探偵ファ
イルの “BOSS” とか,奇妙にアメリカびいきな人間にはヒステリックに小沢攻撃をする人間が時々いる
って事の方が僕には興味深いが,今はその話ではない。
65BOCONON :2016/12/05(月)18:52:00 ID:jPl()
だいたい小沢一郎が一体何がどう「偉そう」なのか,事実上橘は何も書いていないのだからあんまり話
にはならない。だがまあ言いたいことはわかる。小沢一郎などよりロナルド・レーガン元大統領のよう
な人のことだろう。TV討論で,ジミー・カーターが政策論争を挑んでも「やあ,君はまたその話かい!」
なんて調子で正面から相手にせず「いいからアメリカの舵取りは私にまかせておきたまえよ」と云った態
度で押し切った,あのやり方である。
66BOCONON :2016/12/05(月)19:04:48 ID:jPl()
あるいはヒトラーの大衆操作のやり方である。「民衆は女である。論理ではなく勘感情で動く」だから
感情に訴えれば勝ちなのだという,身も蓋もなくも正しい方法。言いかえれば「キッパリと自信満々に
語れば,言っていることは大した内容ではなくとも人はついてくる」ということ。オバマの「チェインジ。
イエス,ウィーキャン!」なんてのも,文字にするとバカみたいな言い種であるが,音声言語中心主義の
国では,なんだって人をその気にさせればOKみたいなものなのだ。
小林秀雄も,手口その3.は,文章でこれをやったことにある。どうせ日本の近代文学なんぞ読むのは基本
的に学生だけみたいなもので,文学青年なんてものは大方もてない文弱の徒であるから,小林のようなオド
カシ方は存外効果的なのである。
67BOCONON :2016/12/05(月)19:15:47 ID:jPl()
そして,おおよそ僕のような優柔不断な人間なぞより,男はバカでも頑固でキッパリしている方が
モテるものだ。小林は少なくとも池田晶子には「私は小林秀雄には惚れぬいているのだ」と言って
もらえたのだから,持って瞑すべしである。
僕個人としては,長谷川泰子みたいなキ〇ガイじみた女(小林とはどうも共依存関係にあったようだが
そのことについては後で触れることもあろう)や池田晶子みた様な「私は死ぬことが怖いと思わない」だの
「私は自分が正しいことを知っている」だのと平気で言うようなイっちゃってる女とはあまりお近づきには
なりたくはないが。
68BOCONON :2016/12/05(月)19:29:04 ID:jPl()
「小林秀雄をヒトラーと同列に並べるとはひどいじゃないか」と言う人もいるかも知れないが
ナニ似たようなものだ。疑うものは小林秀雄が全集から削った,ヒトラーの天才ぶりに感嘆して
いる小林の文章でも探して読んだらよろしい。
そして僕のこの文章でも「哲学をやっているわけでもあるまいに,小林の言っていることは抽象論
ばかりで具体的な話が何もないのだから,つまりは何も言っていないのと同じ,意味不明である」と
いうことを縷々指摘してきたのだから,反論したければどうか「小林の文章は意味不明なんかじゃな
い」ということを論証していただきたいものである。
まあ,そんな事は不可能に決まっているが。
69BOCONON :2016/12/06(火)21:15:41 ID:1Kn()
>>67

「以て瞑すべし」だった。
70BOCONON :2016/12/13(火)17:14:35 ID:TQx()
『様々なる意匠』の次に進もう。

> 私は,ここで問題を提出したり解決したり仕様とは思わぬ。

特に結論出す気もないとは「何だそりゃ?」と言うよりほかあるまい。「論文て何だかわかって
んのかね?」だ。
そもそも話がつながっていない。最初に大上段に構えて言葉の持つ魔力について語っておいて,
つまり「自分は言葉,ひいては文学について,重要な事は考え尽くしたのであるぞ」と言ってい
るかのように始めておきながら,さて次に「問題を提出する気も解決する気もない」では一体何
のために大仰な文言を書きつけたのやらわからない。無茶苦茶である。
71BOCONON :2016/12/13(火)17:32:24 ID:TQx()
しかし,小林はそういう事はどうでもいいのだろう。冒頭からここまで,突然大声で
深刻そうにものを言いだしそのまま突き進むような態度で人の気を呑んでおけば,後
は話がつながっていようといまいとかまいやしない。読者が毒気を抜かれてぼんやりし
ているうちに話を持って行きたい方向に持っていってしまえばいいのだ」というやり口
である。
まことに故倉橋由美子が「この人の文章って香具師の向上みたい」と言っていた通りで
あるな。
72BOCONON :2016/12/13(火)17:53:14 ID:TQx()
> 私には常に舞台より楽屋の方が面白い。
> 「搦め手から」,これが私には最も人性論的法則に適った軍略に思えるのだ。

やれやれ,真正面から勝手に意味不明なことを断言しまくっておきながら,本題に入るとこれだ。
例によって具体的な話が何もないんだから,ここを読んだだけでは何をどうしたいのやらまったく
不分明である。
確かなのは小林が「各流派・各〇〇主義者の文芸批評家などの作品・文章なんぞは真正面から論じる
必要なし。むしろあいつらがあんなものこんなものを書きたがる,その魂胆を見抜いてやろう」と思
っているらしいことだけである。
また随分と所謂「上から目線」の,人を見下したような偉そうな言い種もあったもんだ。やな「人性論」
だこと。
73BOCONON :2016/12/13(火)17:54:52 ID:TQx()
>>71
間違えた,“口上”。
74BOCONON :2016/12/15(木)09:24:11 ID:tyl()
> 詩人にとっては詩を創る事が希いであり,小説家にとっては小説を創る事が希いである。
> では,文芸批評家にとっては文芸批評を書く事が希いであるか?
> 恐らくこの事実は多くの逆説を孕んでいる。

「では,その私の考える “逆説” とは何か?」と話はふつう進む筈であるが,小林はこの後また
急に話題を変えてしまう。
まあしかし,文学好きが昂じて詩を書き始めたり,中には小説を書いてみようとする人間は珍しく
もないが,確かに始めっから「俺は将来ぜひとも批評家になりたい」なんて言うような唐変木は普通
あまりいない。
75BOCONON :2016/12/15(木)09:39:26 ID:tyl()
「音楽を習っている者は,普通は第一にソリスト=独奏者になりたがるものだ。それが無理なら
オーケストラの楽員になろうとする。それも駄目となると指揮者になろうとする。よくよく駄目
な奴は音楽評論家になろうとする」・・・とはよく言われる話である。
76BOCONON :2016/12/15(木)09:40:17 ID:tyl()
文学だって同じことだ。実際たとえば平野謙や臼井吉見,あるいは小林の親友河上徹太郎のよう
に,生前は有名であっても,批評家なんてものはたいがい「死ねばそれまで」ではある。小林は
どうやらそれでは大いに不満であったらしく,この後ではどうするかという話が続く・・・ように僕
には見えるが,小林の書き方は相変わらず素直でないからよくわからぬ。
まあ,取り敢えずもうちょっと先まで読んでみようか。
77BOCONON :2016/12/20(火)13:22:59 ID:9uG()
> 「自分の嗜好に従って人を評するのは容易なことだ」と,人は言う。
> 然し,尺度に従って人を評する事も等し苦もない業である。
> 常に生き生きとした嗜好を有し,常に溌剌たる尺度を持つという事だけが容易ではないのである。

> 生き生きとした嗜好なくして,如何にして溌剌たる嗜好を持ち得よう。

これは御尤もな話ではあるが,そんな事は当たり前である。別に好きでもない作品を勝手な尺度でも
って分析/理解したつもりになったとて,そんなものが批評と言うほどのものになんぞなるわけもない
・・・と今の若い読者だって思うだろう。
しかし,そういう人にもここで注意してもらいたいのは,好みでものの良し悪しを言ってもしょうがな
いからと言って誰も「だから私は自分の尺度で作品を批評する」などとは言っていない,ということだ。
78BOCONON :2016/12/20(火)13:30:30 ID:9uG()
小林はまるでそういう事をしたがる人たちが当時確かに存在し,彼らに向けて反論しているかの
ような物言いをしている。別段最近流行りの批評理論/文学理論を振り回す人たちがいた筈もない
のに。

これは今の読者には解説しないとわからないだろうから書いておくと,小林はマルクス主義および
マルクス主義的批評を念頭に置いて書いているのだ。
79BOCONON :2016/12/20(火)13:40:53 ID:9uG()
小林は彼らに対する批判として(当たり前なことを敢えて)述べているのである。こうした
事情は,今の若い人たちには見えにくくなっているだろうと思われる。だが「自分の勝手な
尺度によって作品に評価を下す人たち」はだから,実は当時ちゃんと存在したのだ。
何しろこの『改造』の懸賞論文で一位を取ったのが宮本顕治が芥川龍之介を論じた『敗北の文
学』だったりした時代なのである。
80BOCONON :2016/12/20(火)13:49:12 ID:9uG()
こうしたマルクス主義の影響力の絶大なること,今では想像を絶するようなものである。
と言っても,割と最近まで(橘玲の “進化論” のように)「マルクス主義は「社会の成り立ち
から動き,人間の精神のあり方に至るまで,“下部構造が上部構造を規定する” という考え方に
よって何でもうまく説明出来てしまう一番カッコいい理論」なんて公言する人たちはいた(故遠藤
誠弁護士とか漫画家の青木裕二氏とか)。
81BOCONON :2016/12/20(火)14:02:05 ID:9uG()
そこまで正直にストレートに言う人は少ないにしろ,実際のところ20世紀日本に於いては,
左翼であることが「意識の高い知識人であることの資格証明」みたいなものではあったのだ。

僕自身もいろいろあまり愉快でない思いをしたことはある。例えばバロック音楽のテレマン『タ
ーフェル・ムジーク』など聴いていると,聞きもせんのに「僕はそういうブルジョワのための
音楽聴くなんて,罪悪感感じちゃって出来ないなあ」などと言ってくる奴がいたりしたのだ。
大きなお世話もいいところである。だがビートルズの音楽さえ「ブルジョワの退廃の産物」など
と言って切って捨てたつもりの「悧巧さうな事を言ひたがる馬鹿」は別に珍しくもなかったので
ある。
82BOCONON :2016/12/20(火)14:21:46 ID:9uG()
>>80
間違えた。「青木雄二」。
83BOCONON :2016/12/21(水)06:33:38 ID:apv()
こんな話はいくらでもあるようなものだ。

林達夫の文庫本を読んでいたら「その頃私にとっては人民中国が希望の星だった」と
云った意味のことをはっきり書いていたので「正直な人だな...」といささか驚いた
ことがあった。林達夫が大学人としてはあまり出世しなかったのはそういう人だった
からじゃないのかしらん。
84BOCONON :2016/12/21(水)06:46:45 ID:apv()
その林達夫が逸早く評価した庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』というのも,いかにもな作品である。
何しろ主人公が,高校生のくせに枕頭の書が『毛語録』だというのだからすごい。・・・いや,別に凄くは
ないのかも知れないが,僕にはなんだかそんな設定はまったく現実味がなく,なんだか異国の話のように
聞こえたのだ。僕自身は進学校の生徒とは言え,田舎の貧乏家庭の息子,ノンポリ学生と言うか理由もな
く政治的な事をバカにしていたから。
85BOCONON :2016/12/21(水)06:53:03 ID:apv()
実際はどうだったのだろう? 本当に当時日比谷高校にはそんな左翼丸出しな高校生なんてものが
当たり前のように存在したのだろうか。いづれ小説の設定としておかしくはない程度には現実味の
ある話だったのだろうけれど。

ちなみに庄司薫はその後中村紘子との結婚が話題になる頃には小説も何も書かなくなっていて,一体
どうやって暮らしているのだろうと僕は思ったものだ。後で聞いた話では,バブル時代に不動産投資
で儲けて売り抜け,今は悠々自適だそうな。妙に要領のいい人だこと。
86BOCONON :2016/12/21(水)07:12:02 ID:apv()
北杜夫の回想によれば,『青年茂吉 ―「赤光」「あらたま」時代 』を書いた時には,岩波書店の
編集者に「北さんはバリバリのブルジョワだからなあ!」などと面と向かって言われたとか。
岩波は “T・K生” なる韓国在住の人物をでっち上げて『韓国からの通信』なる朴正熙批判本を新書
で出したりしていたが,後でそれがバレても特に謝罪もなし。今だったら大問題になるだろう。朝日
新聞だけじゃないのである。コイツらのおかげで日本人は「社会主義国以外の独裁者=悪」と自動的
に考えるようになってしまった。それを自分では意識していないから余計にたちが悪い。リビアがア
フリカ一の福祉国家でカダフィが偉大な指導者であることすら知らないし知ろうともしない阿呆で溢
れかえっている始末だ。まったくやれやれだぜ。
87BOCONON :2016/12/21(水)07:22:18 ID:apv()
・・・あ,すいません。取り乱しました。

まあ,そんなアンバイであるから,磯田光一だったかが『様々なる意匠』など読んで
「ああ,マルクス主義に対抗できる批評のあり方がここにあった!」と云った意味の
感慨を持ったのも,まあ気持ちとしては分かるというものだ。
僕としては小林秀雄の行き方もマルクス主義的尺度も願い下げだが。そして僕のこの文
章をここまで読んだ若い人たちがいたらたぶん「なんで小林秀雄ってこんな程度の事を言
うのにこんなに力みかえってんの?」と思うだろうが。(思わないようじゃ困るのだが。)
88BOCONON :2016/12/22(木)10:59:27 ID:Z4E()
ついでに書いておけば,小林は「人間は可能なものしか真に望まぬものである」といふ事を
言うのに先づ「守銭奴は金を蓄める,だから彼は金を欲しがるのである」等と書いているが
これはつまり「人間は最初は好きなものだからそれを集め(コレクションし)始めたもので
あっても,続けているうちに集めること自体が目的になってしまうものだ」ということが言
いたいのだろう。
89BOCONON :2016/12/22(木)11:07:34 ID:Z4E()
それは正しい,というより小林に言われるまでもないよくある話だ。例えば時々TVの
ニュースなどで下着泥棒が盗んだ下着が床に並べられているのを見ると,なんだかもう
びっくりするほど大量にあったりするように。
僕も似た経験があるのでわかるが(集めたのは下着ではないので為念)そんなことは
「生き生きした嗜好なくして生き生きした尺度なし」なんて話にはつながらない。例と
して不適当である。
90BOCONON :2016/12/27(火)18:25:42 ID:Zab
> だが,論理家等の忘れがちな事実はその先にある。
(中略)
> 吾々は批評の方法を如何に精密に論理附けても差し支えない。
> だが,批評の方法を如何に精密に点検されようが,その批評が人を動かすか
> 動かさないという問題とは何んの関係もないという事である。

話の継ぎ方がヘンであるな。「その先にある」のではない。「生き生きした嗜好なくして生き
生きした尺度もないという事は,言いかえれば批評の方法を如何に精密なものにしようと・・・」
と続くのでなければおかしい。だって言っていることは同じようなものだもの。
91BOCONON :2016/12/27(火)18:44:22 ID:Zab
> 例えば,人は恋文の修辞学を検討する事によって己れの恋愛の実現を期するかも知れない,
> 然し斯くして実現した恋愛を恋文研究の成果と信ずるなら彼は馬鹿である。
> 或は,彼は何か別の事を実現してしまったに相違ない。

安心したまえ,そんな馬鹿はいない。そもそも “こうすればモテる” だの “正しい女の口説き方” だのいう
ような類の本を読んでモテるようになろう,などと本気で考えるような馬鹿がどこにいるというのだ?
・・・尤もああいう本もまるっきり役に立たないわけでもないがな。「女から見たら,男の普段着なんてユニクロ
でもなんでも清潔感があればOK。ふつうが一番」なんてな。

ビジネス本のたぐいも,松下幸之助の本一生懸命読んだおかげで rich & famous になった男というのもあん
まり聞いたことがないね。だが D.カーネギーの本なんてのも,人生論としては悪くはない気がする。
92BOCONON :2016/12/27(火)18:52:44 ID:Zab
まあしかし,こんな誰でもわかっていることをまるで気の利いた事を言っているかのように
書いているようじゃ,小林秀雄というのも少しどうかしておるな。それともこりゃ冗談のつ
もりなのか? だとしたら随分持って回った冗談だこと。
93BOCONON :2016/12/27(火)19:03:04 ID:Zab
少しは真面目な感想も書いておこう。

最近は文学理論/批評理論なんてものも小林の時代から見れば随分と精密にはなってきているようだし
その手の本は僕も何冊か読んだりした。で,批評理論というのもそう馬鹿にしたもんではない気がして
はいる。だが困ったことに,その手の本は下手に文学作品など読むよりよほど難しかったりする。
テリー・イーグルトン『文学とは何か』なんて本は,確か20代の時にも読んで面白かった記憶があるのだ
けれど,先日読み返したら何を言っているのやらまるでわからなくて困惑した。
94BOCONON :2016/12/27(火)19:10:26 ID:Zab
まあ,わかる筈がないのである。たとえば “構造主義批評” なんてものについて語るなら,まず
構造主義とは何ぞ,という話から始めなければなるまいし,実際そうしている。しかし,構造主義
とは何か,なんて入門書一冊読んでもわかるとは限らないのだ。僕は大体知っているからまだしも
だが,そんな読者がそんなにいるとも思えない。だからT.イーグルトンの本みたいに数ページ説明
されただけじゃ,ふつう構造主義とは何かなんてわからない。その上,この本では構造主義批評の具
体例も挙げていないのだ。これで何をわかれというのだ?
95BOCONON :2016/12/27(火)19:19:23 ID:Zab
ましてポスト構造主義,脱構築批評の話にでもなったらもうお手上げである。
“ディコンストラクション” について言えば,僕などは今さらやっとジョナサン・カラーの
本が何とか最後まで読めた(勿論理解するところまでは行っていない)という体たらくである。

蓮實重彦『小説から遠く離れて』というのは,一種構造主義批評的な本のように見える。本当は
違うのかも知れないが,マァこれは面白かったからいいや。しかしこの本に限らず,シロウトに
読めるような本でも,批評理論に基づいて書かれた本というのは,たいがい評価の定まった名作
なんてものは取り上げようとしない。
96BOCONON :2016/12/27(火)19:26:36 ID:Zab
従って,最近の批評理論によって名作とされてきた作品に対する新たな見方が発見された,という
ような話も聞かないのがなんだかつまらないところである。『吉里吉里人』だの『裏声で歌へ君が代』
なんて小説には僕には関心がない。先日メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』を批評理論で読み
解く,なんて新書本を見かけたが,なんでそんな誰も読まないような小説なんて取り上げるんだか,不
可解である。
97BOCONON :2016/12/27(火)19:39:20 ID:Zab
ロラン・バルトなんてのも昔は随分流行ったようであるが,うーむ。『S/Z ―バルザック「サラ
ジーヌ」の構造分析』なんて本を今でも読む人がいるのかどうかは知らないが,なんでよほどの
フランス文学好きでもなきゃ知らないような作品を取り上げるんだかな。
どうも僕には「コイツら,自分の方法が当て嵌めやすい作品を選んでいるだけじゃねえの?」とい
う疑問を持たざるを得ないのであった。
98BOCONON :2017/01/02(月)11:07:45 ID:dYP
まあ,そんなことは,どうでもいいんですけどねっ(ト顔の前で手を上下に振る)。

ところで,これはユーモアのつもりなのか?
             ↓  
> 或は,彼は何か別の事を実現してしまったに相違ない。

まあ,冗談としても別に面白くはないがな。
でも「どうすればモテるか」とか「どうすれば成功した人間になれるか」なんてことも,真剣に
考えて試行錯誤するなら無駄でもあるまい。音楽やお笑いのパターンを自分なりに研究して,そ
の結果ひとかどのミュージシャンになったチチ松村や,お笑い界の大物になった島田紳助のよう
な例もあるし。
99BOCONON :2017/01/02(月)11:08:54 ID:dYP
或いは学生時代に図書館に通って投資理論に関する本を読みつくしたという “オマハの賢人” ウォ
ーレン・バフェットの例もあることだし。

少なくとも小林秀雄の本など読み漁ってエピゴーネンとなってしまい,何が何やらわからない事ば
かり口走るような人たちよりはまだ生産的というもんである。
100BOCONON :2017/01/03(火)13:35:21 ID:yS5
ところで,芸術批評などは僕はやっていないが,書評のようなものは以下に少しづつ
書いているから「見たい奴は勝手に見たらいいだろう」。
“生き生きとした嗜好と尺度” が読み取れるか否かは知らんが。
              ↓
http://toro.open2ch.net/test/read.cgi/books/1410317926/l10

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君も小林秀雄になれる
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